内閣提出法案としての秘密法(2014)
内閣提出法案としての秘密法
Saven Satow
Jan. 19, 2014
「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない」。
日本国憲法第34条
2014年1月19日付『朝日新聞』は「秘密法は立憲主義を守れますか」と題して長谷部恭男東大教授と杉田敦法大教授の対談を掲載している。前者は賛成、後者は反対の立場をとっている。特定秘密保護法は内閣が提出している。議員立法も少数あるものの、日本では大半は内閣提出法案である。この法律に限らず、権限を与えられる組織が法案を起草するため、いくつかの弊害が認められる。全般的な問題点を列挙してみよう。
権限を行使しやすいように裁量権を可能な限り確保できる条文にする。「~することができる」という字句が少なくない。しかし、これは、立憲主義が権力制限であるから、その原則に反している。法の運用に際して、行政の裁量権がある程度認められることは確かである。けれども、「できる」の濫用は裁量権のそれと言わざるを得ない。手段が目的化する危険性がある。
作成に際して、既成の法律を参考にする。それは従前の法令に基づくという字句が少なからず見られることからもわかる。しかし、時代の変化に伴う発想の転換を取り入れることが難しい。変化に対応するためには、変化の位置づけや転換点の捕捉、変化の速度などを認識しなければならない。けれども、既成の法令がそれを想定しているわけではない。
権限を与えられた組織が作成するため、自分たちは完全であり、性善であるという前提に立脚する。しかし、効率性の議論が不十分で進められ、コスト高になる可能性がある。また、現場をよく知らずに実効性に乏しい法が施行されてしまいかねない。しかも、変化は秩序の揺らぎをもたらすので、機会主義的行動を誘発し、その予測が困難である。
深く考えなくても、このような弊害が内閣提出法案から浮かび上がる。特定秘密保護法は主権者の基本的人権である知る権利を制限する。通常の法令以上にこの弊害に配慮しなければならない。
立憲主義の原則に則るのであれば、条文は「できる」=「できない」ではなく、「しなければならない」=「してはならない」という字句でなければならない。これを「当為」と言い、ドイツ語の”Sollen”、英語では”Ought”に当たる。権力は知る権利を「守らなければならない」のであって、「守ることができる」ではない。しかし、そうなっていない。
「指定の有効期間及び解除」の第4条を引用してみよう。
1 行政機関の長は、指定をするときは、当該指定の日から起算して五年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとする。
2 行政機関の長は、指定の有効期間(この項の規定により延長した有効期間を含む。)が満了する時において、当該指定をした情報が前条第一項に規定する要件を満たすときは、政令で定めるところにより、五年を超えない範囲内においてその有効期間を延長するものとする。
3 指定の有効期間は、通じて三十年を超えることができない。
4 前項の規定にかかわらず、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣の承認を得た場合(行政機関が会計検査院であるときを除く。)は、行政機関の長は、当該指定の有効期間を、通じて三十年を超えて延長することができる。【ただし、次の各号に掲げる事項に関する情報を除き、指定の有効期間は、通じて六十年を超えることができない。
このように「できる」や「できない」だけで、「しなければならない」や「してはならない」が見られない。これはほんの一例である。権限を与えられる組織が書いているため、自らの権力を制限する意識が希薄だ。立憲主義を守れるかどころか、それを軽んじている。「秘密法は立憲主義を守れますか」という問いに対して、条文はそんな気などないと答えている。
「できる」は英語では助動詞”can”に当たる。法律は権利と義務によって諸関係を規定する。この助動詞は、”may”と比べて、あまり上下関係がない場合に使われる。初対面の相手に用いるのは、“May I?”であって、”Can I?”ではない。条文に対して権限を与えられた者は上下の差が小さいということになる。「できる」はそれだけ権力の立憲主義刑死を表わす。ちなみに、日本国憲法の英訳では「しなければならない」には”Shall”が使われている。
日本国憲法は権力に対して「しなければならない」を用いている。こういう当為が立憲主義というものだ。特定秘密保護法が守っているのは立憲主義ではない。権力の裁量権である。
〈了〉
参照文献
「特定秘密保護法の全文」、『朝日新聞デジタル』、2013年12月7日配信
http://www.asahi.com/articles/TKY201312070353.html
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