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【短編SF小説】プラネタロイド

 例えば砂漠の砂ネズミが、荒波さか巻く大海原を想像出来ないように。
 わだつみにたゆたう深海ザメに、風そよぐ大草原を想像出来ないように。
 
 護糧閣テラスの住人である僕たちに、空を巡る満天の星々を想像することは出来なかった。

 僕がはじめて星というものの存在を知ったのは、祖母のふとした言葉からだった。
 護糧閣テラスの行政局が配給するいつものスープを温めながら、こう言ったのだ。
「昔は、スープに入れる具材が星の数ほどあったんだけどね……」
「星って何?」
 尋ねたのは、隣家の娘で幼馴染のラキだった。
 僕たちは乏しい食料を分け合いながら、時に食卓を共にしていた。
 祖母は戸惑ったように答えた。
「おばあちゃんも見たことはないよ。どんなものかもわからない……昔からの言い回しに出て来るから、つい言っちまうのさ」
 その話はそこで終わった。
 どうやら、星とはとてもたくさんあるもの……だったようだ。
 昔は、いろいろなものがそれはたくさんあった、らしい。
 食べ物、着る物、住むところ。
 だが、人間が苛烈な自然環境を避けて護糧閣テラスに暮らすようになってから、それらは少しずつ姿を消していった。
 
 数千年前、地球の気候は乱期に突入した。
 地球は歴史上、太陽との位置関係から長期間に渡り気候の不安定な氷期に見舞われていたが、その周期に狂いが生じていた。
 文明の勃興による地球温暖化はその狂いの一因に過ぎなかった。
 やがて狂いが崩壊し一時的に安定していた温暖な気候は本来の激しい気候へと回帰した。
 それはある意味、来るべきものが来ただけだったが、人類の生存圏を決定的に変える大異変となった。
 人々が考えていたほど、自分たちが自然に与えていた影響というものは大きくはなく、一方、本当の自然による環境の変化は想像を絶して苛烈なものだった。
 数年ごとに激変する極寒と灼熱の「荒ぶる気候」が、人類を地上での生活から追いやったのだ。
 
 文明が完全な破滅に至る直前、なんとかギリギリのタイミングで常温核融合を実現するTF(Thermocool fusion)技術を完成させた人類は、世界各地にTFシステムを中心とするドーム都市「護糧閣テラス」を築いてそこへ避難した。
 そして人工の小さな太陽と大気中から生成した水分で細々と食料を生産し、なんとか日々を生き延びることができた。
 護糧閣テラス間の交流はほとんど途絶え、時折、厳しい道中を乗り越える覚悟を持った連絡隊が、人類が絶滅していないことを確かめるため、他の都市へたどり着いたり着けなかったりした。
 
 外の世界からは、人間ではない機械仕掛けの使者が訪れることもあった。
 僕が十歳の時、護糧閣テラスに〈本の虫ブッククロウラー〉と呼ばれる人造生物がやってきた。〈本の虫ブッククロウラー〉は失われつつある人類の文化を記した書物を護糧閣テラスに配給する機械だった。
 好奇心旺盛な子供たちは、そのコンテナからむさぼるように本を漁り、本当に有用な書物を探している大人たちに叱られながらお気に入りの一冊を持ち帰った。
「ねえ、この本に星のことが書いてある」
 ラキはその一冊に「星」についての記述を見つけ、僕に見せた。
 だが、ドーム都市である護糧閣テラスで生まれ育った僕らに天空の「星」を理解するのは簡単ではなかった。
 そのほとんどの一つひとつが恒星、すなわち太陽であるということから難しかった。
 僕らにとって太陽とは、ドームの天井に設置された照明装置のことであり、その屋根が天空に等しいものだった。
 だがかつて天空はその屋根よりも遥かに高く、人々はそこに瞬く星々を道標として、農耕牧畜のための暦として、また神々の言葉として見つめていたという。
 早々に星についての理解を諦めた僕とは違い、ラキの興味は消えることがなかった。
「星座が見たいな」
 お気に入りの本を抱えて天井を振り仰ぎながら呟くラキを、僕は不思議な思いで見ていた。
 何が彼女をそんなに惹きつけているのだろうか?
 まわりの人々は、大人も子供も足元のことで精一杯だというのに。
 特に大人たちは皆、明日の糊口を凌ぐため、不安定な食料プラントの調整に忙殺され、遠い昔に忘れ去られた幻想に心を向けることはなかったのだ。
 
 だから、護糧閣テラスにはじめてプラネタロイドがやって来た時、人々にはその異形の機械が何のために造られたものなのか、全く想像がつかなかった。
 いくつものレンズをはめ込んだ二つの球体が円筒によって繋がれ、円筒の中央から移動用の脚が伸びている。
 人の姿に見えなくもないが、それは護糧閣テラス内に建つどの個人用住宅よりも大きかった。
 はじめは〈本の虫ブッククロウラー〉や他の輸送機械トランスポーターのように、何か有用なものを運んで来てくれた人造生物の類と思われた。護糧閣テラスの出入関局もそれを期待して、環境シールドの中へ招き入れたのだ。
 だが、人造生物は自らの言葉で自分の目的が彼らの期待するものではないことを明かした。
「私は皆様に、星の世界をお見せするためにやって来ました」
 その言葉を正しく把握できたのは、ラキと彼女の話を聞いていた僕だけだった。
 目を輝かせながらプラネタロイドを見上げるラキのそばで、出入関局長が聞いた。
「星の世界とは何のことかね?」
「かつて宇宙と呼ばれた世界。私たちの意識が及ぶ、最も遠い世界のことです」
 理解を超える話に首を捻るだけの人々に、プラネタロイドは言葉を続けた。
「百聞は一見にしかず。夜になったら、すべてお見せします。星の世界を見るためには、闇が欠かせないのです」

 やがて夜が来た。
 護糧閣テラスの夜は、人工太陽群の光が落とされる時間帯を指す単なる周期上のものだったが、闇は確かに訪れた。
 プラネタロイドは市民たちで埋まったドームの中央広場にやって来ると、
「それではプログラムを開始します」
 と宣言し、レンズのはまった球体を高々ともたげた。
「これから皆様を、星の世界へご案内します。かつて人類が護糧閣テラスの外で暮らしていた頃、星は人々とともにありました。私は護糧閣テラスを巡り歩いて、皆様がこの美しい世界を忘れないようにするため造られました。今宵、皆様をご案内出来ることを心よりうれしく思います。では……」
 球体の中に灯がともり、護糧閣テラスの景色が一変した。
 天空となったドームの内壁に巨大な天の川が投影されると、人々から驚きと畏怖の混じったため息が漏れた。
 プラネタロイドはかりそめの天空に壮大な宇宙のパノラマを展開しながら、護糧閣テラスの市民たちに様々な星の物語を語って聞かせた。それは遙か古代から伝わる伝説だったり、宇宙誕生からの歴史にまつわる科学的情報だったりした。
 ラキは持ってきた紙の束にその全てを書き写そうとしたが、頭上に広がる未知の世界の美しさから目が離せず、ペンを持った手も休みがちだった。
 
 一通りのプログラムが終わり、始まりと同じ天の川を映し出しながら、プラネタロイドは市民たちに星について聞きたいことはないかと尋ねた。
 しかし、あまりにも自分たちの現実からかけ離れた世界に圧倒された人々には、何も思い浮かばなかった。
 手を挙げたのは小さな少女一人。
護糧閣テラスの外に出たら、星を見ることができるの?」
 僕は驚かなかったが、まわりの大人たちはラキの言葉に眉をひそめた。
 環境シールドに守られたドームから出るとは、なんと恐ろしいことを考える娘だろう、と。
 プラネタロイドは答えた。
「残念ながら、外へ出ても星を見ることは簡単ではありません。外界の気候は荒れ続けていて、空はほとんど厚い雲に覆われています。夜になれば真の暗闇だけがあなたを包み込むでしょう。私が最後に星を見たのも何ヶ月も前のことです」
「でも、見られることもあるのね」
 ラキの瞳が希望に光った。
「雲間の隙間からほんの少しだけ見えることはあります。しかし、そのために外へ出ることはおすすめしません」
 ラキは肩を落としたが、目の輝きが消えることはなかった。
 星々は本当にあるのだ。
 ドームの向こう、厚い雲の向こう。
 外の世界へ踏み出す勇気があれば、その向こうに確かに存在しているのだ。
 僕はきれいに輝くラキの瞳に、一抹の不安を感じていた。
 なぜそんな不安を覚えたのかを知るのは、かなり後になってからだった。

 プラネタロイドは別の護糧閣テラスを目指し、去っていった。

 市民たち、特に子供たちはしばらくの間、星々の世界への憧れを抱き続け、外の世界についての空想を巡らせながら話や遊びに興じていた。
 が、その熱もやがては日々の生活の中で冷め、星のことを思い出すことも少なくなった。
 
 だが、ラキだけは星々への想いを手放すことなく、数少ない書物の中から星についての話を集めては、絵や作文といった形で憧れを表現し続けた。
 僕はそんな彼女が、まわりの大人たちから変わり者として見られていることを敏感に感じていた。
「ラキ、あんまり人の前で星の話をするのは良くないと思う」
 僕の言葉にラキは眉をひそめた。
「どうして? 君にも話しちゃいけないの?」
「僕はいいよ。むしろもっと聞きたいくらいだ。でも大人は他のことを勉強してもらいたいと思ってるんじゃないかな」
「他のことって?」
「もっと護糧閣テラスの役に立つようなことさ」
 実際、護糧閣テラスではその環境維持に役立たない人間に対して厳しい扱いがなされていた。そのことはラキにも良く分かっていた。
 ラキはそんな扱いを受けないよう、努力するようになった。

 彼女は、自分が技術系の勉強を得意としていることに気づいた。
 完全に閉じた環境である護糧閣テラスで市民の生活を維持するために、技術者エンジニアの存在は欠かせない。ラキは外の世界への興味と並行して、護糧閣テラスのあらゆるシステムについて学び尽くそうと考えたのだ。
 その対象となる知識は、TFシステムを中心とした護糧閣テラス全体のインフラ構造から、それらを管理する人造脳の生体バイオコーディングに至る幅広いものとなった。
 ラキの努力は成長とともに実を結び、大人たちは彼女を多少風変わりだが、護糧閣テラスの将来を担う人材の一人と認めるようになっていった。
 僕自身は、ラキほど重要ではないが、護糧閣テラス維持の中核である食糧局の下っ端局員として、なんとか一人前の働き手になりつつあった。仕事は、多くはない食料を少しでも長く持たせるための技術開発。難しい研究だが、やりがいはあった。

 そして、僕のラキを見る目も変わっていった。
 姿形だけを真似たメタ樹脂製の模造街路樹の陰で、僕はラキの髪に触れながら言った。
「まだ、何か約束を交わすには早いかもしれない。でも約束するなら、その相手は君しかいない」
 怒るかもしれない……
 そう思ったが、ラキは微笑みながら僕の手をとった。
 僕たちはもう、無邪気な幼馴染ではない。
 だが僕は、その微笑みに無邪気な夢を見ていたのかもしれなかった。

 外の世界から不穏な報せが届き始めたのはそんな頃だった。

 ある日、一人の男が護糧閣テラスの入出関ゲートにやって来た。
 男はひどく傷ついている様子で、息も絶え絶えにドームへの進入許可を求めた。
 入出関局長は人道的判断を下し、ゲートのエアロックでの徹底的な検疫の上、環境シールドを開けて男を中に招き入れた。
 男は遥か遠くの護糧閣テラスから逃れてきた難民だった。
 聞けば、いくつかの護糧閣テラスの間で交易をめぐる紛争が起こり、一部では資源の収奪が発生しているという。
 彼の護糧閣テラスもその紛争の過程で破壊され、ほとんどの住民が散り散りに外の世界へ逃れ、恐らくは命を落としたと見られた。
 破壊工作には、外界からの人造生物が関わっていたという。
 他の護糧閣テラスから物資の支援を運んできた自動輸送機トランスポーターを迎え入れたところ、突然爆発。侵入して来た人間たちによって略奪と破壊が行われたというのだ。
 行政局がその手段についてさらに詳しい話を聞き出そうとしたが、男の体力は限界を迎えて息を引き取った。

 それ以来、護糧閣テラスは外の世界に対する疑心暗鬼に陥った。
 護糧閣テラスの管理を統括する中央委員会は、ドームへの出入りを管理する入出関局に、外界からの脅威に対応するための装備を整えさせ、防衛局として再編成した。
 
 行政局の技術部で働くようになっていたラキが防衛局へ転籍を命じられたのは、それからほどなくのことだった。
「防衛局で何をするんだい?」
 僕の疑念に、彼女は答えた。
「外からの人造生物や自動機械を観察して、護糧閣テラスへ入れるべきかどうか判断するのが任務なの。中央委員会としては脅威は防ぎたいけど、有用な物資は排除したくないのよ。やって来た機械の目的と機能を見定めるのが私の仕事」
「しかし、どうして君に?」
「局長は……昔、私がここを訪れた自動機械に、怖がりもせず声をかけていたのを覚えていたの」
「ああ……星を見せるために来たあれか。なんて言ったっけ?」
「プラネタロイド……」

 何年ぶりかで彼女の口から出たその名前に、僕はいつか覚えた不安を思い出していた。

 ラキの防衛局での初仕事は、それから間も無くやって来た。
 外から、入出関ゲートをギリギリ通れるほどの大きな家のような自動機械がやって来たのだ。
 昼食を共にしようと、環境シールド外側のエアロック区画にいるラキのもとを訪れていた僕は、自動機械の調査に取り組む彼女と同僚たちの姿を見ていた。
 機械は家というより円形のテントのような形をしていた。全体が赤と白の縦縞模様で、長旅の末に塗装があちこちはげかかっている。
 と、突然その機械の一部が開き、中からにぎやかな音楽と共に一体の人間型機械が現れた。機械はそれを囲む家の部分と一体化していて、外には出られないようだった。
「はじめまして! 私はミスター・クラウン! 皆様に楽しいショーをお見せするためにやって来ました!」
 やはり赤と白の縞模様の服に身を包み、白い顔に奇抜な化粧をしたミスター・クラウンは、その場でいくつかの芸を披露して見せ、護糧閣テラスの中に入れてくれればもっとすごい出し物で住民を楽しませる事が出来ると言った。
 僕らは、ランチを食べながらミスター・クラウンの芸を楽しみ、その後でラキたちは本格的な調査に移った。

 先に庁舎へ戻り仕事を終えた僕は、沈鬱な面持ちでゲートから帰って来たラキと鉢合わせした。
「おかえり。ミスター・クラウンはどうした? 問題はなかったかい?」
「……破壊した」

 ミスター・クラウンの「家」には、用途不明のタンクが内蔵されていた。
 その正体を確かめるため、ミスター・クラウンの人造脳にアクセスしたラキたちは、情報制限のロックを解除して、タンクの中身が有毒ガスであることを聞き出した。
 ミスター・クラウンは護糧閣テラスの中で芸を披露している最中にそのガスを放出して住民を抹殺し、他の護糧閣テラスからの侵入者を招き入れて物資の略奪を支援するための、動く罠……「トロイの木馬」だったのだ。

「ミスター・クラウンはね、他にも色々なことを話してくれたよ。他の護糧閣テラスの間では、本当に生き残りを賭けた戦いが始まっているって。強力な兵器を造って、直接護糧閣テラスを破壊しようとしている人たちもいるって。でも、不思議なのは本当にそんなことをする必要はないのに……って悲しそうに話してたよ」
「どういうことだい?」
「つまりね。どこの護糧閣テラスも苦しいけど、工夫次第でなんとかやっていけるだけの物資やエネルギーは残ってるんだって。他の護糧閣テラスを襲わなきゃいけないほど追い詰められてはいないはずなんだって。でも、そんな目的で大事な資源を割くのは、何より人間が内側から壊れかけているからなんだって言ってた」
 ラキは頭上に広がるドームの内壁を振り仰いで言葉を続けた。
護糧閣テラスは安全だけど、そこに閉じ込められた生活があまりにも永いから人間は内側からどんどん荒んで、外の世界や遠くに住む人間たちに対しての恐怖に蝕まれているんだってさ……」
 僕はいつしかラキとは逆にうつむき、自分のつま先を見つめていた。
 情報制限ロックを解除された自動機械の言葉に嘘はないだろう。そう思うと、ラキの話は認めたくない説得力と重さをもって聞くしかなかった。
「じゃあ……僕たちは滅びるしかないのかな。自分たちを内側から変えることなんか、簡単に出来るもんじゃないだろう」
「そうかもね……もっとミスター・クラウンの話を聞きたかったけど、あのタイプの人造脳はロックを解除されると自己崩壊を起こすの。崩壊をキャンセルする生体コード信号を送ってやればいいんだけど、信号のコーディングが間に合わなかった。仕方がないから破壊したのよ……」

 ことの一部始終について報告を受けた中央委員会は、まるでミスター・クラウンの話を裏付けるような方針をとった。
 すなわち、防衛局の装備をさらに強力なものにするため、兵器の開発にリソースを振り向けることを決定したのだ。

 そして、再びやって来た。
 プラネタロイドが。

 もはや、外界に対して警戒心しかない護糧閣テラスには、プラネタロイドをドーム内に招き入れる理由が無かった。
 あるとしたら、分解し資材として再利用するくらいのものである。
 防衛局はまず、エアロックの外でプラネタロイドを止め、ラキに徹底的な調査を命じた。
 僕も、外で仕事をする彼女に食事を届けるという仕事を無理に作って同行した。
 
 防護服に身を包んで初めて訪れる外界は、かつてプラネタロイドが言ったように厚い雲に覆われ、強風が吹き荒れる荒野だった。
 
 なんという広さ……なんという空漠……
 これが世界なのか。

 吹き荒ぶ風を潜りながら、ラキは自動機械の前に立った。
「ひさしぶりね。私を覚えてる?」
 僕には年月が経ちすぎて分かりはすまいと思えたが、機械の眼と人造脳は消えることのない記憶から正確にその年月がもたらした変化を計算した。
「覚えていますよ。この護糧閣テラスで私に質問をしたお嬢さんですね。大きくなられた」
「また会えてうれしいわ。今度もみんなに星を見せに来たの?」
「はい。新しく産まれた子供たちもいることでしょう? その中にはきっと、あなたのように星のことを知りたいと思ってくれるお子さんもいるはずだ。私は皆さんに、星の世界のことを忘れて欲しくないのです」
 ラキは寂しげに笑ってプラネタロイドの大きな脚に触れた。
「私もまたあなたの星が見たいわ。でも、その前にあなたのことを調べなければならないの。護糧閣テラスに入れる前に……」
「私は前に来た時と同じですよ。調べても何も変わらないでしょう」
 ラキは少しためらいがちに言った。
「その言葉もね。本当かどうか調べなければならないの。あなたの人造脳にもアクセスしてね。嘘がないことを確かめてからでないと、私たちの護糧閣テラスに入れることは出来ないのよ」
 プラネタロイドは沈黙した。
 僕には、ラキがあまりにも素直に意図を明かしすぎるように見えた。もし、僕たちの懸念が当たっていたら、こちらの真意を悟った自動機械は、とんでもなく攻撃的な行動に出るかもしれないのだ。
 しかし、プラネタロイドは意外な言葉を口にした。
「そうですか。では、お願いします。私から嘘を取り去って何もかも普通にお話し出来るようにしてください」

 その時は、プラネタロイドがなぜ自分からそんなことを言ったのかは分からなかった。それはまさに、自分が隠された目的のために動いているのだと白状するような言葉だったからだ。

 ラキはまず、プラネタロイドの装備を徹底的に調査し、そこに爆薬も有毒ガスのタンクも存在しないことを確認した。
 そして人造脳の情報制限ロックが解除され、自己崩壊プログラムもキャンセル処理が施された。
 プラネタロイドは何も隠しごとの出来ない状態でラキと話をすることになった。

 果たして、隠された意図は存在した。

 天体投影という目的のため桁外れな容量のエネルギーセルを持っていたプラネタロイドは、爆薬やガスに頼らず護糧閣テラスを崩壊に導く手段を持っていたのだ。
 それは発光装置の一部に組み込まれた量子エンタグラーだった。
 TFシステム内部を流れる特定の粒子と量子もつれ状態を作り出し、動力伝達や圧力制御に影響を与え、エネルギーを生み出すプラズマの維持を困難にするという高度なサボタージュ兵器である。
 これで護糧閣テラスのエネルギーが完全に断たれれば、外部からの攻撃や侵入を防ぐ手立てはない。

 発光装置を調べ、量子エンタグラーの存在を確認してうなだれたラキに、プラネタロイドが声をかけた。
「残念です。しかし感謝します。これで皆さんに嘘をつかずに済んだ。このまま私を破壊してください」
「どうしてそんなこと言うの?」
「自分が本来の自分でないことが苦しいのです。兵器にはなりたくない。私は自分がプラネタロイドであるままで消えていきたいのです」
「それなら……兵器じゃなくしてあげればいいんでしょう?」

 ラキは、プラネタロイドと量子エンタグラーの接続を切るための仕事に取り掛かった。
 が、量子エンタグラーは深い部分で発光装置と回路を共有しており、物理的に排除することが出来なかった。そこでラキは、量子エンタグラーの起動コマンドをキャンセルする生体コードを生成した。
 しかし、これもプラネタロイドの本来の機能を初期化することなく、人造脳に直接アップロードすることが出来なかった。生体コードは杖状のパルスロッドという道具にインストールし、プラネタロイド本体の入出力ポートから送信するという方法で機能させるしかなかった。
 これで一時的な安全は確保出来るが、一定の時間が来ると人造脳の量子エンタグラーを管理するセクターが復帰し、起動コマンドを送信しようとするのは止められなかった。
 定期的に、誰かがその起動を阻止するため、プラネタロイドに付いている必要があったのだ。

 とにかく、この方法しかないとラキは判断した。
 作業は休憩をとりながらまるまる二昼夜に及び、ついに完了した。

「これで、あなたはプラネタロイドとしての仕事だけに専念できるはずよ。パルスロッドを刺してくれる人間が一緒にいる限りは、ね」
「ありがとう。あと一回でも、皆さんに星を見せることが出来れば、私は本望ですよ」
 ラキはまた寂しげに笑った。
 一時的な安全は確保できたが、プラネタロイドをかつてのように単体で旅に出すことは出来ない。他の護糧閣テラスを危険に晒すことにほかならないからだ。
「じゃあ、もう一度みんなに星を見せに行こうか」
 ラキはエアロックへのゲートを開き、後ろに立った僕を振り返って言った。
「お願い。何があったか誰にも言わないで」
 僕の中でささやかな官僚主義が重い首をもたげた。
「中央委員会に報告しないってことかい?」
「うん。何も問題ないでしょう? プラネタロイドははじめから安全だった。長い時間をかけて徹底的に調べたから間違いない。そういうことにして」
 防護服のバイザー越しに光るラキの目に、僕の官僚主義は潰えた。

 その夜、十数年ぶりに僕らの護糧閣テラスでプラネタロイドの天体ショーが開かれた。
 大人たちの反応は、かつて初めて星を見た時と大して変わらないように見えた。
 だが、成長した僕たちの目から見た子供たちの反応は、星々と同じように輝いて見えた。
 それは、護糧閣テラスでの暮らしで感じることのない、何かを目覚めさせているのだということがよく分かった。
 遠く輝く星々への憧れ、好奇心、そして夢。
「やっぱり人間には星が必要なんだ……」
 かつて星から目が離せなかったラキは、子供たちの顔を見ながらつぶやいた。
 そして、傍らに立つ僕の手を握った。
「ありがとう。お願いを聞いてくれて」
 その言葉で、僕は彼女がとるべき道をとる決意をしたことを悟った。
 来るべき時が来たのを知った。

 数日後……

 プラネタロイドは護糧閣テラスから姿を消した。
 ラキもいなくなった。

 彼女が星への憧れを口にするたびに感じていた不安は、こうして現実となった。
 星がラキを連れて行ってしまったのだ。
 天体ショーの夜からわかっていた。
 だが、僕は彼女を行かせるままにした。
 止めようと思えば止められた。
 ラキの前に立ち塞がり、僕がどんなに彼女を大切に思っているか。どんなに長い間、彼女との見果てぬ夢を見ていたことか。声を限りに叫んで、その体を抱きしめて行かせないことも出来た。
 だが、そうはしなかった。
 ラキはプラネタロイドの体に括り付けられたコンテナに気づくだろう。
 向こう数年間で彼女が口にするはずの食料を加工した圧縮糧食が入ったコンテナに。
 そして、僕の気持ちに気づくだろう。

 ある夜、僕は適当な理由を付けて再び護糧閣テラスの外に出た。
 ラキと一緒に来た時より激しく吹き荒ぶ風の中で、彼女とプラネタロイドがどちらへ向かったか想像した。
 ふと見上げると、厚い闇に覆われた空の一角が風に割れた。

 そして僕は初めて本物の星を見たのだ。

 弱々しく輝いていたのは、北極星か、カシオペアか……
 僕には知る由もなかったが、一つ確かだと思えることがあった。
 ラキもきっと同じ星を見ている。
 牧童の杖のようなパルスロッドを手に、プラネタロイドを従えて荒野を歩みながら。
 どこかの護糧閣テラスで人々に星を見せるため。

 僕にとっては、ラキの瞳の中で輝く光こそが星だった。
 それから長い年月が経ち、その星は二度と戻ってくることがなかった。
 
 僕の星は、この惑星ほしの上を今も巡っているのだ。

 完

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