【『逃げ上手の若君』全力応援!】(94)直義が「戦が弱いと言われる理由」とは一体…!? おキレイすぎる足利直義VS糞味噌なオッサン北条泰家の智謀戦、始まる
「ひいぃ 常岩 犬甘 奴等は任す!」
額に「こわ」と浮き出た北条泰家の〝逃亡〟に二人はびっくり。さらに、背後の吉良・結城軍五千に対して諏訪三大将の一万をあてるという諏訪頼重に対し、犬甘は涙ながらに訴えます。
「自殺行為です頼重様!」「正面の戦場が絶望的な戦力差に!」
ところが、頼重は動じることがない『逃げ上手の若君』第94話。
頼重は、直義について「なんと鮮やかな兵法を!」と評する一方で、「戦が弱いと言われる理由もよくわかった」と述べています。ーー私も、なぜ直義の女性人気が高いのかわかった気がしました。
今回は、この意味深な頼重の発言について、調べたことなども織り交ぜながら考えてみたいと思います。
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「気の散るお方だ 皆が大殿を心配している時に」
自陣へと戻る直義は、身の安全のために時行に付いてくるように言い、その成り行きを皆が見守る中、泰家の落ち着きのなさに八郎は呆れているのですね。その泰家は何をしているのかと言うと、八郎の兄である三浦時明が直義軍の一翼であることを確認しています。
「三浦」と言えば、昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で山本耕史さんが演じた三浦義村の裏切るか裏切らないかの絶妙なスタンスが話題でしたが、その三浦氏ですね。八郎が先に諏訪で登場しているのは、この兄の登場の伏線だったのだ!とやっと気づきました。ーー八郎が鼻の穴、時明が耳の穴から出血してるネタが、ベタ好きの私にはツボでした。
「足利一門じゃないから庇番筆頭にはなれないが」と、泰家を時明のもとに案内する三郎丸が語っていますが、鈴木由美氏の『中先代の乱』にも先行研究を踏まえて、「関東庇番における相模の武士は三浦時明一名のみ」であり、倒幕に功績のあった東国の御家人層の不満は中先代の乱の背景として見逃せないことを指摘しています。
また、以前このシリーズで、一度は勝ちを収めた泰家が分倍河原で新田義貞の軍に大敗してることを紹介しましたが、その最大の要因は、三浦の一族である三浦大多和義勝が幕府を見限って六千騎で加勢したことでした。ーー単騎で三浦時明の陣に飛び込んだのは、まさに泰家にとって雪辱の交渉戦であるというということなのではないでしょうか。
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「おいお前ら 賞金首だ 捕えろ」
ここで、はっと気づかされます。ーー泰家は命がけで時明のもとへやって来たということにです。
実戦はまるでダメダメで部下に丸投げのダメ上司の雰囲気でずっと表情が読めないキャラでいましたが、時明に対峙する泰家の引き締まったたたずまいは、「北条軍には秘密兵器がいらしゃる」という頼重のセリフに違うところがありません。
また、泰家はわかっているのですね。かつて裏切った人間はまた裏切るという事実、人の欲得や感情は計算では制御できないという事実をです。
直義はおそらく、これを理解できていないのでしょう。彼の人心掌握も、兵法も、いずれも隙がないのです。ーー隙がないのは完璧だと思われるかもしれませんが、現実というのは実は隙だらけなのです。そして、実戦や交渉というのは、その隙を瞬時に捕捉するという、計算を超える力を要するものであると私は考えています。
歴史ではなく文学の話で恐縮ですが、私は芥川龍之介の小説が好きです。どの作品も緻密に構成されていて、特に、登場人物の心理描写が悪魔的な美しさで構築されているのに魅了されます。ところが、芥川龍之介は長編小説を書くことができなかった(書こうとした作品も未完に終わっているそうです)という事実を知って考えさせられました。
例えば、夏目漱石は長編作品のメモが残っていても、その作品が最終的にはまったくメモ通りに完結していないということを聞いたことがあります。森鷗外は晩年、これまでの小説の方法とは一線を画した史伝という分野を確立して、歴史と過去に生きた人物を描写しています。
何を言いたいかというと、人間の気持ちや現実の世界は、計算や因果関係によって単純にとらえられるようなものではないのだろうということです。
直義は、時行が論戦の禁じ手である「私情」をここぞというところで押し出すとは予想もしていませんでした。そして今また、三浦時明が裏切るということは、一応想定していたとしても幾通りかの計算をした上で、なきに等しいという結論を出しているのではないかと思うのです。
ところが、泰家はそうはとらえていないのだと私は想像しています。あるいは、命を懸けて想定外の事態を起こそうとしているか……身の安全まで計算づくの直義には、考え及ばない境地なのかもしれません。
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泰家と言えば、諏訪に到着した時に、美人巫女三人組を見て額に「やるぞ」と出てしまい弧次郎が憤慨していましたが(第47話参照)、友人がこの場面を見て〝泰家さんはこれじゃ恋愛や女性関係も大変そう…〟と言っていたのを思い出します。果たして、どうでしょうか。
直義は、記録でも女性関係が潔癖ということですが、女性の気持ちみたいなものはまるでわからず、でも夫婦とはこういうものだという枠で羽目を外したりしないから、女性としては結婚したら安心の男性ということで、女性人気が高いのではないでしょうか(しかもイケメン)。
第94話では、直義の回想シーンで岩松経家が出てきて〝何故?〟と思いました。直義は、「お前のような酒狂い女狂いとは全く合わん」と言って岩松本人にお前が嫌いだとダメ出ししているののですが、ここまで書いて私は、岩松登場はそうした暗示なのかなと勝手に想像してみました(笑)。ーー嫌いだけれど認めているなんていうのも、なんだかおキレイすぎですよね。
思うに、女がダメなら、おそらく戦もダメなのかもしれません。だから、『逃げ上手の若君』の鎌倉幕府滅亡前の外伝作品などが出るとしたら、泰家は意外とモテキャラで描かれたりするかもしれませんね(京都編で「わしも若い頃は素性を隠して京で散々遊んだものよ」(第50話参照)と時行に打ち明けていましたしね!)。ーーいや、デコだし、実戦はダメだし、やっぱだめかな……。でも、『太平記』の分倍河原敗走を読んだ限りでは、男性からの支持は絶大です!
第94話は、気づけば直義VS時行の直接対決から、直義VS泰家の智謀対決へと移行していました。糞味噌感(失敬!…でも、私は泰家は好きな男性のタイプです)の半端ないオッサン泰家が、いかにして時明を「調略」し、おキレイな直義に圧倒的な差を見せるのかが見ものです。
〔鈴木由美『中先代の乱』(中公新書)、日本古典文学全集『太平記』(小学館)を参照しています。〕