The Lost Universe 古代の巨大鰭脚類⑤巨大鰭脚類型UMA
暖海から北極・南極の海に至るまで、鰭脚類は幅広く繁栄しています。祖先から受け継いだ形質を発展させ、水域と陸域の狭間で力強く生きているのです。
古代も現代も問わず営々と栄え、人々から愛される鰭脚類。実は、彼らそっくりの姿をした未確認生物が目撃されています。
現代における鰭脚類の大繁栄
世界各地の海で栄えるアザラシたち
現在、最も繁栄している鰭脚類はアザラシの仲間です。熱帯域から局地の海まで非常に広い範囲に分布しており、種族の多様性もアシカ類やセイウチ類を大きく上回っています。繁殖生態も全て同じというわけではなく、1つのペアで子供を産み育てる一夫一妻型のアザラシもいれば、ハーレムを形成する一夫多妻型のアザラシもいます。
アザラシは後足のヒレをメイン推進源にして、直線的な挙動で遊泳します。アシカほど前足が発達していないので、地上では全身で這うような形で動きます。
一見すると愚鈍に見える彼らですが、水中へ飛び込めば、極めて洗練されたハンターに早変わりします。巧みな泳ぎもさることながら、感覚も極めて鋭敏です。いくつかの種類では水中で特殊な音を発し、イルカのごとく音の反響で周囲の様子を探ります。
多様に進化したアザラシたちの生態や能力は本当に興味深くて魅力的です。ただ、彼らの実像は一般的なイメージとは少々解離があります。もしかすると多くの方々は、「アシカ類やセイウチ類に比べて、アザラシは小さくて可愛い動物だ」と思っていらっしゃるかもしれません。それは大きな間違いです。現代における最大級の鰭脚類はアザラシの仲間なのです!
古代種に負けない巨躯! 現代の大型鰭脚類
過去の記事にて、最大級の鰭脚類の1つである古代アシカ類オオキトドを紹介しました(下記リンク参照)。全長5 m以上、体重3 tクラスの巨躯は現生のトドやセイウチよりもはるかに大きく、海の怪物と呼ぶにふさわしい威容です。
ただ、現在においても、オオキトドと並び立つ超大型鰭脚類が生息しています。その種類とは、名前からして巨大さが感じられるゾウアザラシ類です。中でも、ミナミゾウアザラシは現代最大級の鰭脚類であり、オスの全長は約5.8 m、体重4 t近くに及ぶと言われています。
剥製や骨格を見た人ならおわかりだと思いますが、ゾウアザラシ類はサイやカバに負けないほど大きいです。ゾウの名を冠する通り、鼻は肥大化しており、彼らのアイデンティティとなっています。
大きさも多様性も、鰭脚類の中では突出しているアザラシたち。彼らの繁栄はさらに続き、生命史にさらなる爪痕を刻んでいくことでしょう。
それほどまでに魅力的な鰭脚類の生態には、まだまだ多くの謎があります。同時に、常識の尺度では到底考えられない未知の鰭脚類の伝説も目撃されています。
彼らの正体は古代種の生き残り? それともまったく未知の水棲生物なのでしょうか。
巨大鰭脚類型UMA
バンイップ ~アボリジニの伝説に残る怪物! 正体は巨大鰭脚類?~
各国に様々な謎の生き物の伝説があるように、オーストラリアの先住民アボリジニの伝承にも未知なる生物が登場します。それが恐るべき水辺の怪物バンイップ。古来より人々が畏怖してきた超自然的な生物であり、実際に目撃報告が寄せられているUMAでもあります。
バンイップは淡水域に生息しており、他の動物を捕食する肉食動物だと語られています。イメージ図などでは鋭い牙を備えた四足哺乳類型の怪物として描かれることがあり、正体は鰭脚類なのではないかと唱える人もいます。
オーストラリアの近海には多くの鰭脚類が生息しており、その中にはゾウアザラシ類のような超大型種もいます。水辺から唐突に出現した際、彼らの巨体は怪物のごとく見えるでしょう。バンイップの正体を河川や湖沼に迷い込んできた鰭脚類だと仮定すれば、合点のいくところが多数あります。
ただし、バンイップの1つ不可解な点は、人間を襲って食べるということです。野生動物である以上、場合によっては、鰭脚類も防衛や威嚇のために人間に対して攻撃を仕掛けます。ですが、捕食するために襲いかかってきたという事例はほとんど聞きません。ヒョウアザラシが水中で人間を攻撃し、死に至らしめた事例はあるものの、それは捕食目的の行動ではなかったと言われています。
筆者の個人的な意見ですが、人間を襲って食べるという性質上、目撃例の中には大型のワニも混じっているのではないかと思います。イリエワニなどの恐ろしい水棲肉食動物とアザラシ類が混同され、怪物バンイップの伝説が生まれたのかもしれません。
なお、水棲タイプのUMAには首長竜型やクジラ型が多く、鰭脚類型の未確認生物は少数派です。数は少ないながらも、目撃例は総じてユニークであり、我々の想像力を強くかきたててくれます。その「少数目撃例」の中には、なんと日本に出現したUMAが含まれています!
マツドドン ~江戸川に出現した謎のアザラシ型UMA~
水棲タイプのUMAと言えば、大スケールの巨大湖や無限の大海原に出現しているイメージがあります。ですが、ごくごく一般的な河川においても、未知の生物の目撃報告が稀にあがります。その代表例が、千葉県発の未確認生物マツドドンです。
マツドドンの発見場所は、千葉県の松戸市(東京都のすぐ隣の街)です。今から50年以上も前の1972年、松戸市の役所に市民から驚くべき通報が寄せられました。その内容は「古ケ崎水門付近にて、アザラシのような物体が浮かんでいる」というものでした。
当時の市役所には「すぐやる課」という部署があり、公務員の方々が事態の確認のために対処されたそうです。松戸市は未知の水棲生物に名前を与え、マツドドンは行政公認のUMAとなったのです。なお、現代に至るまでマツドドンは捕獲されておらず、今なお正体は謎のベールに包まれています。
目撃談から得られた謎の生物の特徴をまとめると、以下のようになります。
頭が丸い
茶褐色
愛嬌のある顔をしている?
マツドドンの正体説として、最も合理的だと考えられるのは「たまたま江戸川に迷入した鰭脚類なのではないか」という意見です。日本国内では河川にアザラシが入り込んでしまったことが過去に何度かあり、東京都の多摩川にやってきた「タマちゃん」、徳島県の那賀川にやってきた「ナカちゃん」が有名です。タマちゃんもナカちゃんもアゴヒゲアザラシという種類であり、愛らしい見た目でたちまち当地のアイドルになりました。
実は天保4(1833)年 に尾張の川にアザラシがやってきたという記録もあり、近世以前から鰭脚類の迷入はたまにあったのかもしれません。十中八九、マツドドンの正体は鰭脚類であると思われます(ヌートリアや小型クジラ類の可能性もありますが)。
自然界で生きるたくましい生命として、水族館や動物園の素晴らしいパフォーマーとして我々を魅了する鰭脚類。彼らに魅せられて、海洋生物学者や水族館職員になられた方々は大勢いらっしゃいます。魅力的な鰭脚類とこれからもずっと共に生きていくために、彼らの棲む水域環境を守ることは人類にとっての命題なのだと思います。
【前回の記事】
【参考文献】
南方熊楠(1972)『南方熊楠全集第8巻』平凡社
草野巧(1997)『幻想動物事典』新紀元社
和田一雄・伊藤徹魯(1999)『鰭脚類 : アシカ・アザラシの自然史』東京大学出版会
和田一雄編(2004)『海のけもの達の物語 : オットセイ・トド・アザラシ・ラッコ』成山堂書店
今泉忠明(2014)『危険生物大図鑑』株式会社カンゼン
芦川雄大(2016)「水をめぐるストーリー 江戸川の謎の生物マツドドン」産経新聞 https://www.sankei.com/article/20160508-57OLZXPTEJNFDIYDVOVSILVRJY/