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大好きがもっと大好きになった すいかのお菓子 〈菓子四季録 vol.15〉

大好きなすいかの話。
そして、はじめて食べたすいかのお菓子の話。

菓子四季録は、菓子研究家 福田淳子先生と一緒に季節のお菓子のレシピを紹介する連載です。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、南国気分に浸れる「すいかのグラニテとココナッツミルクのアイス」

すいかが好きだ。
だから、すいかがお菓子になるのが怖かった。
ふたりで作っているnoteマガジン〈菓子四季録〉は季節の食材を使ったお菓子のレシピを紹介する連載だ。今月の食材はすいかに決まったのだが「すいかはお菓子に向かない、やっぱりそのままじゃないと…」と思ってしまったらどうしようと、実食の当日までずっと考えていた。

(菓子四季録をいつも読んでくださっている方には耳にタコができる情報で恐縮だが、メニューを試作考案するのはパートナーの淳子先生であり、写真撮影とイラスト担当のわたしは実食の当日までどんなお菓子なのかを知らない。)

果物のなかで、すいかが一番好きだ。

すいかへの「好き」は「恋」じゃなくて「愛」。シャインマスカットがアイドルだとしたら、すいかは家族。たまに会えて嬉しい存在ではなく、生活のなかであたりまえの顔をしていつも隣にいてほしい存在。部屋着で一緒に過ごせて、すっぴんの姿を見せたこともある安心感のある果物が、わたしにとってのすいかだ。

わたしはすいかのおおらかさを愛している。いくら食べても大丈夫、だって野菜だから。水分補給だという大義名分もある。それに実家では丸ごと買うのが恒例だったため大量にあるすいかは取り合いにはならないし、そもそも大きいのでちょっとやそっとでは食べきらない。すいかはシャリシャリ感が魅力のひとつで、果物のなかでは、梨と共に「シャリシャリ系フルーツ」という分類(いま作った)に入る。水分たっぷりなので、さっぱりごくごくという感じでどんどん食べられてしまうところも梨と一緒。熱い夏の水分補給にも、食後の口直しのデザートにも最高の果物だ。

すいかは美しい。緑と黒の外側からは想像できない赤色を、内側に隠している。まるで夏を祝福するような赤。最も甘い中心部の鮮やかさも美しいが、緑の皮の近く、白から薄い赤へのグラデーションも果物らしくて綺麗だなと思う。すいかの白い部分を食べていると、たしかにウリ科だなと感じる。最後まで味わいたくて皮のぎりぎりまですいかを食べるわたしを見て、母はよく、カブトムシみたいねぇ、と呟いていた。

三角に切って頂点からかじるのが食べやすい方法だが、先がギザギザしたスプーンで食すのもまたよい。わたしがずっと「すいかスプーン」と呼んでいたそのスプーンは実は「グレープフルーツスプーン」だったということは、大人になってから知った。絵に描くような半円にカットされたすいかに、シャリッとスプーンを入れると、あぁ、至福。時にはドリルで工事するみたいに、すいかの壁を丸い形にくり抜いて食べた。

小学生の頃、父の同僚が家に遊びに来た日、母はすいかを振る舞った。すいかが大好きだと言ったその人は、一人暮らしだがすいかを買うときは必ず丸ごと買い、自分だけのすいかをたっぷり味わうのだと話していた。本当のすいか好きとはこういうことかと、小さな私は畏敬の念を抱いたことを覚えている。

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これだけ好きだから怖かった。わたしはすいかの飾らなさが好きなのだ。スイーツになったすいかを受け入れられなかったらどうしよう。

パートナーの淳子先生にはこの不安を話していない。撮影かつ実食の日、現地に向かうバスに乗りながら、頭には、すいかが好きすぎるゆえの不安がちらいていた。

撮影は進み、とうとう実食の時を迎えて「すいかのグラニテ」と対面した。グラニテとは糖度低めのシロップに果汁やリキュールなどを加えたものを凍らせた顆粒状の冷菓で(参考 大辞泉)、シャーベットに比べてゴツゴツしており、かき氷に近い見た目をしている。隣には「ココナッツミルクのアイス」が盛り合わせになっていた。グラスに手を添えると、その冷たさが伝わってくる。覚悟を決めてひとくち。

すると。

風が吹いた。甘くやさしく、爽やかな風。

間違いなくすいかだけど、すいかじゃない感じもあって不思議だった。すいかの特徴である甘さとみずみずしさがたしかに生かされている一方で〈じゃない感じ〉を生み出していたのは、レモン汁とラム酒と塩。レモン汁が印象を一層爽やかにし(おそらくこれが「風」感)、ラム酒が特別感を生み出し、隠し味の塩が味の輪郭をくっきりさせ、土台であるすいかの甘みを引き立てていた。わたしの不安は、一気にどこかへ行ってしまった。

食べ進めていくうちに気がついた。このデザートの魅力は味以上に「美しく食べられること」ではないだろうか。すいかは通常、種があるからスマートに食べることが難しい。手にとってかじって食べるときはもちろん、スプーンがあっても、種をちびちび取り除く作業はじっと眺めていたいような美しい動作だとは言えない。でもすいかのグラニテなら、スプーンで美しく食べられる! すいかが、美しく食べられる素敵なデザートになるなんて。とても嬉しい。

食べながら思った。これはデートだと。

スタイリストさんに全身コーディネートをしてもらって、美容室で髪型のセットまでしてもらったすいか。公園で待ち合わせをしたその日、わたしよりも後に到着したすいかは、少し駆け足でわたしのところにやってきた。そして風が吹いたのだ。いつもはゆるっとした服装で一緒に生活しているすいかが、スタイリングされてかっこいい一面を見せてくれている! そんな空想が生まれるくらい、すいかはおしゃれになっていた。

そして隣に盛られた「ココナッツミルクのアイス」。ココナッツの甘く芳しく、でも少しクセのある独特な香りと、濃厚な脂肪分がたまらない。グラニテの隣にココナッツのアイスがいるからこそ「さっぱり」と「こってり」を行き来でき、永遠に食べていられる(気がする)。甘いものとしょっぱいもの、冷たいものと熱いもの、さっぱりしたものとこってりしたもの、そんな組み合わせたちは永久機関だ。止まらない。食べているうちに二者が少しずつ溶け、混ざり合った部分も美味しかった。

さらにレシピのポイントは、ローストしてカルダモンパウダーを加えたココナッツファイン(果実を細かく砕いたもの)をトッピングすること。食感がアクセントになり、ココナッツミルクとのダブル効果で一緒に南国感をより高めてくれる。カルダモンパウダーが非日常感を演出してくれるのも素敵。

はぁ。美味しかった。喉がひんやりして心地よい。すいかのお菓子を食べる前に感じていた不安は、もうどこかへ吹き飛んでいた。そのまま食べるときには見られない姿を見せてくれて、わたしはすいかのことが一層好きになった。

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好きな人の知らない一面を見るのは怖い。今回はうまくいったが、もしかすると悲しい結末「すいかはやっぱりお菓子には向いてないよね…」と思ってしまうエンディングを迎えることも可能性としてはあり得た。

けれど、普段とは違う一面も素敵だと思えたとき、好きな人はこれまで以上に好きな人になったのだった。

すいか、今年の夏もありがとう。また来年も、これからもずっとよろしくね。今まで以上に大好きです。


すいかのグラニテとココナッツミルクのアイス

夏だ。花火だ。お祭りだ。そして何より、すいかの季節だ!暑い日にはすいかとココナッツの冷んやりデザートを作って、おうちで南国カフェ気分に浸るのはいかがでしょう。菓子四季録史上、最もかんたんな今回のメニュー。材料の数も少ないので、ぜひお試しください。ココナッツミルクは脂肪分が固まりやすいので、開封前に缶をしっかり振るのをお忘れ無く。

作り方(全文)

<すいかのグラニテを作る>
1.すいかは適当な大きさに切り、種を取り除く。

2.すいかと◯をミキサーにかける。
*ミキサーがない場合はすいかを手で握りつぶし◯を加えましょう。

3.保存袋に入れ、冷凍庫に入れる。少し固まってきたら揉みほぐし、再び冷凍庫に入れる。これを2〜3回繰り返し、しっかり冷やし固める。

<ココナッツミルクのアイスを作る>
4.牛乳とグラニュー糖を鍋に入れ、混ぜながら温める。

5.砂糖が溶けたらココナッツミルクを加え、人肌程度に温める。火を止めてココナッツリキュールを加える。

6.5の粗熱が取れたら保存袋に入れ、冷凍庫に入れる。少し固まってきたら揉みほぐし、再び冷凍庫に入れる。これを2〜3回繰り返し、しっかり冷やし固める。

<トッピングと仕上げ>
7.グラニテとアイスを冷やし固めている間に、ココナッツをローストする。オーブンペーパーを敷いた天板にココナッツを広げ、150度に予熱したオーブンで10分ほど焼く。冷めたら保存袋に移し、カルダモンパウダーを振り入れる。

8.グラスにグラニテとソルベを盛り合わせ、ローストしたココナッツを散らす。


菓子研究家 福田淳子先生のレシピ解説はこちらです。レシピのこだわりや、作り方や材料のポイントが掲載されています。

今回のメニューのポイントは「リゾート感」とのこと。言われてみればたしかに納得!ローストココナッツとココナッツリキュールが効いているのです。
そして記事のタイトルの通り「混ぜる幸せ」も先生のこだわりポイントのひとつ。食べるのが楽しいデザートです。ぜひレシピのメイキングエピソードを読んでみてくださいね。

すいかのグラニテの菓子四季録、おしまい。

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