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1-5 チャレンジすることのリハビリは、スマブラによって開始された。
大手日系メーカー、ベンチャー企業、と2社を経て、やりたいことがよくわからなくなってとりあえず仕事を辞めてみた29歳、独身、男。仕事について、人生について、考えたり、サボったりするリアルな様を、自伝エッセイ風小説にしています。最後、現状の自分に追いつけるような予定です。ぜひお付き合い頂ければ幸いです。
夕陽の陰り始めたたった一人の薄暗いリビングで、ただただ忠実にコマンドを入力し、9レベルのCPUを「ぺち」コンボで撃滅していった。
撃墜に失敗した時は、復帰してくる敵をメテオスマッシュで容赦なく叩き落とす。
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緑色のコントローラーに触れると、小学校高学年のあの日、いとこにコテンパンにやられた一戦の記憶がブクブクと沸騰した鍋から飛び出てくる。
ハイラル城、ネス対ネス。
PKサンダーも使いこなし、周りの友達の中では相当強くなったつもりでいた。
でも、いとこの使うネスの動きは異次元だった。
速い。
コマンドの入力数が、地元の友達とは違う。
何回再戦しても一向に差が縮まらない。
負けが込んで次第に不機嫌になる自分に、更に不機嫌になる。
こんなくだらない理由で不機嫌になる自分にも嫌気がさした。
「圧倒的な力の差の前にやる気をなくした」
これを引退の理由にした。
実際、僕はゲームに対する熱意を一切失い、それ以来あらゆるゲームに触らなくなった。
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あの日いとこが使っていたネスの秘密を解き明かしたくなった。
ネットで調べてみると、彼のネスが繰りだしていた異次元の動きは、「ぺち」と呼ばれる動きのようだ。
これを寸分違わぬタイミングで連発していたとなると、いとこの鍛錬も物凄いものだったのだろうと想像ができた。
しかし、あの時から18年の時を経て、僕も物事の道理が分かってきたつもりではいる。
何を、どうやれば、どうなるか。
昔よりは因果の導線を素早く看破できるようになってきた。
「ぺち」は、空中2段ジャンプを超高速で入力後、空中技を出して着地すると、通常ダッシュより速い動きで移動し技を出せるという鬼畜コマンドだ。
しばらくコマンドに習熟すると、「ぺち」を使いこなせるようになった。
ネスが面白いほどににゅるにゅる動き始めた。
あの時、あの夕方。
いとこが使うネスの「ウェーブダッシュ」からの「ぺち」コンボに全く歯が立たなかったことで、スマブラを触らなくなった。
でも今、こうして彼の強さを解体できる。
研究と練習を積んで、当時の彼に近づけている。
僕は才能タイプではない。
回り道して時間をかけて他の人より気が付けば遠くに行っていた、というようなカメさんタイプだ。
これももう、わかっていたことだろう。
でも、当たり前のことが一番見えにくい。
この当たり前のことを忘れていた。
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「気になることに着手してみる」
「やりたいことをやってみる」
「昔やりたかったことをやってみる」
この日、僕は具体的に一つ一つやっていきたいと思った。
まず手始めに着手したのが、64スマブラだった。
優先度は度外視してだけど。
やりたいことをしてみることにも、エネルギーや勇気が必要だ。
今思うと僕の無職期間の初期段階は、チャレンジすることのリハビリだったんだ。
to be continued……