不足を疑う 108さん ザ・チケット 永久保存版神回かも・・・?更新しました20231112
youtube始めたのでよかったらご覧ください~~
音声版にしました
私も最近うっすら思ってたことが108さんが動画でまさになことをおっしゃっていましたのでシェアいたします
例えば長年かなってない願いがあるとします
みんな1つくらいあるでしょう?ずっと願ってるのになぜかまだ叶っていないこと
自分でできる限りの努力はしたのに叶わないこと
自力で頑張っても無理だからまだ叶っていないこと
人によって違うよね
仕事の人
お金の人
恋愛の人
結婚の人
妊娠の人
健康の人
家族のこと
精神性の人
どれでもいいけどなぜかずっと同じ願いを何年も持ってるとして
自分でやれる限りのことはした
努力と言われる部類のもの
これだけしたのに叶っていないとしたら
それはもうあなたの力ではどうしようもなくて
あなたの判断では正しくないもので
あなたのやり方ではできないことで
あなたの考えではわからないことで
あなたの想像にはつかないことで
あなたの力ではなしえないことで
って思ったら
「自分の判断、全部間違ってるんじゃない???」
って思ったの
ふっと思った
このふっとというのは思考(エゴ)のものではないので
閃きの方
エゴは大きな声で叫ぶ
閃きはかすかなささやきのようなもの
だから
私の判断なんかすべて間違っているのかもしれない
ふとそう思った
だって自分の判断の集大成が=目の前の現実なんだから
そう思うと
私がいいと思ったものなんてあてにならない
私が悪いと思ったものは悪くないのかもしれない????
この可能性があるとしたら、、、、そう思ったの。
これは先日の横浜での「切符間違えて買った事件」の瞬間に
え!!!!!!!横浜から大阪までの帰りの切符がないとかマジで!!!????絶望!!!!!!!!!!
って思った瞬間
いや何とかなるよ、、、なる大丈夫
帰宅に時間はかかるだけで帰れる、、、、、
頭中で猛烈にシュミレーションして
どのルートで帰れば一番マイナスが少ないか????
を想定して結局+-900くらいで大阪に帰れた
あれをやったときに
やっぱり瞬時の思考の声などあてにならない
これこそまさにここから108さんが言っている『不足』を疑えの話なの
何となく思っていたことを明確に理論的に説明してくださった108さんに心から感謝を。
これを2年前に唱えてるんだから本当にさすが
私は6月にうっすら思ったのよ
自分の判断なんかあてにならない
何なら全部まちがっているかも
さて素晴らしい内容なので永久保存必須ですよ
わかるまで読むのをおすすめします
どうぞ~~~~~~~~
20231112追記
今日は久しぶりに108さんのお話しです
ノートに夏に書いてるんですが
これ、聞いたとき
すごい~~~!!!!って思ったんですよ
だってなぜならそもそも
この世界にある不足はすべて幻想なので
幻ですね
不足と書くとわからない人もいるかもしれないので
要は不安も嫌なことも本当はすべて幻想です
まぼろし
断言できますね
はい。
幻想です
この仕組みを要は仏陀もイエスもいろんな言葉で
語ってくれてるんですが
現代風に
簡単かつ分かりやすい言葉で表現してくれたのが
108さんでした
ですのですごい~~~!!!と思ったんですよ
まずはそんな108さんのお話
どうぞ
~~ここから引用です~~
さて、今日は「『不足』を疑う」ということについて話します。
ほかの動画へこれについて複数の質問をいただいていました。
「『不足を疑う』とは、どのようにすればいいのですか?」
これはとても簡単なことです。
あなたは単に疑うだけです。
これだけです。それだけなのです。
例えばあなたが今、何らかの『不足(不満や嫌な出来事など)」を体験しているとします。
『不足』とは、あなたが嫌だと感じること全般です。
その時、こういう風に疑うのです。
「これは本当のことなのかな?」
こんな風に「不足』自体を疑ってください。
あなたはこれまで「不足』そのものを疑ったことはないと思います。
あなたは「不足』が存在するという前提で考えていませんか。
「私には、今、この『不足』が存在している」
「私は今、こんな『不足』を体験してしまっている」
「私は、この『不足』にどう対処すればいいのだろうか?」
こんな風に、あなたは「不足」が存在することを認めてしまっているのではないでしょうか。
その前提から、こんな風に考えていませんか。
「この『不足』にどう取り組んで対処したらいいのか」
「この『不足』はどうやったら消せるのか」
こんな風に考えてしまっていませんか。
しかし実際には「不足」は存在していません。
「不足」は存在しないのです。
あなたが、存在しないものに対して対処しようとするから、どうにもならないのです。
それは「暖簾に腕押し(空気を叩く)」のようなことなのです。
だから、あなたはいつまでたっても「不足」が存在するように感じるのです。
あなたが、「不足」が存在することを認めてしまっていることが、その原因なのです。
これがそもそもの間違いなのです。
「不足」の存在を認めていることが、知覚不全の根本なのです。
あなたの「『不足』が存在している」という認識が、間違いの始まりなのです。
ですから、まず『不足』自体を疑ってください。
単に疑ってください。
これは「『不足』は存在していない」と信じることとは違います。
「この『不足』だと思えることは、本当に存在しているのだろうか?」
「この『不足』だと思えることは、本当のことなのだろうか?」
こんなふうに、単に疑ってください。
こんなふうに、少し考慮してみてください。
あなたは「『不足』は存在しない」と、断定する必要はありません。
「変だな。私が『不足』だと感じていることは本当なのだろうか」
あなたはこんなふうに疑いを持つだけでいいのです。
このやり方は、「『不足』が存在する」という幻の世界の中の免疫システムの影響を受けません。
排除もされませんから、「不足」への疑いは、『不足』が存在するという幻の世界の中に残ります。
ですから、『不足』への疑いは、『不足』が存在するという幻の世界の中で
どんどん大きくなっていきます。
そして、「『不足』は存在しない」というのは、真理です。
真理だから、あなたがこれを考慮するだけで、
あなたに大きな影響がもたらされます。
私たちは今まで、疑うと言えば「充足」のほうばかりでした。
私たちは日常的に「充足」を疑っています。
「うれしいことが起こったけど、その代わりに何か悪いことが起きるのではないだろうか」
「私がこんなにいい思いをしていると、バランスを取るように災難に遭うのではないだろうか」
「この喜びは、失望に変わるのではないだろうか」
こんなふうに、私たちは日常的に「充足」を疑っています。
私たちは「『不足』を疑う」ということをしないのです。
有史以来、人類は「『不足』を疑う」ということをしてきませんでした。
私たちは「『不足』を疑う」など思いつきません。
私たちは、何か『不足』を認識すると、当然のように受け入れてしまうのです。
私たちはその「不足」を無条件に受け入れ、どんどん重荷を背負って苦しんでしまうのです。
「私はこの『不足(問題)』を、どう対処すればいいのだろうか」
「すべての『不足(問題)』に対応するには時間が足りない」
こんなふうにです。
しかしそうではなく、根本である「『不足』の認識」自体を疑うべきなのです。
「この『不足』は本当に存在しているのだろうか?」
「この『不足』だと思えることは本当のことなのだろうか?」
こんなふうに、単に疑ってください。
以前の動画のコメントでも、これに関するフィードバックを頂きました。
「『不足』を疑ったら、消えてなくなりました」
こういった報告を、たくさん頂いています。
この方々は、ただ「不足」を疑っただけで、ほかには何もしていません。
それだけで、「『不足』は存在していない」という真実が、明らかになったのです。
つまり、「『不足』は存在していなかった」という体験をすることになるのです。
「存在しているのは『充足』』という真実が、明らかになるのです。
そして私以外は、「『不足』を疑う」というやりからを提案してないように思います。
なぜなのかというと、この方法は「信じられないほどの裏技』のようなものだからかもしれません。
この方法は、「『不足が存在する」という幻の世界の中で許可されていないことかもしれないということです。
この方法は「反則です!」と言われるようなやり方だということです。
ですから、「『不足』は存在していない」という真実が、簡単に明らかになるのです。
私たちが疑うことのなかった「『不足』が存在する」という前提を疑ったからです。
そうすることで、『不足』は簡単に消えたりします。
私たちがその「不足」に対処していないのにも関わらずです。
私たちが単純に『不足』を疑うだけで、それは消えるのです。
疑うことで『不足』を消そうとするのではありません。
『不足』を消そうとするということは、それが存在すると認めていることになります。
そうではなく、私たちは『不足』の存在を単に疑うのです。
「この『不足』は本当に存在しているのだろうか?」
「『不足』があると感じている私の知覚は正しいのだろうか?」
こんなふうにです。
つまり、「『不足』を疑う」とは、自分の知覚を疑うということなのです。
そしてこれは『不足』の原因に対処しているということです。
私たちの「不足」の体験は、自分の知覚不全が原因だからです。
ですから、あなたもぜひやってみてください。
努力は必要ありません。
あなたは単に疑うだけです。
信じ込む必要もありません。
対処する必要もありません。
「この『不足』は本当に存在しているのだろうか?」
「この体験している『不足』は本当のことなのだろうか?」
こんなふうに「不足」の存在を少し疑ってみてください。
それは大きな効果をもたらしますから、ぜひ皆さんも試してみてください。
気軽にテストしてみてください。
そうすれば、もっと試してみたくなるかもしれません。
「『この不足』を少し疑ったら消えたから、次は『あの不足』を疑ってみよう」
「疑ってみたら、やっぱり『あの不足』も消えた」
あなたもそんな体験をするかもしれません。
もしかすると、このやり方は大発明かもしれません。
なぜなら私たちが「充足」を体験するために、何もする必要はなかったと
明らかになるのですから。
私たちは単に「不足」を疑えばよかっただけだと明らかになります。
あなたもぜひやってみてください。
108でした。
~~~~~~~~
真理で裏技で素晴らしい単純明確な奥義かもしれませんよ???
さぁあなたはどうしますか?
あなたのその不足、本当に????
ここから追記20231112
どうでしたか??
分かりやすい!!
って思ったあなたはすぐにやってみるといいと思います!!
この方法は「信じられないほどの裏技』
とありますがそう思います
単に「本当に??」って疑ってください
これだけでいいんです
例えばあなたが今、何らかの『不足(不満や嫌な出来事など)」を体験しているとします。
『不足』とは、あなたが嫌だと感じること全般です。
その時、こういう風に疑うのです。
「これは本当のことなのかな?」
こんな風に「不足』自体を疑ってください。
これだけで消える場合が結構あります
私もやってみたんですが本当に消えますよ
「不足」の存在を認めていることが、知覚不全の根本なのです。
あなたの「『不足』が存在している」という認識が、間違いの始まりなのです。
ですから、まず『不足』自体を疑ってください。
単に疑ってください。
この知覚不全というのを説明するのがもしかしたら
難しい所なのかもしれないんですが
私たちが不安になるのはエゴ、思考がいつも頭の中で大騒ぎするからなんです
でもエゴ、思考は
頭の中でしか存在しておらず
いつも過去と未来のことを考えてて
今にいないから不安になるんです
今ここにいれば本当はすべてがあるので
不安になるっ必要がないんですが。。。。
というここがそもそも難しいんですが
わかりますかね?
伝わるといいんですが
「『不足』があると感じている私の知覚は正しいのだろうか?」
こんなふうにです。
つまり、「『不足』を疑う」とは、自分の知覚を疑うということなのです。
そしてこれは『不足』の原因に対処しているということです。
私たちの「不足」の体験は、自分の知覚不全が原因だからです。
この部分が理解できれば全てがすっきりしていくと思います
ここです
本当に
素晴らしい方法シェアしてくださってありがたいですね
私はいろんなスピリチュアルマスターの本も読んだし
日本で活動している人にも会いに行ったりしましたが
基本同じ国のほうが文化の背景が同じなので理解しやすいです
そしてわたしは言葉が柔らかい人のほうがわかりやすいな
と思ったりします
ぜひ分からなかった部分は聴きにきてくださいね
直にお答えしますよ!!
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