ゴジラ -1.0 生き残る罪悪感
特撮ものやキラキラファンタジーものにはあまり触手が動かない質なので、この映画についても当然触手は動かないままでした。そんなゴジラ。
とはいうものの、公開時にやけに評判が良かったというのは覚えていたもんですから、アマプラで観られるというので見てみました。
まさかの太平洋戦争・・・。神木隆之介が特攻隊。敗戦国・日本の廃墟の中に安藤サクラ。戦後、戦地で生き残ってしまった人たちの心中が描かれ、お国のためではなく、自分自身のため戦わなくてはならない相手=ゴジラ。
この映画はゴジラをモチーフとした人間ドラマなんですね。
アメリカの統治下にあって、謎の巨大生物・ゴジラが日本近海に出てきたからっておいそれと日本に兵力をつぎ込むことはないアメリカ。そんな弱体しきった日本は、何故かゴジラは自分の縄張りだと思うようになるという悲劇。
東京に戻った敷島(神木隆之介)が自宅のあった場所に行くと、そこは東京大空襲で瓦礫の山になっていて、両親も既に他界していた。隣人の太田さん(安藤サクラ)も家族を失った生き残りだ。
ある日、敷島は闇市で突然赤ん坊を抱かされてしまう。そしてその赤ん坊を放っておけない心根の優しさ。そして赤ん坊を抱かせて一旦は逃げた女・典子(浜辺美波)も、赤ん坊とは他人だった。なし崩し的に始まった他人3人の暮らし。みんな孤独の生き残り。当時はそんなこともあったのだろうな、と納得しちゃった。
特攻隊の本願を果たせず生き残ってしまった敷島は、自分が生き残っていることに罪の意識を感じてしまっていた。戦時中にゴジラに出くわし、虫けらのようにゴジラに殺された戦友たち、家族を想うと心の傷が癒されることはなかった。そしてそれは典子と赤ん坊と暮らす「新しい生活」に幸せを感じるほどに募っていく。
そんなときゴジラが東京湾から銀座を襲撃。そこで典子が犠牲になってしまい、敷島はまたも大切な人を喪失する。まあ、特撮には興味がないとか言ってますけど、この映像すごかった。ゴジラのリアリティがすごいんですね。好き嫌い言ってらんねーなと思ったりも。
そこから、クライマックスへと向かっていくのですが、敷島の中にある「終わらない戦争」は、ゴジラと対峙することで終わらせることができるのか。最後はあえて端折りました。
これまでのゴジラと圧倒的に違うのは(あんまり見てないけど)ゴジラというのは「何か」を描いているような気がしたのです。初期作品の中にゴジラが「ビキニ諸島の核実験の果てに生まれた生物」という設定があったかと思うのだが、劇中「熱線」と言われる青白い炎は放射能であり、核爆弾であることがわかる。
戦後間もない時期に銀座で放射能が検出されたからといっても、東日本大震災のような避難はしないというね。甘い設定なのか、あえてなのか、よく知らないけど、そうかもしれないと思いながら見てました。
テーマは「戦争が残した傷痕」みたいなものでしょうか。ベトナム戦争から戻った米兵たちが、その後の生活で苦しみ続けていると聞きますが、それと同じような現象が日本にだってあっただろうし、そう考えるのが普通だろう。「戦争」は勝っても負けても戦場で気が狂った経験を持つという意味では決して犯してはならない罪だとこの映画は語っているように思う。
戦争の内面的な罪について語られたこの映画は、人間の在り方や、政治の身勝手さ、そしてその中にあっても市中の人々は懸命に生きようとし続けるというメッセージが込められているように思う。
でも、やっぱり最近のVFXってすごいんですね。オジサンびっくりしちゃいました。そして典子の生命力の強さにもビックリでした。