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「デザイン思考はおわった」って本当? あらためて考えたい、その“本質”と未来

昨年あたりから、SNSや各種メディアで「デザイン思考はもうおわった」という声を見かける機会が増えました。たしかに、自分の経験からしても、形だけの導入にとどまっているプロジェクトを目にしたり、運用面の課題を感じる場面は少なくありません。

しかし一方で、デザイン思考の本質はビジネスにおけるデザインの核心であり、うまく取り入れることでプロセスの効率化や品質向上、スピードアップにつながる可能性は大きいと考えています。
実際、自分の担当するプロジェクトでも、デザイン思考の概念をベースにしたプロセスを採用しており、一定の成果を出すことができています。

今回は、「本当にデザイン思考はおわったのか?」という問いと向き合い、自分の考えと世間の見解とのギャップを探りつつ、デザイン思考の「本質」と「今後の方向性」を考察してみたいと思います。


デザイン思考の本質ー「整合」「共創」「考えるためにつくる」

ここでは、自分がデザイン思考の本質と考えている3つのポイントについてお話ししたいと思います。いずれも、ビジネスやプロジェクトを進めるうえで重要なエッセンスであり、実務の現場において欠かせない視点だと考えています。

1. 整合

デザイン思考を商業的に広めたデザインコンサルティングファーム「IDEO」の代表だったティム・ブラウンは、デザイン思考を次のように定義しています。

「人間を中心に考えたデザインに基づき、デザイナー的な感性と手法を用いて、人々のニーズと技術や経済(ビジネス)を整合することで、革新的なものを創り上げる思考法」

Tim Brown: Designers --think big! | TED  Talk

ここで特に注目したいのが、「ニーズ(ユーザ観点)」「実現性(技術・コスト観点)」「事業性(ビジネス観点)」という3つの要素を重ね合わせる部分です。たとえユーザーにとって素晴らしい体験を提供できても、技術的に実装不能なら形にできませんし、ビジネスとして成立しなければ継続もできません。

自分としては、この3つを矛盾なく組み合わせる作業こそが、ビジネスにおけるデザインの核心だと考えています。イノベーションを起こすにも、サービス/UXデザインを成立させるにも、この“整合”は不可欠です。たとえ「デザイン思考はおわった」としても、その重要性が揺らぐことはないと思います。

2. 共創

デザインの領域は、単なるモノづくりやUI/UXにとどまらず、サービス全体や社会課題、さらに組織改革にまで及ぶようになりました。デザイナーやコンサルタントだけの力で完結させるのは難しく、課題当事者やステークホルダーとの協働(共創)が欠かせないのは必然だと思います。

  • ユーザー・顧客の視点

  • エンジニアや開発者の技術的知見

  • ビジネス責任者の戦略や収益モデル

これら多角的な視点を統合するためには、当事者同士が積極的に関わり合い、アイデアをぶつけ合う「共創」の姿勢が不可欠です。デザイン思考はそのプロセス全体を通して、ユーザーやステークホルダーとの協働を促し、本質的な課題を見極めながら柔軟に解決策を導くことを重視しています。

3. 考えるためにつくる

デザイン思考では、「考えるためにつくる」 というアプローチが重視されています。これは、単に完成品を目指して試作品を作るのではなく、手を動かす過程そのものが、新たな発想・問題点の発見、そしてコミュニケーションの促進につながるという考え方です。

たとえば、抽象的なアイデアをラフにプロトタイプしてみると、チーム内の認識のズレが浮き彫りになったり、意外なアイデアが飛び出したりと、大きな学びを得られます。ステークホルダーからのフィードバックも得やすくなるため、そこからのクイックな試行錯誤によって、アイデアのブラッシュアップとフィードバックの取り込みを効率的に進めることが可能です。

作りながら考えることは、現代のビジネススピードに適したデザインプロセスを実現し、クオリティや効率を高めるうえで、非常に重要だと思います。


成果があがらない3つの理由

ではなぜ、「デザイン思考は結局微妙だった」「大した成果が出なかった」という声が一定数あるのでしょうか。自分の経験や周囲から聞こえてくる意見を踏まえると、大きく以下の3点が主な原因ではないかと考えています。

1. 問いの設定がうまくいっていない

デザイン思考は課題解決フレームワークとして紹介されることが多いですが、その成否を大きく左右するのが「解決すべき課題」つまり「問い(Question)」の質です。
取り組む課題(HMW)があまりにありきたりだったり、ピントがずれていたりすると、どれだけプロセスを回しても“つまらない成果”に落ち着いてしまいます。
最初の一歩(問いの設定) が極めて重要にもかかわらず、問いのクオリティを高めるための工夫や時間が十分に確保されていないケースは少なくありません。

2. 飛躍的発想を生むマインドセットの不足

優れたデザインには、ときに論理的積み上げとは別のデザイナー・アーティスト的感性が欠かせません。しかしビジネスの現場では、論理やエビデンスの正確さが重視されることが多いため、直感や感性によるアウトプットが生まれにくく、また軽視されがちです。
こうした感性をいかすには、論理的手順だけでなく、直感や感性を磨くためのマインドセットや場づくりが必要です。それらが不足していると、「デザイン思考を導入したはずなのに、結局は常識的なアイデアしか出ない」という状況に陥りやすくなります。

3. 非線形プロセスを許容しきれていない

デザイン思考は「非線形かつ反復的」なプロセスが特徴とされますが、実務ではシーケンシャルに進められてしまうケースが少なくありません。ステップに冗長性がなく、「つくりながら考える」 アプローチが許容されない形で進行すると、「やるべき作業」を順番通りにこなすだけで終わり、イテレーションを通じた学びが得られにくくなってしまいます。
また、デザイン思考はアブダクション(「先にアイデアを思いつき、後から理由づけをする」推論形態)を明示的に掲げているわけではありませんが、優れたデザインを生む際にはそうした飛躍的思考が欠かせない場面も多くあります。
こうした反復的で非線形な進め方を許容できない環境では、いくらステップを踏んでもイノベーティブなアイデアにはつながりにくいです。

以上のように、問いの質・飛躍的発想・非線形プロセスなどが十分に機能していないことが、デザイン思考による成果がでないという評価を生む主な要因ではないかと考えられます。


「デザイン思考はおわった」の背景にあるもの

こうした課題を踏まえると、「デザイン思考は結局役に立たなかった」と感じる人が一定数いるのも理解できます。
批判的な意見の中には、表面的なワークショップの流行だけを見て「もう廃れた」と断じるものもあれば、逆にデザイン思考を深く理解し、次の段階(システム思考やアート思考との組み合わせなど)を模索しているからこそ、「従来の枠組みはおわった」と語るものもあるようです。
いずれにしても、デザイン思考の土台自体が価値を失ったわけではないというのが自分の考えです。「整合」「共創」「考えるためにつくる」という要素は、これからもクリエイティブなアプローチを支える基本的な概念であり続けると思います。


いま必要とされる「デザイン思考のアップデート」

昨年から始まった「デザイン思考おわった論」は、デザイン思考そのものの価値を否定するというより、そのままの形では限界があるという問題提起と捉えられるかもしれません。では、どうすればアップデートできるのでしょうか?

1. 問いを立てる力(問いの質)の強化

ユーザーリサーチに加え、参加者自身の直感や感性によって「課題」をリフレーミングするワークの設定。意外な切り口や潜在的な課題を捉えやすくなり、革新的な課題解決に近づくことができます。

2. 飛躍的発想を生むマインドセットのインストールとトレーニング

アート思考のワークショップによる発想のトレーニングをプロジェクト前に実施。発想の筋力をあげ、より革新的なアイデアを育む余白を作ることができます。

3. 振り子の思考

個人ワークで発想を深めたあと、チームでシェアし合いフィードバックを得るという流れを繰り返す、振り子型の思考プロセスをワークに組み込み。声の大きい人の意見だけが通るリスクを減らし、すべてのアイデアが育つ余地が生まれます。

3. 真の非線形なプロセス

1週目は共感、2週目は発散… といった進め方を固定化せず、スプリントの途中でも即興的な試作やユーザーテストを許容できるようスケジューリングを設計。本来の意味で「考えるためにつくる」が実践しやすくなり、気づきやアイデアの飛躍が生まれやすくなり、最終的なアウトプットの質も高まります。


まとめ: デザイン思考は終わりではなく、次のフェーズへ

昨年から盛り上がった「デザイン思考おわった論」は、むしろデザイン思考が一度広く浸透したからこそ生じた反動や課題指摘だと、自分としては捉えたいと思います。

  • 土台となる「整合」「共創」「考えるためにつくる」という考え方は、ビジネスにおけるデザインでは不可欠な視点であることは変わりません。

  • だからこそ、ただ「終わった」と片づけるのではなく、問いを立てる力の強化飛躍的発想振り子の思考真の非線形プロセスなどを取り込んでアップデートしていくことが重要だと考えます。

「おわった」と言われてから一年が経った今こそ、改めてデザイン思考の本質を見直し、より業務にフィットした実装へとつなげるよい機会だと思います。新しいアプローチや他の思考法との掛け合わせを進めることで、デザイン思考はビジネスにおけるデザインの根本的なマインドセットとして生き続けるものだと思います。


さいごに

本記事では「デザイン思考はおわった」という意見と向き合いつつ、その本質やアップデートの可能性についてまとめてみました。
皆さんのプロジェクトや組織でも「デザイン思考」に対するさまざまな見方や課題感があると思います。ぜひ、コメントなどで体験談やご意見をお聞かせいただけると嬉しいです!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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