リアリティと古典力学(2010)
リアイティと古典力学
Saven Satow
May, 18, 2010
「温故知新」。
『論語』
高野明彦国立情報学教授は、NHK教育で放映中の『ITホワイトボックスⅡ』の第6回「文字変換」(2010年5月13日)において、携帯電話のタッチパネルが進化したとしても、ユーザーには押した感覚が不可欠だと述べている。
しかし、これは改めて確認するほどのことでもないだろう。人間にとってのリアリティは作用=反作用である。触覚は作用=反作用の原理に基づいている。アイザック・ニュートンによる運動の第3法則である。一方、従前のヴァーチャルリアリティは、視覚や聴覚を刺激して、それを介さずしてその感覚を体感することである。視覚は脳による処理を必要とする。それを利用すれば、家庭でも、簡単に3Dを体感できる。片目にサングラス等をかけて減光して、『世界の車窓から』のような横に流れる映像を見ると、3Dを体感できる。これは考量が少なくなると知覚が遅れるためで、「プルフリッヒ効果(Pulfrich's Effect)」と呼ばれ、それを応用したのが「減光遅延方式」である。けれども、触覚は、反射反応のように、しばしば脳を通さず身体を動かす。人間が物理的世界緒を生きている以上、この古典力学の原理がリアリティである。
ゲームなどの視覚的リアリティは光の反射にかかっている。それは、ニュートンのライバルの一人クリスティアーン・ホイヘンスの切り開いた波動としての光である。これも古典力学の時代に属する。
人間は、目も耳も未発達な段階でも、触覚を通じて外界の状況を理解している。触覚は直接的なコミュニケーションであり、深く精神活動に結びついている。それは知の身体であって、むしろ、ヴァーチャルリアリティはこの触覚を取り入れることが求められている。
古典力学は決して乗り越えられた思想ではない。多くの領域においてそれを基礎的原理である。リテラシーは知識を具体的な理解へと応用できる能力でもある。リテラシー・スタディーズは表面的な複雑さにとらわれず、こうした基礎的な原理から考察する。
構築物の設計を例にとって見よう。基本となるのは柱と梁であり、その力学と変形である。材料の変形は伸び・縮み・曲げ・捩れに分類でき、どのようにすれば、それがフックの法則に従うのかを考察する。柱と梁とフックの法則が構築物の設計の基本原理である。
フックの法則(Hooke's Law)は1660年にイギリスの物理学者ロバート・フックが発見したものである。物体に力を加えて変形すると、弾性限界内においては変形の大きさは外力に比例するという弾性に関する法則を指す。
言うまでもなく、これだけですべての設計ができるわけではない。補完が必要となる。
現代の構築物の設計において支配的なのが「有限要素法(Finite Element Method: FEM)」である。すべてを三角形の要素に分割し、その変形を考慮する。ベクトル分解を行い、変化が大きいところは小さい三角形、小さなところは大きな三角形の要素で表現し、変形はフックの法則を適用できるようにすればよい。これでいかなる複雑な形状の解析も可能である。理論的には以前から有効性がわかっていたが、計算量が多く、実現困難であったけれども、コンピュータの発達によりそれも克服されている。鉄橋を見ると、三角形で骨組みが組まれていることに気がつくが、有それが限要素法の一例である。ルネ・デカルトの要素還元主義も決して古びていない。しかも、実は、この有限要素法は三角測量の拡張である。
一見したところでは、作用=反作用や柱と梁、フックの法則、三角測量など最新の科学技術に似つかわしくない古めかしい概念であろう。けれども、その印象は理解というものとは必ずしも一致していない。その核心は依然として意義深い。リテラシー・スタディーズはこうした理解を検討する批評である。基礎的原理はつねに革新的生産性を持っている。しかし、新しさを追い求めたり、知識をつまみ食いしたりして満足するものたちは、しばしばそれを忘れる。
Billy Sunday: Are you familiar with the principle of Boyle's Law?
Carl Brashear: The what?
Billy Sunday: I didn't hear your answer. Come on, cookie. Get up. Boyle's Law states that, at a constant temperature, the volume of a confined ideal gas varies inversely with its pressure! Now why is this law important in divin'?
Carl Brashear: I don't know, Chief!
Billy Sunday: You ain't never gonna know, 'cause you're just some dumb dirt nigger from Podunk!
(George Tillman Jr. “Men of Honor”)
〈了〉
参照文献
日本機会学会編、『変形とデザイン』。倍風館、1993年
DVD『ザ・ダイバー〈特別編〉』、20世紀フォックスホームエンターテイメント、2005年