見出し画像

初音ミクとカストラート(2013)

初音ミクとカストラート
Save1un Satow
Ju., 01, 2013

「声は美の花である」。
エレノアのゼノン

 2007年に登場して以来、初音ミクは世界に広まり、今では定着しています。近年、電子音楽のパイオニアの一人である富田勲も初音ミクとのコラボを試みています。

 初音ミクはヤマハの音声合成システム「VOCALOID2」を採用した音声合成ソフトです。メロディと歌詞を入力し、合成音声によるボーカルパートやバックコーラスを作成することができます。さらに、それを女性のヴァーチャルアイドルに歌わせることができるのです。「初音ミク」はソフトのみならず、このキャラクターの名称でもあります。

 初音ミクの最大の魅力は既成や自作の曲をユーザーがカスタマイズできることです。それが世界的に受容された主因でしょう。けれども、この用法は初音ミクの潜在能力を十分に生かしていません。

 初音ミクでなければできないことがあります。それは「カストラート」としての活用です。

 「カストラート(Castrato)」はバロック時代に活躍した去勢歌手です。17~18世紀のバロック時代に最も人気のある音楽ジャンルはオペラで、彼らはその花形です。

 当時、イタリア──特に南部──では変声期前の少年を去勢して、教会や孤児院で厳しい音楽訓練を課し、歌手として育てています。こうした過程を経た彼らはソプラノからバリトンまでの3オクターブの音域を自由自在に操ることができるようになるのです。

 カストラートは驚異の音域幅を操り、即興を気のむくままに加えてコロラトゥーラで飾り、原型もとどめぬほどに改変して歌い上げます。観客はその人間離れした能力に拍手喝采するのです。これがバロック・オペラの上演風景です。宝塚のレビューによりバロック・オペラの気分を味わうことができるかもしれません。

 しかし、この両性具有はバロック以降には衰退していきます。1922年に亡くなったアレッサンドロ・モレスキが最後とされ、20世紀初頭の録音が残されています。ネットでその「天使の声」を聴くことができます。

 バロック時代、音楽は特定コンテクストの下で演奏されるのが一般的です。教会の儀式用だけではありません。王侯貴族が食事をしたり、水遊びをしたり、花火を見たり、眠ったりする際のBGMとして流れるものです。

 それはディズニーランドを思い浮かべればよいでしょう。アトラクションやショー、パレードなどにはテーマ曲がつきものです。音楽がその場の雰囲気を盛り上げてくれます。心躍る宴の黒子が音楽なのです。

 今日、コンサートに行ったり、音楽プレーヤーで聴いたりなど音楽だけを楽しむことがあります。けれども、バロックの頃にそんな光景はありません。音楽の楽しみ方は制作・演奏・享受のいずれの側もコンテクストを共有し、それを理解することが前提です。

 今の音楽行為ではコンテクストという共通基盤が必ずしも要りません。コミュニケーションとして捉えた場合、バロック以降の音楽にはメッセージ性が必要なく、作曲・演奏・歌唱・聴収自体に楽しみが見出されることになります。それは音楽が主観性へと向かっていくことでもあります。バロック的な音楽の用法は依然として生きていますが、主流の音楽観ではありません。幅広く考えるためにも、音楽とコンテクストの関係を考慮する意識を持つことが望まれます。

 バロック時代、音楽は芸術と見なされていません。初期のサブカルチャー同様、消耗品です。おまけに、音楽家は教会か宮廷に雇われる宮使いの身です。依頼に応じて何でもこなさなければなりません。使い回しをしなければやってられません。

 音楽研究では、J・S・バッハのようなバロック時代の作曲家が自分の作品を再利用することを「パロディ」と呼びます。題名が違うだけではないのかと思うことさえあります。もっとも、歌手や奏者がその場に応じて編曲するのが当たり前で、同一保持が期待できませんから、同じ曲でも特に問題はありません。

 バロック・オペラはこのカストラートを前提にしていますから、今日上演することが困難です。1994年にジェラール・コルビオ監督による映画『カストラート』が公開されています。けれども、一人の歌手がカストラートとして歌っていたわけではありません。

 主人公は「ファリネッリ」と呼ばれたカルロ・ブロスキ(1705~1782)で、3オクターブ半もカバーしたと伝えられています。高音域は女声のソプラノ歌手、低音域は男声のカウンターテナーが担当した2パート分の録音を用意し、それを後から機材によって変換・合成しています。

 現在、バロック・オペラを歌える歌手はいません。しかし、初音ミクならできるのです。5オクターブも軽いでしょう。初音ミクでなければ、カストラートのための曲は上演が不可能です。バロック・オペラは初音ミクのためにあり、その活躍が待ち望まれています。

 もちろん、課題はあります。それは初音ミクがソロ楽器としての人間の声にはまだ及ばないことです。人間の声は非常に複雑です。それによってソロ楽器としての表現の豊かさを持っているのです。けれども、現時点の初音ミクではアカペラでリスナーを魅了できる奥行きがありません。カストラートのような声だけで聴衆を圧倒することはまだまだです。

 しかし、いずれ課題も改善されます。カストラートという存在には歪みやいびつさ、偏執が感じられます。それを現代社会で具現化するのに、ヴァーチャルアイドルほどふさわしいものもないでしょう。
〈了〉
参照文献
岡田暁生、『西洋音楽史』、中公新書、2005年

いいなと思ったら応援しよう!