「みやび」と「ばさら」――現代にも残るイメージ(2013年3月17日)
さて、前回ここでは『伊勢物語』をとりあげました。
実は、作品を紹介する当初から、主人公「男」のイメージを貫く「みやび」がどのようなものなのかが、生徒たちにはいまひとつ描き切れないのだという問題が生じました。
だいたいもって「みやび」といったものが、現代にもその片鱗ですら残っているのか否か、あらためて聞かれると私自身も疑問に思われました。
「みやび」とは、宮廷風であること、都会風であること、優美で上品なこと、洗練された感覚を持つこと…などなどと、辞書類で説明がなされています。でも、困ったことに、何ともこれらの説明がピンとこない…。
言葉は、具体的な行動や感覚、要は、イメージが伴わないと身につかないものだと、私はつねづね考えています(自分がまさにそうなので…)。
そこで気づいたのは、一人の後輩です。
最近は国文学(日本文学)を専攻しても、古文や古典文法を専攻しない学生が多いと聞きます。ですが、幸いなことに職場ではこの後輩が若いのに古典文学専攻で、古典ネタで盛り上がることのできる、私にとっては貴重な存在となっています。
そして、その彼は『伊勢物語』で卒業論文・修士論文を書いているのです。美しい愛の世界が好きなのだそうです。和歌も大好きのようです。
そこではっとしました。実は私、古典文学専攻と言いながら専門は古典文法ですし、作品として好きなのは、軍記物語や中世の随筆や思想書なのです。この違い、何かあると思いました。
――まず、その後輩はいつもスーツをぴしっと着こなし(ちなみに彼は、今の学校に勤務するまでジャージすら購入したことがなく、Tシャツ所有枚数は今でも0枚だそうです)、言葉遣いも穏やか、正統派の音楽や美術、そして書道を愛好しています。漫画やゲームは、親御さんにも禁じられてきており、自分も好きではないので、一切見たりプレイしたりしないということです。――そうか、『伊勢物語』の好きな彼は、現代に残る「みやび」の体現者なのか!と単純に思いました。
なぜなら、一方の私はといえば、もちろん仕事はスーツ・ジャケットですが、普段はインパクトのある色かデザインのファッションが大好きです。ノリのよいスピーディな会話を好みます。やや権威軽視で、上司でも理にかなわないことを言っていると思えばたてつきます。実利や個性を重んじるからです。芸術はシュールリアリズムが好きで、サブカルチャーも大好きです。日本の時代でも鎌倉末期から南北朝期大好きな私は、とても「みやび」などではありえない、まさに「ばさら」なのです。
このように、後輩と私とで大きく異なる嗜好から、「みやび」も現代に残るのだという結論に至り、子どもたちにも必ずイメージしてもらえるだろうと思いました。先にも記したように私は後輩の彼とは仲がいいので、授業でいろいろ例にあげさせてもらうのもオッケーです(お互い様のようですし…(苦笑))。
和歌や音楽や書道を愛好し、小柄でかわいらしい外見の○○先生に果たしてできるのか?――「俺についてこい!」とばかりに、例えばレスリング部や柔道部の顧問でガタイのいい先生たちのように、女性をお姫様だっこかなにかで抱え、追っ手も蹴散らして逃げ切ること(下手すれば、蔵の中の鬼の殺気にも気づけたりして…)――が。
瞬時に想像を終えた生徒たちの答えは〝絶対無理!〟 ――同時に、「みやび」な男性は、女性と一緒に死ねればよかったと考えるだろうな…というところまで、生徒たちはきっと想像できたでしょう。
ちなみに、私と後輩君ともう一人、よく話をする講師の方がいらっしゃいます。後輩君に対して「みやび」の例に使わせてもらったという話をした時に、それならその講師の先生の方が「みやび」だと、後輩君は主張するのです。しかし、その講師の先生は、確かに後輩君に服装やら嗜好やら何もかもが似ているのですが、その持ち物とか会話に出てくる一つ一つの事物のグレードが後輩君の比ではないレベルなのです。
いや、講師の彼は「やんごとなし」じゃないのか、そう私は後輩君に言いました。「やんごとなし」――おそれ多い、尊い、高貴な――講師の彼はそんな人だということです。
こうやって考えてみると、古語を具体的にイメージして日々の生活に結びつけることはできないことではなさそうです。案外、ちょっと導いてあげれば、子どもたちの方がうまく結びつけていくのではないでしょうか。
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かつて、「熱血! 古典教育・国語教育」というメルマガを発行していました(現在は廃刊)。そこで紹介した本をあらためてここでも紹介いたします。
小西甚一『古文の読解』(ちくま学芸文庫/2010年2月)
この本は、数十年前の「伝説の参考書」の復刻版です。出版社の広告にも次のようにあります。
長年定番であった、あの参考書を復刊。この一冊であなたも古典通! 住居・服飾などを通じ作品の背景を知り、様々な古典作品から「もののあはれ」に代表される人々の感性を学びながら、当時の時代背景が詳細に理解できます。碩学の愛情あふれるメッセージが随所にこめられ、読み物としておもしろく読みすすむうちに、古文の言葉・文法が無理なく自然に身につきます。受験を離れた大人が、古典をゆっくり味わうための最適なガイドにもなる一冊。
小西先生は当時、ラジオでの受験番組をご担当されていたということで、語りかけるような説明がとてもほほえましく感じられます。
今回、本ブログでは「みやび」「ばさら」といった、いわゆる古典常識的な用語をとりあげましたが、『古文の読解』でも「第二章 むかしの感じかた」の中で、「もののあはれ」「をかし」をはじめとする用語の解説が施されています。用例がふんだん用いられ、イメージを定着させることのできる解説です。もちろん、大学受験をする生徒にもおすすめの一冊です。