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意識がはっきりとしているので書き留めておく

お酒を飲まなくなったので、やけにはっきりと物事を考える時間が増えてしまった。
読書や裁縫は捗るが、そもそも「どうでもいいや」を買うために酒を飲んでいたのでそれができなくなった今心が辛くなる日も増えた。
わっと暗闇が襲ってきた時、気を失うように眠ってしまえれば助かるが、頭が冴えている分そう簡単に行かないので厄介だ。

どうでも良くなりたいのにうまく眠れずに明け方に目が覚める。
隣で安心して寝息を立てている夫の髪をそっと撫で、おでこに口付ける。
無意識なのだろうがぎゅっとわたしにしがみついてくる夫はパン生地みたいにふわふわで、焼きたてみたいな香ばしい匂いがする。
なんだか涙が出てくる。

夫との暮らしは老猫と暮らす感覚だ。
愛おしくて、労わりたくて、そっと撫でて抱きしめたい。
日向ぼっこの背中の香りを思い切り吸い込みたい。
寄り添って、穏やかな日々をできるだけ長く共有したい。

愛の正体を紐解けてはいないが、わたしはこの時間をとても愛しいと思っている。

わたしは昔から好きになった人の前で面白いことがひとつも言えない。おそらく恋をした瞬間から嫌われることにひどく怯えてしまうからだろう。

夫と出会ってからは長いことお友達の期間を経てお付き合いをし、結婚した。
激情型の恋愛要素はひとつもなく、休み日に互いの部屋を行き来きし、デートを重ね、穏やかな彼との穏やかな交際が続き お互い良い年齢ですし居心地も悪くないし結婚しましょうかという話になった。
彼は生活の邪魔をしない。おしゃべりではないし何を考えているのかしらと思う時はあるが、賢く、いつも穏やかで気分の浮き沈みがなく精神が安定している。
何でもひとりでできるのでわたしの助けを必要としない。
わたしがふらりといなくなっても、彼は特に驚かず 少しだけ悲しんだ後今までと変わりない生活を送って行くのだろう。

悪くない生活だ。
堅実で生活力のある夫との穏やかな暮らしは側から見れば羨ましがられるかもしれない。
2人の間にセックスがないことを除けば。

男女の間でセックスが他のものに変えられない強烈な力を持っているのはどう転んでも事実だ。
お互いの温度を感じ、匂いを感じ取り、口付けをして感情が突き動かされる。視線、声、お互いの鼓動を交わす。
別れた後も柔らかな肌や髪の感触、香りが部屋に残る。
セックス以外でそんなやりとりは行えない。
刹那であったとしてもそれは間違いなく愛だ。

どんなに他の長い時間を共有したって、どんなに心の通った会話を交わしたって、セックスという短いが強烈で特別なやりとりには到底辿り着けない。その時間は誰にも邪魔できないふたりの秘密の共有だ。

たとえいつかそんなものは記憶から零れ落ちるものだとしても。

わたしは夫とそういう秘密の共有をしてこなかった。できなかった。
だからいつも心のどこかに孤独を感じている気がする。

そんなどこにでもある関係を築いている男女を単純に羨ましく思う。いつでも嫉妬してしまう。

自分がこのまま老いていくのはどうしようもなく怖い。
本当なら嬉しく思わないといけない身体の変化を受け入れられない。
頭の整理ができないまま身体はどんどんと変わって行き、時間だけが過ぎていく。待ってはくれない。
誰とも話さず部屋にばかりいると、社会から取り残されていくのを感じる。
今日も何も決められなくて気持ちだけが焦り、泣いてばかりいる。


完璧な愛など妄想だとわかっているのに知らない愛のことを空想し、それを求めてしまう。

ささやかに充実した 退屈な暮らしがずっと続くことはとても幸せなことだと知っている。

誰にも何にも期待や執着をせずに生きていくことができれば随分楽なのだろうがとても難しく、怖いと思いながらも誰かや何かを頼ろうとしてしまう。
結局は自分のことは自分でどうにかしないといけないことはわかっているのに どうか誰かに助けて欲しいと願ってしまう。
強くならないといけないのに。

今にも降り出しそうな曇り空や しとしとと降り続ける雨の日ような毎日の連続だったとしても その中にほんの少しの晴れ間が覗く日があって、
できるだけそれが長く続けばいいなと願うことは贅沢なことじゃないよと認めてあげる。を自分のためにしてあげたいと感じる。

早く全部大丈夫になりたい。

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