【『逃げ上手の若君』全力応援!】(142)兵達を「麻痺」らせる土岐頼遠の想像を絶する逸脱っぷり……細川重男氏の『論考 日本中世史』における〝あの事件〟の評価とは!?
「土岐軍がたった七百?」
「土岐軍は美濃の守護 大軍を動員できるはず 別動隊でもいるのか…?」
春日卿の疑問から始まった『逃げ上手の若君』第142話。そして、この答えは〝NO(ノー)〟でした。
顕家の大軍と小勢の土岐・桃井軍との緊迫した戦場のはずなのに、ネタと笑いの数々すべてさらい、それがまた怖すぎる土岐頼遠。ーー彼が一体何者であるかを知るためには、《《あのこと》》にも触れないわけにはいかないと思いました。
今回は頼遠の話ばかりとなってしまいそうですが、どうかお許しください!
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古典『太平記』における、顕家VS土岐・桃井の五番陣での戦の始まりについては、前回の本シリーズで紹介しております。
今回はまず、その続きを見てみたいと思います。
時の声揚ぐる程こそありけれ、千余騎ただ一手になつて、大勢の中へさつと懸け入り、半時ばかり戦うて、つと懸け抜けてその勢を見れば、三百余騎は討たれにけり。相残る勢七百余騎をまた一手に聨ねて、副将軍春日少将の控へ給へる二万余騎が中へ懸け行つて、東へ追ひ靡け、南へ懸け散らし、汗馬の足を休めず、太刀の鐔音止む時なく、や声を出だしてぞ切り合うたる。
千騎が一騎になるまでも、引くな、引くなと、互ひに気を励まして、ここを 先途と戦ひけれども、敵雲霞の如くなれば、ここに囲まれ、かしこに取り籠められ、勢尽き、気屈しければ、七百余騎の勢も、わずかに二十三騎に討ちなされ、……
※時の声…鬨(とき)の声。
※汗馬…疾駆し汗をかいた馬。
※や声…や、というかけ声。
※先途…勝負の分かれ目。
※勢尽き、気屈しければ…勢が尽き、気力も衰えたので。
青野原の戦いの前に頼遠は、「命の際の一合戦して、義に曝せる尸を九原の苔に留むべし(命がけの一戦をして、義によってさらす屍を墓場の苔に朽ちさせよう)」と言って、死ぬつもりがあることをに匂わせています。しかしながらこれは、何があっても北畠顕家と戦いたいという頼遠の宣言であって、上の引用文中の「ここを先途に戦ひけれども」とあるのを見れば、決して「全滅覚悟」を意味してはいないのですね。
700騎で戦を始めた土岐軍は… 日没には23騎に減っていたという 全滅覚悟ならともかく 勝ちに行っての損耗率97%は異常である よほど兵達の勇気と忠義が強かったのか あるいは 「死」の感覚が麻痺っていて 進んで犠牲となったのか
そうか、そうだったのか。……松井先生の鮮やかな解釈と土岐軍のシュールすぎる「麻痺」に納得してしまいました。それと言うのも、青野原の戦い以上に頼遠の有名なエピソードがあり、時代が違うからというだけではない、我々の想像を超えた頼遠の逸脱っぷりが知れるからです。
細川重男先生は、『論考 日本中世史ー武士たちの行動・武士たちの思想ー』において、彼がやらかしたその重大事件について的確な評価をされています。
南北朝内乱の初め、北朝の康永元年(南朝の興国三年、一三四二)九月、光厳院(上皇)の行列に行き会い、下馬を命じられたその男は、
「何を? イン? なンじゃ、そりゃ? 知らん? ああ、犬か? 犬なら射ちめェ!(なに院と云ふか。犬ならば射て置け)」
(『太平記』第二十三)
こう言い放つなり、こともあろうに上皇の乗る御車を部下たちと共に追物射のごとく射立て、傲然と去った。不敬も、不敬も、大不敬。事件を聞かされた室町幕府執政者足利直義(将軍足利尊氏の二歳下の同母弟)が驚愕し、男を捕らえて斬首に処したことは当然の処置であろう。 驚くのは、この男が夜盗・山賊の類などではなく、まごうことなき室町幕府の大幹部であったということである。
男は「土岐弾正少弼頼遠」。武門の名家清和源氏の一流、美濃源氏の名門土岐氏の当主にして、東海の要衝美濃国(岐阜県)の守護である。佐々木道誉による妙法院焼き討ちとともに、南北朝内乱を傍若無人に謳歌したバサラ大名のエピソードとして、世に名高い事件であるが、読者諸氏はどのような感想を持つであろうか。南北朝動乱の意義とか、バサラ大名の意識とかを云々する以前に、私はまず思う。
「アタマがおかしい」、と。
〔第二十七話「その男たち、凶暴につき」より〕
業界でもかなり型破りな方ではないかと思われる、細川先生をしてこの発言です。
以前、どんな大人と出会うかは子どもにとってとて重要なことだということを述べたことがありますが、大人もまた主君を選べることが自由にできないのとすれば、土岐頼遠に仕えたモブキャラの彼らが気の毒でなりません。
〔『太平記』(岩波文庫)、細川重男『論考 日本中世史 ー武士たちの行動・武士たちの思想ー』(文学通信)を参照しています。〕
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