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「稚拙で猥雑な本能寺の変」8

●第4幕
○シーン8 光秀の屋敷・前

 平太、一人待っている。
 そこへ戻ってくる光秀、秀満、忠興、織部。

平太  「お帰りなさいませ」
忠興  「待たせたな平太」
平太  「とんでもないです」
忠興  「織部様、ありがとうございました」
織部  「はい。生きててよかったです」
忠興  「では、お帰りいただいて結構です」
織部  「帰るってどこにです?」
忠興  「平太のところに決まってるではないですか」
織部  「そうですよね・・・」
平太  「では行こうか」
秀満  「光秀様」
光秀  「なんだ」
秀満  「御屋形様のことでお話が」
光秀  「うん」
秀満  「毛利・長曾我部征伐が終わり御屋形様がこの国を統一したとき、本当にこの国に平和が訪れるのですよね」
光秀  「天下布武。御屋形様はそのためにこれまで戦ってこられた」
織部  「信長さんは平和のために国を治めようとしてたんですか」
光秀  「はい。御屋形様は民の幸せために生きているような人です」
織部  「いい人なんだ。てっきり私利私欲のためにやってるのかと思ってました」
平太  「御屋形様はエライお方なんだ」
秀満  「しかし」
光秀  「・・・あのことか」
秀満  「はい」
織部  「あの、何か問題でも?」
秀満  「平和が訪れる日ははるか遠い先になるかもしれないのです」
織部  「え?」
秀満  「御屋形様が神になると言っていたでしょう」
織部  「ああ」
光秀  「御屋形様は世界を征服しようとしているのかもしれない」
織部  「世界を?」
秀満  「朝鮮、明国・・・その先は天竺、エウロパ」
織部  「世界征服するって・・・そんなの何十年でできる話じゃないですよ」
光秀  「そうですな」
織部  「平和のために全国を統一してるんですよね」
平太  「忠興様」
忠興  「なんだ?」
平太  「俺、こないだの戦でもう戦わなくていいって聞いたんですけど・・・また戦があるってことですか?」
忠興  「そういうことではない」
平太  「でも」
忠興  「お前には関係ない話だ」
平太  「忠興様、俺、里の連中が安心して暮らせるようになるって言うから、光秀様のご命令通りに必死で戦って来たんです。妹たちにメシの心配をさせなくて済むようになるからって」
織部  「平太さん」
平太  「忠興様、それって間違いだったんですか?俺はまた戦場に出ていかなくちゃならないんですか」
忠興  「間違いではない」
平太  「また妹たちに我慢させなくちゃならないんですか」
忠興  「黙っておれ」
平太  「すいません」
光秀  「平太、妹がいると申したな」
平太  「へえ、俺と違って二人とも出来がいいんです。一人は血は繋がってないんですけど俺にとっては二人とも大事な妹です」
光秀  「そうか」
平太  「俺、妹たちに迷惑ばっかり掛けてて、これからは一緒にいてやりたいんです。光秀様、なんとか戦をしなくて済むようにしていただけませんか」
織部  「そうですよ。平太さんみたいな人たちの幸せを考えてくださいよ」
光秀  「平太いいか、これは他言無用だ」
平太  「へえ」
光秀  「しずは私の娘だ」
織部  「え?しずちゃんって平太さんとこのしずちゃんのことですか」
光秀  「そうだ」
平太  「何を言ってるんですか?」
光秀  「しずの母はしずを産んですぐに死んだ」
平太  「・・・」
光秀  「その頃はそこら中で戦があってな。私はしずを秀満に託したのだ」
織部  「捨てたってことですか」
光秀  「そうだ」
平太  「しずが光秀様のお子?冗談ですよね」
光秀  「まことの話だ」
平太  「え?でもいやまさか」
秀満  「平太、信じられないだろうがこれは本当の話なのだ」
平太  「・・・はい」
織部  「光秀さん、しずちゃんとは時々会ったりしてるんですか?」
光秀  「・・・」
秀満  「会うはずないだろう」
織部  「会ってない?自分の娘なのに?」
秀満  「今生の別れをしたのだ」
織部  「でも会いたいんでしょ?」
光秀  「会う必要はない」
織部  「必要かどうかなんて聞いてないです。会いたいか会いたくないか、どうなんですか?」
光秀  「知らぬ」
織部  「知らぬって、会いたくないはずがないでしょう。会いたいですよね」
光秀  「・・・」
織部  「光秀さん!」
光秀  「お前に何が分かる」
織部  「分かりますよ。僕も親ですから」
光秀  「・・・」
織部  「僕にも娘がいるんです。明日香って名前なんですけど。離婚しちゃったんでなかなか会えないんですけどね。娘に会いたくない父親なんていないと思いますけど」
光秀  「しずが生きていてくれていればそれでよい」
織部  「そんなの無責任じゃないですか」
光秀  「無責任?」
織部  「あなたしずちゃんの父親でしょう?しずちゃんに幸せになってほしいと思わないんですか」
光秀  「・・・」
織部  「しずちゃん必死で生きてますよ。食べるものがなくても泣き言ひとつ言わずにたねちゃんのお姉ちゃんとして頑張ってます」
平太  「織部さん」
織部  「どうしてしずちゃんに会ってあげないんですか?」
光秀  「黙れ!」
織部  「すいません・・・あの」
秀満  「黙れと云われただろう」
織部  「はい・・・あの・・・」
秀満  「織部様」
織部  「平太さんが『もう戦に行かなくていい』って言ったとき、しずちゃんものすごく喜んでました」
忠興  「そうでしょうな」
光秀  「・・・」
織部  「みんな平和のために我慢してるんじゃないんですか?みんな平和が来ることを信じてるから、そのために我慢してるんじゃないんですか?光秀さんだってそのためにしずちゃんを泣く泣く捨てたんじゃないんですか・・・でも世界征服のために戦ってたら何十年経ったって平和になんてならないじゃないですか。もし戦がずっと続くなんてことになったらしずちゃんも、里の人たちもみんなもっともっと苦しむことになるんじゃないですか?」
光秀  「・・・」
織部  「信長さんに言ってください。世界征服なんてやめるように」
光秀  「私は御屋形様の家臣だ。御屋形様の言葉に背くようなマネはできない」
織部  「光秀さんは信長さんの部下ですよね。会社が良くなるために部下が上司に意見を言わなくてどうするんですか」
光秀  「会社?」
忠興  「何を言っておる」
織部  「ああ、御家のことです」
光秀  「諫言か。そんなことができるものはおらぬ」
織部  「何でできないんですか?世界征服のためにみんなが辛い思いをするなんておかしいです」
秀満  「御屋形様にお聞き入れいただけなかったら御家断絶となる」
織部  「御家断絶」
秀満  「殿や私は勿論のこと、親も妻も子供も親戚も、殿のせいで皆殺しにされるんだぞ」
織部  「み、皆殺し?」
秀満  「お前は殿にそんな責任を負わせようというのか」
織部  「いえ・・・すいません」
光秀  「織部殿、しずのために私に御諫言いただいたことは有り難いと思っている」
織部  「いえ・・・」
忠興  「里に戻るぞ。平太」
平太  「はい」

 忠興、平太、織部、里の方へ戻っていく。
 光秀、秀満は逆方向へ去る。

<9>に続く


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