「稚拙で猥雑な本能寺の変」3
●第1幕
○シーン3 安土城内・庭
遠くから鉄砲の音。馬のいななきなど。
細川忠興が来て。
忠興 「さあ、こっちじゃこっちじゃ」
平太がサラリーマンの織部と明神を手鎖で連行して来る。
明神 「あいたたたたた」
織部 「なになになになに。人を縛るなんて犯罪ですよ」
平太 「さっさと歩け!」
織部 「はいはい歩きます歩きますって」
明神 「痛い痛―い痛いなもう。ちょっと何なんですかあ」
平太 「うるさい」
明神 「はいはーい」
織部 「?」
明神 「これあれですよ。モニタリング」
織部 「モニタリング?」
明神 「知らないんですか?昭和でいうドッキリカメラですよ」
織部 「ドッキリカメラ!」
明神 「多分過去にタイムスリップした設定です」
織部 「でもなんで僕らがドッキリに?」
明神 「社長ですよ」
織部 「え?」
忠興 「何をしておる。こっちへ来い」
平太 「ほら早く!」
織部 「はいはいはいはい」
明神 「社長がテレビに応募したんですよ」
織部 「そんなはずないでしょう。これから車を売ろうっていう社員にドッキリを仕掛けるなんて」
明神 「だから打合せなんてないんですよ」
織部 「いやいやいやいやそんなことはないでしょう」
明神 「社長サプライズ好きじゃないですか」
織部 「サプライズ好きでもこれはないでしょ」
明神 「うちの社長ですよ。やりかねないと思いませんか?」
織部 「うーん」
明神 「僕らがモニタリングに出ることで宣伝効果を狙ってるんです」
織部 「宣伝?」
明神 「だから僕らは面白くしないといけないんです」
織部 「なるほど」
平太 「そこに座れ」
明神 「ははー」
織部 「え?ここって地べたじゃないですか」
平太 「だからなんだ」
織部 「僕一般人ですよ。何か敷くものくらいは出しなさいよ」
平太 「いいから早く座れ!」
明神 「はいはいはいはい・・・織部さん!テレビ!」
織部 「だってズボンが汚れるじゃない」
明神 「いいじゃないですか別に。元々大して綺麗じゃないじゃないですか。社長に怒られますよ」
平太 「座れ」
織部 「わかりましたよ。座ればいいんでしょ座れば」
明神 「テ・レ・ビ!」
織部 「はいはい」
平太 「忠興様、御屋形様は?」
忠興 「知るはずないだろう。じき来られる」
織部 「わー!僕は何もしてないでーす!離してくださーい」
平太 「やめろ」
忠興 「黙って待っておれ」
織部 「ははー。畏まりましてございますー」
忠興 「・・・」
明神 「織部さん」
織部 「何?」
明神 「一人で目立とうとして」
織部 「してないよ。ドッキリに気付いてないっていう芝居でしょ」
明神 「芝居下手」
織部 「仕方ないでしょうやったことないんだから」
明神 「社長に気に入られようとしすぎですよ」
織部 「じゃあ君も何かすればいいでしょう」
明神 「言われなくてもしますよ。おーいおーい」
平太 「うるさいな。静かに待てないのかよ」
明神 「おや!ここはどこだ?僕は一体どこにいるんだろう」
平太 「お前らここがどこかも分かんないのかよ」
忠興 「逃げ惑ったせいで前後不覚になったのであろう。ほっておけ」
平太 「はい」
織部 「君のほうが芝居下手じゃない」
明神 「そうですか?」
忠興 「おい」
織部 「はい」
忠興 「お前たちはキリシタンか」
明神 「え?」
織部 「キリシタン?」
忠興 「その格好はキリシタンの格好であろう」
織部 「はいキリシタンです」
明神 「うちは浄土真宗ですけど」
織部 「シッ」
忠興 「しかしその首に巻いている布は初めて見る。なんじゃそれは?」
織部 「え?ネクタイです」
忠興 「ネクタイ?」
織部 「はい」
忠興 「ロザーリオみたいなものか?」
織部 「はい」
明神 「ロザーリオって何ですか?」
織部 「何かこんなやつだよ」
忠興 「その腕に付けたものもキリシタンのものか?」
織部 「これですか?これは腕時計です」
忠興 「うでどけい?」
織部 「知らない(という設定な)んですよね。これを見ると時間が分かるんです」
忠興 「時間が分かる」
織部 「ん?」
忠興 「いかがした?」
織部 「1582年?」
忠興 「1582年?」
織部 「1582年・・・なんで?」
明神 「どうしたんですか?」
蘭丸の声「御屋形様、お戻りであらせられる」
織部 「御屋形様?」
忠興 「控えよ」
最敬礼で控える忠興。平太も地べたに控える。
織田信長が森蘭丸を従えて来る。蘭丸床机を上座に置く。
その後ろに羽柴秀吉、竹中久作、稗田八方斎。明智光秀、明智秀満。
注)本公演では信長をドラグクイーンの日出郎、森蘭丸を美形ニューハーフ
の蝶羽が演じた。
日出郎についてはこちら
蝶羽についてはこちら
明神 「すごい顔だ」
織部 「黙って」
平太 「控えろ」
光秀 「忠興、この者たちは?」
忠興 「は。某の足軽が見つけ出しました。おい」
平太 「は!この者たちは武田の残党にございます」
秀吉 「武田の残党?」
忠興 「御屋形様にこの者たちの処遇を決めていただきたく」
織部 「武田」
忠興 「控えよ!」
平太 「おい控えろ!」
光秀 「即刻首を刎ねよ。御屋形様に決めていただくまでもない」
秀吉 「そうですな」
織部 「首を?」
明神 「刎ねる?」
織部 「いやいやいやいやちょっと待ってください」
忠興 「控えよと申すに」
織部 「ちょっと待ってください。違うんです」
光秀 「申し開きは無用じゃ」
明神 「あの武田さんって○○○○の武田さんですか?」
織部 「それ○○○○ね」
明神 「ああ、○○○○が○○○○の」
織部 「それは○○○○、なんで2回言うの?滑り倒しだよ」
立ち上がる織田信長。
一同 「!!」
織部たちの方へ寄る信長。
信長 「奇妙な格好ね」
織部 「は?」
信長 「嫌いじゃないわ」
織部 「ありがとうございます」
信長 「でも地味」
織部 「すいません」
信長 「(明神を見て)下品ね」
明神 「下品?下品ですか?」
信長 「誉れ高き武田軍にこんな足軽がいたとは」
信長、踵を返して。
織部 「そうか」
明神 「何ですか?」
織部 「僕ら武田信玄の足軽の設定なんだ」
明神 「武田信玄ってなんですか?」
織部 「武田信玄知らないんですか。戦国時代の武将だよ」
明神 「知りませんよ」
信長、元いた床机に座り。
信長 「織田信長である」
織部 「織田信長・・・」
明神 「ははー」
織部 「プー」
明神 「何笑ってるんですか」
織部 「だって織田信長って。プー」
蘭丸、スッと出てきて織部の首筋に刀を突きつけ。
蘭丸 「御屋形様に無礼であるぞ」
織部 「うわあ、すいません」
蘭丸 「・・・」
明神 「どうせドッキリですって。ねえ」
明神刀に触れる。
明神 「あ、切れた」
織部 「え?」
明神 「本物?」
織部 「まさか・・・」
織部も触れて手を切る
織部 「あ痛たたたたっ」
明神 「ね?」
蘭丸 「刀に触れるとは無礼な。斬る」
織部 「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
蘭丸、二人に斬りかかる。
織部明神「ちょちょちょちょちょ!」
信長 「やめなさい!」
静止する蘭丸。
腰を抜かした明神と織部。
蘭丸 「よろしいので?」
信長 「下がりなさい」
下がる蘭丸。
織部 「これは」
明神 「え?」
織部 「タイムスリップ?」
明神 「は?」
織部 「もしかして僕たちタイムスリップしたんじゃない?」
明神 「テレビでしょ?」
織部 「ドッキリカメラが本物の刀を使うわけないでしょ!」
明神 「そうですか?」
織部 「そうだよ。ここは1582年なんだよ」
明神 「何言ってんですか」
織部 「だから1582年なんだよ。戦国時代なの!」
明神 「戦国時代?ここが?」
織部 「僕だって信じられませんよ。でも他に」
信長 「ねえ」
織部 「はいっ」
信長 「あなたたちどうしてそんな格好をしてるの?」
織部 「どうしてと言われましても」
忠興 「この者たちはキリシタンであります」
信長 「キリシタン?」
明神 「紳士服のアオキです」
信長 「アオキ?」
織部 「やめて明神くん」
忠興 「この者たちはキリシタン故、バテレンの格好をしているのかと」
信長 「キリシタンねえ」
忠興 「キリシタンは慈悲深き者が多いと聞きます。この者たちもまた慈悲深き教えに想いを委ねているキリシタンなのです。何卒命ばかりは」
織部 「いい人だ」
光秀 「この者どもはキリシタンである前に我らの敵だ」
忠興 「しかし」
秀吉 「敵は敵だろう。さっさと首を刎ねよ」
忠興 「秀吉様」
秀吉 「御屋形様もそれを望んでいる」
信長 「手鎖を外しなさい」
平太 「はっ」
信長 「あなた」
織部 「はい」
信長 「あなたじゃなくてその下品なほう」
明神 「え?俺ですか?」
信長 「そう。何か面白いことをしてみて」
明神 「面白いことですか!」
信長 「面白かったら命は救ってあげるわ」
織部 「本当ですか」
光秀 「しかしこの者たちは武田の残党。生かしておく道理はございません」
織部 「いやいやいやいや」
信長 「いいじゃない。殺すのはいつだってできるでしょ」
光秀 「まあそうですが」
秀吉 「明智殿、殺すことはいつでもできます。ねえ御屋形様?」
信長 「ただし面白くなかったらこの場で首を刎ねましょう」
織部 「首?それって彼がつまらなかったら僕も殺されるってことですか」
信長 「そうよ」
織部 「いやいやいやいや」
信長 「始め」
織部 「ちょっとお待ちください」
信長 「蘭丸」
蘭丸 「は」
信長 「今すぐ二人の首を・・・」
織部 「わかりましたわかりました。明神くん頼むよ」
明神 「任せてください」
織部 「頼むからちゃんと考えてよ」
明神 「面白いこと面白いこと・・・はい考えました」
織部 「本当に大丈夫だろうね。命かかってるんだからね」
明神 「任せてください」
織部 「ホント?」
明神 「鉄板です」
織部 「明神くん頑張れ!」
明神、面白いことをする。
一同、絶句する。
信長 「・・・」
織部 「明神くん・・・」
秀満 「つ、つまらん」
明神 「あれ?」
織部 「あれ?って・・・違うんですこれは違うんです」
光秀 「決まりだな、では」
忠興 「からの」
光秀 「からの?」
信長 「からの、であるか」
光秀 「・・・」
忠興 「からの」
織部 「よし行け明神くん!」
明神 「でももう自信作ないですよ」
織部 「いいから!とにかく何かやんなさい」
明神 「分かりました」
織部 「神様仏様お願いします」
明神面白いことをする。滑る。
明神 「あれ?」
忠興 「あああ・・・」
光秀 「蘭丸」
蘭丸立ち上がり織部たちのほうへ。
平太、織部と明神を捕らえる。
織部 「あの違うんです、これは違うんです。ほら次!次!」
明神 「もう無理ですって」
突然信長が爆笑しはじめる。
信長 「ウケるー」
秀吉 「御屋形様?」
忠興 「わははははははー」
信長 「ぎゃはははははははは」
秀吉 「ぎゃはははははははは」
織部 「え?」
明神 「織部さん」
織部 「明神くん」
信長 「ああおなか痛い」
光秀 「御屋形様・・・」
信長 「大したものだ。ねえサル」
秀吉 「はい」
信長 「この者の脳みそはどうなってんの?どんぐりでも入ってるみたい」
織部 「どんぐり?」
明神 「はい。どんぐりです」
信長 「どんぐりは私が預かることにする」
光秀 「しかしこの者は武田の残党ですぞ」
信長 「いいのよ。もう戦は終わったんだから」
秀吉 「そうだよ。戦は終わったんだよ」
信長 「私はどんぐりが気に入ったの」
明神 「え?私のことが気に入ったので?」
信長 「ええ」
明神 「でも僕、オネエはちょっと」
蘭丸 「どういう意味だ」
織部 「死ぬよりマシだろ。そこらへんは自分と相談してさ」
明神 「いやでも」
織部 「とにかくこのピンチを抜けられるんだから」
明神 「もし夜に何かあったら織部さんにも同席してもらいますからね」
織部 「こんな危ない人たちと一緒にいるほうがまずいでしょ」
明神 「織部さん」
織部 「まずはここを切り抜けなくちゃ」
明神 「もう」
信長 「来なさい」
織部 「はいっ」
二人、信長に近づいて。
織部 「ありがとうございました」
明神 「ありがとうございました」
信長 「あ、こっちは要らない」
織部 「え?」
信長 「どんぐりだけでいい」
明神 「俺だけですか?」
信長 「サル、光秀、今日はもうよいぞ」
秀吉 「御屋形様」
信長 「なにサル」
秀吉 「武田勝頼は私の手で討ち取りとうございました」
信長 「サル、あんたは手柄が欲しいだけでしょう。私は武田家を滅ぼせたらそれでいいの。それが誰の手柄でも構わないの」
秀吉 「しかし」
信長 「くだらないこと言わないでくれる?ねえ光秀」
光秀 「某は織田家の繁栄を願うのみにございます」
秀吉 「それは私も同じでございますが、某はただ」
信長 「あんたは毛利と長曾我部をさっさと征伐しなさい。どんだけ時間が掛かってるのよ」
秀吉 「されど毛利輝元は想像以上に策士でございまして」
信長 「言い訳?」
秀吉 「いえ」
織部 「明神くん、僕らがタイムスリップしたことは絶対に言っちゃダメだからね」
明神 「何でですか」
織部 「歴史が変わっちゃうかも知れないでしょ」
明神 「だから?」
織部 「僕らが生まれて来なくなっちゃうかもしれないんですよ」
明神 「もう生まれてますよ」
織部 「だから歴史が変わったら生まれて来ないかもしれないでしょ。歴史が変わったら僕ら消えちゃうかもしれないんです」
明神 「何言ってるんですか?」
織部 「バカ!」
明神 「バカって言わないで下さいよ」
織部 「だからね・・・」
信長 「どんぐり」
織部 「はい!」
信長 「蘭丸についてらっしゃい」
織部 「はい。さあ行きましょう」
信長奥へ入って行く。
織部がついて行こうとすると蘭丸が止める。
織部 「何か?」
蘭丸 「御屋形様はお前をご所望ではない」
織部 「お願いします。明神くんだけじゃ危ないんです」
蘭丸 「ダメだ」
織部 「何でもします。何でもしますから」
蘭丸 「(無視して)どんぐり来ないのか」
明神 「行きます行きます」
織部 「おい明神くん」
明神 「織部さんお達者で」
蘭丸と奥へ行く明神。
織部 「明神くーん!」
秀吉 「・・・」
久作 「・・・」
光秀 「秀吉殿」
秀吉 「光秀殿、お主はよいな。御屋形様に覚えが目出度い」
光秀 「そんなことはない」
秀吉 「俺は所詮百姓の出、お前とは違う」
光秀 「秀吉殿・・・」
秀吉 「いくぞ久作」
久作 「はっ」
去っていく秀吉と久作。
残された光秀、秀満、忠興、平太、そして織部。
秀満 「さて」
織部 「(注目されてる)」
秀満 「この者いかがしましょう」
光秀 「本来なら首を刎ねて然るべきなのだが、御屋形様がああ言っているからな」
忠興 「戦は終わったと」
秀満 「しかし生かしておいてもいいことはありませぬ」
織部 「ありますありますいいことあります」
秀満 「黙れ」
織部 「はい」
忠興 「・・・義父上」
光秀 「なんだ」
忠興 「どうでしょう。この私の足軽に預けては?」
平太 「は?俺ですか?」
忠興 「そうだ。私の目の届くところにおいておくのが安心かと」
光秀 「ふむ」
忠興 「何かありましたらすぐにお知らせいたします故」
光秀 「いいだろう。お前名をなんと申す?」
平太 「平太です」
光秀 「平太?」
平太 「はい」
光秀 「平太、この者、お前に預ける」
平太 「はい」
忠興 「行け」
織部 「あの、僕どこに連れて行かれるんですか?」
平太 「ほら行くぞ」
連れて行かれる織部。
織部 「ちょちょちょっと待って。ちょっと待ってくださいよ。ちょっとったら」
暗転。
<4>に続く
ここから先は
公演台本「稚拙で猥雑な本能寺の変」
舞台台本です。最重要部分以外は無料で読めます。 (初演:2016年11月) 天正10年6月2日早朝。戦国の流れを一変させた「本能寺の変」…
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