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ポストパンデミックと共通善(2021)

ポストパンデミックと共通善
Saven Satow
Jan. 11, 2021

「検疫という事業は一つの戦争。その危険の恐るべきこと弾丸より大なるものがある」。
後藤新平

 ロナルド・レーガン米大統領は、1987年9月21日、第42回国連総会において、「地球外から来た宇宙人による脅威に直面したら、世界中の国々でのいろいろな行き違いは直ちに消滅してしまうだろう。」と演説する。この「宇宙人」は人類にとっての共通の脅威の比喩である。それに直面したならば、いかに深刻に対立する諸国であっても、一致団結して対処するというわけだ。大統領は、1985年12月4日、メリーランド州フォールトンでも同様の比喩を用いて国際協力の必要性を説いている。

 確かに、この認識は過去に実現している。1911年、現在の中国の東北部である満州で肺ペストが流行した際、当時国境線争いをしていたロシアが清に協力する。また、その清も疫病対策のために国際会議を呼びかけている。これは中国が開催した史上初の国際会議である。人類にとって共通の脅威である感染症を前にして対立を超えて連携した出来事が歴史上起きている。

 今日、感染症が人類共通の安全保障上の脅威であるという認識は国際的に共有されている。2000年1月の国連安保理において、議長を務めたアメリカのアル・ゴア副大統領がエイズの流行を「国際平和と安全にとって脅威」であると述べている。同年7月の安保理決議では、すべてのPKO活動にこの感染症の予防プログラムを実施することが決定される。

他にも、2000年の沖縄サミットには初めて世界保健機関が参加、首脳らと共にエイズ、マラリア、結核に関する特別基金の設立に合意している。また、2006年のサンクトペテルブルク・サミットで初のG8保健相会合が開催したのを皮切りに、以後のサミットも担当大臣会合を開いている。

 ところが、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックに直面しても、国際協力は強まるどころか、むしろ、弱まっている。G7の外相会・首脳会合、日中韓外相会合などハイレベルで新型コロナウイルス感染症が議題となっている。しかし、国際協力の実情はお寒いばかりだ。最近の例で言うと、ワクチン争奪を挙げることができる。

 『スプートニク日本』は、2021年01月01日13時01分更新「新型コロナワクチン、富裕国が買い占め 国際的な連帯はどこに?」において、それを次のように伝えている。

CNNテレビは、カナダ、英国、欧州連合(EU)諸国などの国がすでに数ヶ月前から、新型コロナウイルスのワクチンを買い占めていると報じている。またCNNはこうした富裕国による過剰な買い占めは、途上国への供給不足を招くものだと強調している。
CNNの報道によれば、ここ数ヶ月の間に、複数の富裕国が製薬会社との間で、数十億ドル規模の二者間契約を結び、製造されたワクチンのほぼすべてを買い占めた。またCNNは、監視団体ピープルズ・ワクチン・アライアンスの情報を引用し、中には国民全員が3回接種できるだけのワクチンを確保している国もあると伝えている。一方で、発展途上国の中には、2021年末までに人口の1割程度しか接種できない国もあるとCNNは強調している。
アフリカ疾病予防管理センターのジョン・ンケンガソン所長は、CNNに対し、「貧困国がワクチンを確保できないという状況は悲劇的な結果を招く可能性がある。特定の国が必要数以上のワクチンを手に入れ、その他の国には残らないというのは道徳的な観点から見た犯罪である。結果的に途上国は、コロナウイルスの感染拡大後に作られた世界から置き去りにされることになる」と述べた。
一方、CNNによれば、世界保健機関(WHO)アフリカ地域の予防接種とワクチン開発のコーディネーターを務めるリチャード・ミヒンゴ氏は、いずれの国も国民のためのワクチンを確保しようとしていることは理解できるとしながらも、「裕福な国が自分たちを守り、“島”に住んだとしても、我々は連帯した世界に住んでいる。すべての人々が守られない限り、誰も安全だと感じることはできない」と述べた。

 ワクチン・ナショナリズムとも言える利己的行動は、かつての西洋諸国による石油を始めとする天然資源の争奪戦を思い起こさせる。それは帝国主義の再来にさえ見える。

 これを含めてパンデミックを通じてあらわになった状況を踏まえ、その後の国際政治をめぐって多くの予測や提言が提示されている。そうした意見は少なからず次のような前提に立っている。従来、アメリカがリーダーシップを発揮し、WHOや国連、世銀など国際機関の連携することにより、感染症流行に対応して終息に至っている。けれども、今回は既存の体制の問題点が露呈、十分に対応できていない。従って、諸制度上の問題点を改善すべきだ。こういった認識に基づいて主張されている。

 こうした意見にはもはやパックス・アメリカーナの時代ではないという認知がある。しかし、その予測や提言が妥当であるかどうかの前に、「パックス・アメリカーナ」について確認する必要があるだろう。

 19世紀がパックス・ブリタニカであるのに対し、20世紀、特に後半はパックス・アメリカーナとしばしば呼ばれる。しかし、かつての英国と違い、米国は国際機関との関係を完全に無視することなどできない。なるほど、合衆国は自国の利益を守るために、影響力を行使して国際機関による正当化を利用することも少なくない。しかし、それは、建前であったとしても、国際機関のオーソリティに依拠しなければ、自身のパワーの行使に説得力が伴わないことを自覚している証だ。実際、国際機関における他のアクターとの協調と妥協に苛立ち、米政府は単独行動主義に走ることもあるが、概して威信や存在感の低下につながっている。20世紀の国際政治の舞台に国際機関は欠かせない。

 米国のリーダーシップは国際機関を通じて最も発揮される。国際機関は近代を裏付ける思想に基づく理念に沿って実践を行う。世界の国や地域はそれを共通理解として協力している。アメリカが国際機関において大きな影響力を持つのは資金や人材といったリソースを提供しているからだけではない。その組織の理念の構築を進め、実現に沿った発信をするからである。こうした理念は世界にとっての共通善だ。

 19世紀のパックス・ブリタニカにおいてアメリカは孤立主義を外交方針にする。米国は欧州の国益重視の国際関係に距離をとっている。その合衆国がモンロー主義から転換するのは第一次世界大戦である。ウッドロー・ウィルソン大統領は民主主義を守るという大義を掲げて参戦している。米国は孤立主義を原則的にとるが、公益、すなわち共通善のために国際社会に関与するというイデオロギー外交をこの時より展開していく。

 アメリカは国際社会に臨む際、共通善を示す。米国が超大国として振る舞うようになる時、共通善の実現を目指す国際機関の下で国や地域がコンセンサスを形成して協力する時代が本格化する。その代表例が国際連盟である。しかし、提唱国であるアメリカが参加せず、それが期待に応える働きができなかった一因とされている。そうした反省もあり、第二次世界大戦後、さまざまな国際機関が誕生、その多くでアメリカはイニシアチブをとるようになる。

 こうした状況において国家にとって孤立が重要な関心事である。19世紀のイギリスは、「光栄ある孤立」を自称していたように、国際的孤立をまったく意に介さない。しかし、パックス・アメリカーナでは事情が異なる。共通善を掲げる国際機関を通じた国際協力の時代において、国家は孤立を恐れる。いかに大国であっても、中国がそうであるように、孤立しないように振る舞っている。と同時に、北京は台湾を孤立させるべく他国や国際機関に働きかけている。

 モンロー主義こそ外交の伝統だとしてアメリカが国際連携に背を向けると、自身のプレステージやプレゼンスが低下するだけではない。国際協力も概して弱まってしまう。諸国は共通善よりも自国の利益を優先して利己的行動に走る。アメリカは共通善のために国際社会に関与するが、他国は必ずしもそうではない。国際協力の重要性は理解していても、参加のインセンティブや不参加による孤立などを考慮して行動する。共通善の旗振り役である米国が自分勝手になれば、国際社会は非協力の均衡状態に達する可能性がある。これが現実化しているのが今の状況である。

 「アメリカ・ファースト」のドナルド・トランプ政権の4年間、アメリカに代わって共通善のイニシアチブをとる国は現われていない。言うまでもなく、アンゲラ・メルケル独首相など国際協力の重要性を訴え続けた首脳もいる。それによりそうした連携の瓦解を防いでいる。しかし、強化させたとまで這い難い。いささかおせっかいで、特に安全保障分野では時にはた迷惑であるけれども、米国は国際協力に不可欠な国だ。

 中国やロシアにアメリカの代りはできない。旧ソ連はマルクス=レーニン主義と言う洗練されたイデオロギーを持っている。それは近代主義を超克して自由主義・民主主義・資本主義よりよい共産主義社会を目指すというものだ。実現可能性はともかく理想像は明確である。それによりソ連は、中国と共に、アメリカと対峙して世界を二分、東西冷戦構造を構築する。しかし、今の中ロのイデオロギーは折衷主義的で、像があいまいである。その姿は開発独裁でしかなく、国際社会に共通善を示すことなどできない。

 独裁政権を支援すれば、国内外から自由と民主主義の理念と矛盾するとアメリカは激しく非難される。他方、中国やロシアがそうした場合、国際世論は非難しても、米国と違い、言行不一致を指摘することはない。北京やモスクワは共通善のために国際社会に関与するわけではないからだ。

 もちろん、国際世論の後押しもあり、アメリカ抜きで諸国が連携して、孤立を恐れるワシントンが後から加わるケースもある。地球温暖化問題が典型例だろう。それは共通善による国際世論が形成されたからで、国際協力を導くそういう説得力のある理念の出現が不可欠である。アメリカが参与するようになって以来、国際協力は目的論的である。インターナショナル・コミュニティは共通善を共有する認知行動を理想とする。それを形成・発信できれば、米国でなくても、国際協力を生み出せる。

 このように見てくると、国際協力において重要なのは共通善の提示だということが分かる。アメリカはその共通善を示して国際社会に関与、国際機関を通じてリーダーシップを発揮する。これがパックス・アメリカーナである。米国は国際社会において建前の国と位置づけられる。本音で振る舞えば、威信も存在感も損なわれる。

 パンデミックがいつ終息するか見通しがつかないが、ポストパンデミックの将来像の提言は第1波の時期から相次いでいる。確かに、今回は既存の体制の問題点が露呈、十分に対応できていないので、諸制度上の課題を改革することの必要性は認められる。しかし、国際社会は目的論的に協力するのであり、共通善の形成・発信を欠いてはその改革も生かせない可能性がある。パンデミックは国際協力が目的論的に構成されることを世界に確認させている。

 アメリカは1月20日に新政権が誕生する。ジョー・バイデン次期大統領は国際協力を進めると見られている。「パックスなき時代」とも言われるが、共通善の実現には建前の国アメリカの国際協力がまだ必要である。
〈了〉
参照文献
『新書アメリカ合衆国史』全3巻、講談社現代新書、1988~89年
「109年前に及ばない世界…1911年の中国満州ペスト流行では12カ国が集まった」、中央日報日本語版、2020年4月21日18時02分更新
https://japanese.joins.com/JArticle/265108
「新型コロナワクチン、富裕国が買い占め 国際的な連帯はどこに?」、『スプートニク日本』、2021年01月01日13時01分更新
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202101018027693/?fbclid=IwAR3-U0sBY9i17KBaqwQFzG3opWUvYrdU6dQ_317B-w_Ncsa28XUAq7uZ41k


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