セゾン・ライト
春
池の水面の軽やかな境界線
現と無限の残像
そのカクついた色空間に
犬は、熱を帯びた鉄の匂いを嗅いだ
土の掘り起こされる音
生物の複眼それぞれに
それぞれの生
命の青い青い粉、散らして
回転木馬は変わるがわる巻戻る
甲高い悲鳴にも似た車輪の軋みとともに
蹄は割れて黒目はどろどろに溶け
朝の麓から月が打ち上がる
そして、瞬く間に落ちて
静かな水面の波紋の奥に
かすかにきみの姿を探して
夏
花を散らして風を切る
髪に雫は潤って
ゆるやかにほどけゆく
御国訛りの女児が見上げる
暑い暑い青色と眩しいほどの新緑が
あからさまなほど雄弁な影を落とす
遠く、とおくにゆらめく光
その末尾には燃える炎と煙たなびく
夕べ、いつかの犬のとぼとぼと歩く
シルエットだけ厭に鮮明な幻ばかり
記憶の切り絵を縫って貼り付け
丁寧にも雑にも見える病弱なcollage
親指で隠して、片目を閉じる
何処に、何処に飛んで行け
いつか、いつかの走馬燈
秋
空は遥か彼方
山の色、鮮やかに目に眩しい彩度の風景画
立つ煙は写経のようにどこまでも
どこまでも長く、しっかりとした線を描いて
薄紙をひどく汚したのは黒く滲んだ月の輪郭
夜の星を指差して縫い付ける針としての冷気に
歯を噛む、締める
微かな香りとか細い声にいつかの思い出が甦る
オレンジピールがぬらりと光れば
ガラスの瓶の底にぼたりと落ちる朝
きみは目覚ましより早く目が覚めて
カーテンを勢いよく開け放った
波の音ならばかき消してくれたであろう
雑破な念や支離滅裂な言葉が
そこかしこに散らばったまま
洗面所へと続く廊下の冷え切った
フローリングを進めばぶつかる白璧に呟く
さよならは、当然だが杞憂
冬
張り詰めた酸素、窒素に滲む光の微粒子が
燃え落ちるかのごとく見事に霧散する
萌ゆる花の果ての果て
ほつれた糸のようにか細い月のひとひら
ひとひらを手のひらに集めて
濡れた鏡に散りばめて、ラメ
水槽の奥で死んでるように眠ってる
あの子にもきっと見えますように
あの子にもきっと見えますように
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