番外編1: 「前田、その後」
(「新月前夜、窓、そして君の事」 番外編 文・写真:セキヒロタカ)
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「いつも仕事のお前から飲みに誘って来るなんて久しぶりだな。」
がやがやした居酒屋の奥のテーブル席に腰かけ、脱いだジャケットを隣の席に置いてから、前田はそう言って、急にほっとした表情になった。
「なに言ってんのよ。何度か誘ったの忘れたの? ずっと放置してたくせに良く言うわ。」
彼女はそう言って、注文を取りに来た店員に「わたしもハイボールで」と言って、前田に向き直った。
「前田君も、あの何かに憑かれたようになってた時から急に魂抜かれたみたいになったわね。」
「いろいろあったんでね。」
「あなたにいろいろなかった時なんてあるの?」
彼女は大笑いして、店員が持ってきたハイボールグラスを受け取り、1つを前田に渡して「さ、乾杯ね」と言った。
「前田君さ、科学的と非科学的の境目ってなんだろ?」
「なんだよ急に。」
「広い意味で私たち同業者じゃない?だから訊きたいのよ。前田君が首突っ込んでた例の件。」
「首突っ込んでた、とか言うな。Spring-8 の件だろ? もう旬じゃないな。」
「そうそう。あれ。あれのことでちょっと面白い話があってね。」
「面白い話?」
「やっぱり聞きたいんじゃない(笑)。なにが「もう旬じゃない」よ。」
といって彼女は楽しそうに笑ったと思ったら、急に真剣な顔になって話し始めた。
「あれさ、公安の対テロ部隊も、アメリカの DHL も急に手を引いたじゃない?どうしてだと思う?」
「"DHS” な。 ”DHL” は運送屋だ。」
「そうそう、DHS。ま、それはどうでもいいのよ。その理由って何かわかる?」
「そりゃあ、法相が国会で予防拘禁のとばっちり食らって、慌ててヤバそうなチームを全部解散にしたからだろ?まぁ、Spring-8 での調査でもテロにつながりそうなものまったく出なかったらしいし。」
「それがそれだけでもないらしいのよねぇ。」
彼女はそう言って、ハイボールグラスの淵を眺めながらコースターに乗せたグラスをゆっくりと回していた。
(つづく)