友人が死にたいと笑った話
社会人2年目の秋。深夜に突然、同い年の友人から電話がかかってきた。
いつもなら電話に出ない時間帯だが、この日は妙に喉が渇いていた。ペットボトルのお茶を冷蔵庫から取り出し、通話ボタンを押す。
友人「もしもーし!深夜にごめん!!」
友人の声はやたらと明るかった。
ゆや「大丈夫だよー!何かあった?」
友人「いやー、今…例の彼氏の家にいるんだけど…」
"例の彼氏"というのは、友人が数年越しの片思いを実らせ、ここ2ヶ月くらい付き合っている男のことである。
しかし、端的に言うとクズ男だった。
彼氏の家にいると言いながら、男の気配はない。その日も彼は、自宅に彼女を残して外出したきり、帰っていないようだった。
不意に、友人は心底幸せそうな声で
「私、さっき死のうとしたの。」
と、言った。
長年の付き合いの友人である。
冗談で死を口にするような人間ではない。だから、本気だったのだと思う。
友人「私の人生って結構ハードだったじゃん?」
ゆや「そうね。」
友人「でもね、死にたいくらい辛かったけど、死のう思ったことは一度もなかったの。」
ゆや「うん。」
友人「彼と付き合えて、同じ布団に眠れて、頭を撫でてもらえた今日、きっともう、今日以上に幸せを感じられる日はないなって分かっちゃってさ。」
ゆや「・・・」
友人「そしたら、本当にさっき、生まれて初めて窓開けて片足乗り出そうとしててさwwwこの部屋5階なのに!!
このままだときっと危ないから、ゆやに電話した(笑)」
ゆや「明日も撫でてもらえるかもよ?明日もSEXできるかもよ?明日はもっと嬉しいことがあるかもしれないよ?」
友人「それでも断言できる。私自身が、今日に勝る幸せな気持ちになる日は来ないよ。」
ゆや「今!今は?!まだ死にたい?」
友人「・・・いや、ゆやと電話できてちょっと落ち着いたから、今はもう死にたいと思ってないよ。電話出てくれてありがとう(笑)」
明日も早いからまたね!っと彼女はかけてきた時と同じ明るいトーンで電話を切った。
一滴も飲めなかったお茶のペットボトルを眺めながら、私はなんだか泣きそうだった。
その当時「辛くて死にたい」と泣く別の友人たちの相談に乗ることも多かったが、「あのタイミングで話せなかったら本当に死んでいたかもしれない」と震えたのは、後にも先にも、あの電話だけである。
友人は十代の頃、「人生でいちばん幸福な日に死にたい」という価値観を「変だよねww」っと、笑いながら話してくれたことがある。
だから、怖かった。
あの日の彼女は本当に幸せそうだったのだ。
深夜の電話から一週間後、"例の彼"とあっけなく別れた彼女は、泣いたり笑ったりしながら、今も楽しそうに生きている。
「死に損なった」と少し悔しそうな彼女が、今もたまに私と遊んでくれることが何より嬉しい。
人の金で美味しいお茶が飲みたいです。 (こうゆうところがホントにダメ)