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フォントのことを考えるのは楽しい
フォントが好きです。書体ともいいますね。
始まりは30年ほど前にロンドンの大学に留学していたころ。経済学部の学生だったのですが、提出するための論文を常に何本も抱えていました。当時はまだ手書きの学生も多くいましたが、文書の保存や修正、編集のしやすさからパソコンを使い始めました。
ある日、出張でイギリスを訪問中の父親が私の論文を読んで、ひとこと。
「フォントはアライアルがいいぞ。」
えっ、そこ? 論文の内容じゃなくて、フォント?
父親に言われるまでは、文書ソフトのデフォルト書体であるタイムズ ニュー ローマン(Times New Roman)を何も考えずに使っていました。文字の書き始めや書き終わりに付けるセリフというひげ飾り(習字のハネのようなもの)がついた、少し堅い印象のフォントです。
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そこで試しにアライアル(Arial)を使ってみると、あら不思議。なんだか文章がすっきりと垢抜けた感じに見えました。
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何より、セリフ(髭飾り)がないほうが読みやすい。それ以来アライアルがお気に入りになり、仕事でも状況が許す限り、このフォントを選ぶようになりました。
イギリス人上司とフォント
社会人2年目、日系企業で働いていたときに、香港駐在の機会に恵まれました。その時の上司はイギリス人で、20人ほどの多国籍チームに配属されました。ある日、上司がチームに通達しました。
「みんな好き勝手なフォントを使ってるけど、チーム内文書のトーンを統一する。標準フォントはTimes New Roman、フォントサイズは10.5。これをチームの標準とする。」
へー、さすが大英帝国。多くの植民地を統制してきただけあって、まずは文書の標準化からチームの一体感を醸成するのかと感心しました。
米系マーケティング企業のフォント
数年して典型的なアメリカの大企業の日本支社に転職しました。ここでは、日本人の美しくて優しい女性の上司が「今日のフォントは気分的にコミックサンズ(Comic Sans)にしようかな。」なんて言いながら、手書き風のポップな書体にパステルカラーのやわらかな色彩のプレゼン資料を作っていました。
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統制の取れたイギリス流に慣れていた私は、最初びっくり。でも、アメリカらしくてカジュアルで自由な感じがして新鮮でした。
そう思っていたのも束の間、しばらくしてアメリカ本社から通達がありました。
「日本支社の資料はトーン&マナーがバラバラで統一感がない。今後、社内資料は当社のデザインチームが開発した専用フォントを使うこと。パワポのテンプレートを配布するので、フォント、フォントサイズ、スライドの背景もすべて全世界で標準化する。」
やっぱりそうだよな。世界有数のマーケティング会社なんだから、カッコよく洗練されたフォントを用意してくれないと。それからしばらくの間、仕事で資料を作るのが楽しく、誇らしく感じたことを今でも覚えています。
ラグジュアリーブランドのフォント
プライベートでも、街を歩いていてフォントを観察するのが楽しいです。学生時代をロンドンで過ごしたこともあり、特にヨーロッパのラグジュアリーブランドのフォントに魅せられます。例えばルイ ヴィトンのロゴ。よく見ると文字と文字の間隔が広めに設定されています。
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以前の私は「もっと詰めたほうがスペースも節約できるし、間延びしないのに」と思っていました。会社で業務の効率化ばかり追い求められていたこともあり、文字の間隔が無駄に感じたのでしょう。
その後、しばらくして『フォントのふしぎ』という本を読んで考えが変わりました。
文字と文字の間隔のゆったりとしたスペースこそが、ラグジュアリーな王道感を生み出すと。
おーっ、確かに! 言われてみると、どっしりとした落ち着きを感じます。
以来、ブランドロゴの文字間隔をチェックするのが習慣になりました。例えば、ブルガリのロゴも、ゆったりとした文字間のスペースが高級宝石商らしい、ラグジュアリー感を醸し出していますよね。
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一方で、ドルチェ&ガッバーナのロゴは、ルイ ヴィトンのロゴと同じくフツラ(Futura)というフォントを使っていながら、文字間隔がよりタイト。そのため、躍動感や若さが表現されているそうです。確かに落ち着いたヴィトンのロゴに比べると活発な感じがします。
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同じフォントでも、文字間隔の使い方ひとつで、ブランドの印象が大きく変わる。10年前にこの本を読んだとき、新たな発見ができてとても嬉しかったことを覚えています。
お気に入りのフォント
個人的に好きなフォントは、ショコラティエ、ピエール マルコリーニのひと昔前のロゴに使われているもの。サッカーズ ゴシック(Sackers Gothic)というフォントだそうです。
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このブランドのセリフ(髭飾り)のないすっきりとしたロゴが大好きです。頭文字の大きさのバランスも絶妙な感じ。もともと銅板印刷をすることを前提にデザインされたフォントだそうで、ロゴと合わせて表現されるカカオの実のイラストとその影も、銅板に彫られたように繊細で見入ってしまいます。
セリフ(髭飾り)のないフォントが好きではあるものの、例外的に心惹かれたセリフのあるフォントがあります。ディオールのロゴです。ニコラ コシャン(Nicolas Cochin)というフォントで頭文字だけ大文字で書かれたロゴはなんとも言えず艶やか。なぜ艶やかなの? 理由は自分でもよくわかりません。
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でも、全部大文字のロゴはあまり惹かれません。なぜなんでしょうね。
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「Dior」は大文字と小文字のバランスも含めて自分好みのタイポグラフィなのでしょう。
さいごに
いかがでしたでしょうか。私のフォント愛が伝わったでしょうか。
学生時代に、父親にアライアル(Arial)をすすめられたことをきっかけに、セリフ(髭飾り)のないモダンな書体を好むようになったせいか、今でもクラシックなセリフのある書体にはあまり惹かれません。このことから、思春期に受けた影響は生涯を通じて人を感化するものだなと思います。
また、仕事を通じて、フォントがアメリカのマーケティングやヨーロッパのラグジュアリーブランドの価値を高める要素になっていることも勉強できた気がします。
これからも街中のブランドロゴを眺めながら、そのデザインの意味を空想しながら楽しみたいと思います。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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