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選挙制度と社会的絆(2023)

選挙制度と社会的絆
Saven Satow
Dec. 26, 2023

「悪い政治家をワシントンへ送るのは、投票しない善良な市民達だ」。
ウィリアム・サイモン

 上脇博之神戸学院大学教授は、『朝日新聞DIGITAL』2023年12月26日 5時00分配信「(交論)政治とカネの問題」において、平成の選挙制度改革について次のように述べている。

政治改革は完全な失敗。小選挙区制では多様な民意は反映できない。完全な比例代表制にすべきだ。政党交付金は企業団体献金の代わりに導入されたが、一部で献金が認められ、パーティーもあり、政治はカネに麻痺している。企業団体献金も交付金もやめるべきだ.

 教授は『赤旗』の記事に触発され、自民党パーティー券問題を検察に告発した人物である。彼は、長年、政治とカネの問題をめぐって活動を続けている。その眼から見ると、政治改革は「失敗」であり、選挙制度を「完全な比例代表制」に変更すべきだと主張している。

 完全無欠の選挙制度は存在しない。そのため、どのような選挙制度を選ぶかが課題となる。選挙は社会における代表を選出する制度である。それは社会的絆がいかなるものかと関連している。立候補者が自分の代表だと思えなければ、有権者も投票所から足が遠のく。

 小選挙区制は社会的絆が地域共同体に基づいているとする制度である。個々人はコミュニティの中で暮らし、社会的絆はそれを基盤としている。小選挙区制はそうした認識に立脚して有権者の代表を選出する制度だ。

 また、大選挙区制は近代人の活動が地域共同体に限定されないとする制度である。近代において個人は移動や職業選択、婚姻、思想信条、結社など諸々の自由が認められている。そのため、活動はコミュニティをまたいだり、国外に及んだりすることも少なくない。大選挙区制は社会的絆をこうした広範囲に亘るとして代表者を選出する制度である。

 なお、中選挙区制は大選挙区制の一種である。

 比例代表制は社会的絆をコミュニティに限定しない制度である。先に述べた通り、近代は個人にさまざまな自由を認めている。社会的絆はコミュニティに限らず、階級や職業、思想信条などにも見出される。代表を選出する際に、こういった横断的な絆に基づくべきとするのが比例代表制である。

 もちろん、近代における個人のアイデンティティは多様である。それは社会的絆が複数あるということを意味する。そのため、多くの国や地域では複数の選挙制度を併存させている。例えば、一院の議員を選出する際に、複数の制度を併存させる。また、二院制で異なる選挙制度を両院が採用する。さらに、大統領制の場合、大統領と議員の選挙を別々の制度にする。それは社会的絆だけでなく、民意の多様性も反映する。

 選挙制度に優劣はない。国や地域によって採用している制度が異なるのは歴史を通じた社会的絆に関するコンセンサスの違いに由来している。先住のネイティブ・アメリカンと移民の国であるアメリカの選挙では比例代表制が採用されていない。他方、同様に、先住のパレスチナ人と移民の国であるイスラエルの議員選挙は比例代表制である。前者は地域共同体、後者は思想信条や出自がそれぞれ重要視されている。

 ところが、日本の国政では、二院制であるにもかかわらず、両院の選挙が似通っている。それは選挙制度が社会的絆と関連していることを理解していないからである。

 衆議院の選挙制度は小選挙区比例代表並立制である。この制度に変更されたのは、従来の中選挙区制が政治とカネの問題を招きやすく、政権交代可能な二大政党制にしてそれを防ぐためだ。社会的絆の観点はまったくない。

 また、参議院は良識の府と呼ばれるので、大選挙区やあ比例代表が採用されていることはわかる。しかし、一部の地域の選挙区が二つの県を合わせた合区となっていることは理解できない。これは人口比だけに基づいており、社会的絆を無視している。一票の格差を改善し、社会的絆を踏まえるなら、議員定数を増やすことが必要だ。

 そもそも議員定数は主権者の権利の大きさを示す。それを少なくすれば、主権者の権利も狭まる。働いていない議員もいるから定数を減らすべきと主張するのは、主権者としての責任放棄にすぎない。

 社会的絆を無視して、アドホックに選挙制度を変更すれば、「失敗」するのは当然である。それは二大政党制は多様な民意をくみ取れないという意見以前の問題だ。社会的絆から選挙制度を見直すべきだろう。
〈了〉
参照文献
「(交論)政治とカネの問題」、『朝日新聞DIGITAL』、2023年12月26日 5時00分配信
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15825614.html?iref=pc_ss_date_article


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