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雷雨の翌日にわたしは生まれた(仮)<82>

働けば自由になれる(かも知れない)

バイトは決まらないまま、私は大学生になった。
入学式には父が気まぐれに駅ビルに入っている店で買ってくれたペラペラの、かろうじてスーツのような形をしているグレー地に白いストライプの入った上下を着て行った。ああ、早くバイトをして服を買いたい。けれど教科書代やらなにやらでお金が掛かる。それに母に脅し取られるのも目に見えている。前途多難な大学生生活の始まりだった。

入学式の翌日にはホテルで一泊二日の親睦会という名の集まりが行われた。きっとまた自己紹介だのなんだのをさせられるに違いない。集団行動や行事などなければいいのに。出来るだけ人と交流せずにただ勉強だけをしていたい。サークルなんて絶対に入らない。私にはそんな暇も余裕もないし興味もないのだから。

大きく小ぎれいなビジネスホテルといった感じの会場。ああ、プリンストンのドミトリーやニューヨークのホテルが懐かしい。ここにはリスも遊んでいなけりゃ摩天楼の輝きもごみ溜めもない。ただの退屈な街。せわしなく歩く人々の群れ、センスのない色使いとフォントの大きな看板広告が窓の外に見えるだけーーここは私のいるべき場所じゃない。

それでも同じクラスの子たちと夜通し部屋に集まって話をした。10人くらいいただろうか。みんなでお菓子や誰が持ってきたか分からない酒をこっそり飲んだ。ブランドのバッグを持っている派手な化粧の子、おとなしい子、真面目そうな子。私はそのどれでもなかった。そしてもう一人、私と似たような子がいてみんながバカ話をしてるのをよそに話し掛けてきた。
「ねぇ、ミホちゃんだっけ?煙草吸ってるでしょ?歯で分かる。私も吸うんだぁ」
彼女の名前は志乃。なんだかこの子とは仲良くなれそうな気がした。そう、第一印象というか、勘は大事なのだ。
「私さ~。昨日親に怒られてさ。彼氏と部屋で一緒に寝てるところ見られちゃって。彼氏、親父に殴られて歯を折られちゃったの。帰りたくないわ。超気まずい」
志乃と彼氏は高校の同級生で、二人とも軽音部に入っていたという。そして横浜スタジアムで毎年行われている高校生バンドの祭典、ホットウェーブフェスティバルで彼氏のバンドが優勝したというのだ。こうなったら話はもう音楽のことばかり。彼女はハードロックやメタルが好きで、大学でも軽音サークルに入ると意気込んでいた。ああ、私の大好きだったわかばちゃんもその手の音楽が好きだったなぁ......。いや、早く彼女のことは忘れないといけない。

翌日、解散した後数人でゲームセンターで遊んだ。志乃はもう免許も車も持っていて、運転なら任せてとよく分からない車のゲームをしようと誘ってきてそれなりに真剣に勝負したけれど、案の定私は負けた。ああ、でも楽しいなぁ。いいなぁ、この感じ。大学生って案外いいものかも知れない。

京急に乗って、家に戻る。志乃は家に帰りたくなさそうだ。そりゃそうか。私も帰りたくない。もうちょっと遊んでから帰るか。志乃と、幸恵という子と3人でボウリングをした。幸恵は私が通っていた小学校のそばに住んでいるという。つまり、最寄り駅も同じということだ。じゃぁ、一緒に登校しようか、とどちらともなく誘った。
「私、バイト探してるんだけど見つからなくてさぁ」
「そうなの?じゃ、私がいるとこで一緒にやらない?」
「どこ?何のバイト?」
誰もが知っている大手スーパーマーケットで彼女は高校生の頃からレジ係のバイトをしているという。私が幼い頃から何度も父と買い物に行ったことのある店だ。
「時給いくら?」
「大学生は980円」
980円......?そりゃ大金だ。
「行く!行っちゃう!けど面接受かるかな?」
「うん、人が全然足りないからいっつも募集してる。誰でもソッコー採用だよ」
私は例のレンタル屋とコンビニに面接に行った話をしたら志乃も幸恵も大笑いしていた。

家に戻るとすぐに私は店に電話をし、いきなり翌日面接という運びになった。
翌日、ドキドキしながら通用口に行くと何故か店内のファーストフード店で待つようにと言われ、現れたのはオペレーション統括と名乗る店長の次に偉いらしい初老の禿げたおじさん。ロクに履歴書も見ずに
「いつから来れるの?」
やった!趣味だとか好きな音楽はどんなかなどと問われずに済んだ!頑張って働くぞ!

浮かれながら家に帰るとキャロラインからまた手紙が届いていた。彼女はロンドンで家族旅行の真っ最中らしい。いいなぁ。羨ましい。けれども
「今日、バイトが決まったよ......!」なんて小さいこの喜びから始まるのだ、私の人生は。