2-3. 石油が湧くサウジの苦悩 高い失業率
【3行まとめ】
・サウジは世界最大級の石油埋蔵量を誇り、国家権力の源となっている
・石油収入によって、国民の勤労意欲が低下し、失業率が高くなっている
・労働者は、教育水準が低く、かつ職を選り好みしている
(写真は、砂漠の中に突如現れる石油関連とみられるプラント。)
2.内政
(2)経済:石油依存経済のいまとこれから
・国家権力の源 世界最大の石油埋蔵量
サウジアラビアを論じる上で、最も重要なキーワードを3つ指摘するとすれば、「イスラム教」「絶対王制」「石油」となるでしょう。これまで、「イスラム教」と「絶対王制」をカバーしてきました。本章では、「石油」について述べたいと思います。
サウジは世界最大級の石油埋蔵量を誇っており、その量は約2700億バレルとされています。この量は世界の石油の約15%にあたります。また、1バレルは約160リットルですので、約43兆リットルの石油がサウジの地下に眠っていることになります。
単位が大きすぎて、まだイメージがわかないと思います。日本の年間石油消費量が約15億バレルですので、およそ180年分の日本の石油を賄える計算になります。
・石油開発の歴史
サウジは石油会社を国有企業として運営しており、その会社はサウジ・アラムコと呼ばれています。アラムコのつづりは、ARAMCOであり、アラビアン・アメリカン・オイルカンパニーの略称が由来となっています。
その名前からもわかるように、サウジの石油開発は、米国との密接な結びつきがあります。
ところで、この時代、中東の石油開発で先行していたのはイギリスです。1907年、イギリスがイランで、中東で最初の油田を発掘しました。当時、サウジは、インドに至る道でもなければ、砂漠ばかりで何もないということで、イギリスに見向きもされていませんでした 。
そこで、1930年代、サウジはアメリカの石油資本に願い出て、石油開発が行われるようになったのです。サウジにおいて、最初に石油が発掘されたのは1938年と、サウジアラビア建国の直後でした。
当初は、アメリカの石油会社が発掘を行い、サウジアラビアは利益を折半する形をとっていました。1980年、資源ナショナリズムの高まりにより、自国の資源は自国で管理すべきという機運が高まり、サウジはアラムコの国有化に成功しました。
・サウジ国家を支える石油収入
サウジの年間国家財政の歳入約25兆円のうち、約7割にあたる約14兆円がこのアラムコからの石油収入で賄われています 。歳入の大半が石油収入で賄われているため、所得税や消費税はありませんでした。
国家の収入の大半を、石油などの不労所得によって得る国家のことを「レンティア国家」と呼びます。レンティアとはRENTIERとつづられ、RENT、すなわち、賃料のような不労所得から収入を得る者という意味です。
例外はあるものの、こうしたレンティア国家では非民主的な政治体制が続く傾向があり、サウジでも絶対君主制が維持されています 。ざっくりと言えば、税金をとらずに石油収入を公平に分配する限り、政府のやることにいちいち口出しはしないでおこうということです。
サウード家による絶対王制は、イスラム教に基づいた宗教的権威に端を発しました。その後、石油収入による経済力によって、その地位を確固たるものとして、現在に至っているのです。
・莫大な石油収入がもたらした負の側面
石油が発掘されて以降、サウジは目覚ましい経済発展を遂げ、国民の生活水準は大幅に改善しました。
他方、働かなくても稼がなくても、政府から石油収入の分配を受け続けることができてしまう環境は、国民の勤労意欲を削いでしまいました。こうした勤労意欲の低下を「レンティアメンタリティ」と呼んでいます 。
現在のサウジアラビアが抱える最も大きな経済問題は失業です。正式な統計はなく、数字はまちまちですが、恒常的に10%を超えています。さらに、女性の失業率は30%、20〜30代の若者の失業率は40%と言われています。
なぜこうした高い失業率が続いているのか、労働者側の要因と企業側の要因に分けて分析し、まず労働者側の要因から見ていきたいと思います。
・低い教育水準
サウジでは、学費がほとんどかからないため、大学進学率は60%と、高等教育の「量」は十分に行き届いています。しかしながら、問題は教育の「質」です。学校のカリキュラムの大半が、イスラム教の教義に割かれているため、数学や理科などの教育が十分でないのです。
目安としては、小学校のカリキュラムのうち、3割がイスラム教、3割がアラビア語、残りが理数系教育とされています。
国際数学・理科教育調査(TIMSS)の結果によると、13歳のサウジ人生徒のうち、最低基準をクリアした者は半分に満たなかったそうです。なお、韓国では99%、イギリスでは88%の生徒がこの基準をクリアしています。
さらに、上級の基準をクリアした生徒はわずか1%のみであり、韓国の47%、イギリスの8%と比べると際立った低さといえるでしょう。
このような初等教育の理数教育の欠陥のため、大学に進学する者の多くは、イスラム教や文学などの専攻に進んでしまい、結果として就職の機会を狭めてしまっています。
・低い教師の質
こうした低い教育水準の背景には、教師側の問題点が指摘されています。
例えば、サウジの夏休みは長く、気温が40度を超える夏の3〜4ヶ月の間は、長い夏休みとなっておりますが、休み明けの授業の最初の週は、生徒はおろか、先生まで学校に来ない場合があるそうです。
そもそも、教師の間で学習指導要領が確立されておらず、体育の授業などは、先生がボールを与えて終わりということもあるようです。また、先生が数学を十分に理解できてない、教え方が試験をクリアするための丸暗記であり問題の解き方を教えていない、などの問題点もあります。
小学校に入るまでは、生徒たちは入学をとても楽しみにしているそうですが、結果として、学校のカリキュラムがととのっていないせいで、途中でドロップしてしまう生徒が後をたたないようです。
教育水準が低ければ、企業は積極的にサウジ人を雇おうとは考えず、結果として失業率が高止まりしてしまうのです。
・選り好みの職業観
高い失業率の背景として、低い教育水準を指摘しましたが、さらに、サウジ人の英語のみの職業観も要因となっています。
サウジ人は職業に強いこだわりを持っており、建設やクリーニングなど、ブルーカラーの仕事を行うことはほとんどありません。 つらくて大変なブルーカラーの仕事は、外国人労働者が行うものであって、サウジ人が行うものではないと考えているのです。
ブルーカラーの仕事はやりたがらず、クーラーのきいたオフィスで楽に働くことのできるホワイトカラーに希望が殺到します。
一番人気があるのは公務員など政府系の仕事であり、サウジの労働者の7割以上は公的部門で勤務しています。勤務時間が短く、仕事が楽で、待遇も良く、 世間体も良い。サウジにおいて公務員に勝る仕事はないのです。
・低い就業のインセンティブ
さらに、サウジの場合特殊なのは、ホワイトカラーの仕事が見つからなければ働かないという結論に至ることです。
石油収入による財源をもとに、手厚い失業手当などさまざまな支給を受け取ることができ、サウジ人は無理してブルーカラーの職に就く必要はないのです。
また、例え政府の支援が打ち切られたとしても、親族を頼るなどさまざまなセーフティーネットが存在しています。
・低い勤労のインセンティブ
さらに、仮に職に就いていたとしても、多くの職業において、労働に比して給与が高すぎるため、多少労働を頑張ったところで、給与があがることはありません。
本来、労働に比して給与が高すぎれば、企業は赤字になり、給与が削減される力が働きますが、サウジの場合、石油収入が天から降ってくる(正確には地下から湧いてくる)ので、企業は赤字にならず、給与も削減されません。
もちろん、サウジの若者にも、教育水準が高く有望な者もいます。私が出会った一人の若者は、若い眼科医で、アメリカに留学した後、サウジの私立病院に勤めていました。
彼が、名誉のある国立病院の椅子を蹴って、私立病院で働いている理由は、よりたくさんの症例に接して、自分の技術を高め、もっと稼げるようになりたいからだと言っていました。
本来、こうした形の勤労のインセンティブが働けば、労働生産性が高まり、失業率の減少するのですが、サウジの場合、石油収入がそのインセンティブを妨げているのです。
・育たぬ産業
さて、失業率が高止まりする背景として、労働者側の要因の分析を行ってきました。次に、労働需要側、すなわち企業側の要因を分析してみましょう。
これまで述べてきたような低い教育水準・労働水準のせいで、石油などの資源産業を除いて、ほとんど国内産業は育っていません。GDPの半分以上は資源産業に依存しており、残りの半分は、建設・小売・飲食・宿泊・運輸など国内向けのサービス業です。
これらの国内向けサービス業は、ブルーカラーを忌避するサウジ人労働者の受け皿にはならず、サウジ人の失業率を改善することにはなっていません。
労働者の低い教育水準・低い勤労意欲が産業の停滞を招き、産業の停滞が職を生まないという悪循環に陥っており、これこそがサウジが最も頭を抱える問題となっています。
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