喘息の少年の世界

夕暮れの、三叉路の先に絵画教室が聳えていて、残光のような少年の姉が、感受性ってこの血管のことだと思うよ、と言いながら静脈の、蒼白さを反射させてみせた。少年は、理想の耽美派を間近にして、回想の中で川遊びの主語を省いていく。絵日記の宿題に、頓服薬の紙袋を描かなければならなかった記憶。少年の、喘息の喉と、まだ柔らかい耳の骨。絵筆は少年の鞄のなかで、孤独な森林であり続けた。そして瑞々しい木々は裸足で歩き、植物は美しい順に、自分が誰の子どもなのだろう、とあらゆる挿絵のなかでも戸惑っていた。水鳥がその背後で、二つ目の身体を剥がしながら、送り仮名を残して、愚かに飛んで。それらについてローマ字はとても純粋に、絵日記帳の余白を埋めていくことがあった。

 

抗生物質のなかには、次女のような風がいて時折、骨の小さな指でする空気の抜けた指笛が、図書室にまで吹き抜けるような気配があった。新鮮な午後の、その途中が迫り続けると少年は、発作の数だけ、将来の恋人に嘘をついてもいい。そんな、架空契約。こみあげる借り物ではなく、ちいさく挨拶を交わすための正直な喉をもとめた。偶数番の病棟を好んでいたのは、病室の窓から、新たな童話がうまれそうな陽射しを感じられるから。いつか少年は、想像の世界だけに存在する沼の名前が決まったら、もう鉤括弧のいらない一人称の精神を書こうときめた。そして愛しい人の高山病を水彩絵具で描いてみたい。残酷さをあわせもつと少年の、乾ききった発作は、沼底にまで届く理由のない光の行為になる。

 

季節は、頭上にとどまるときも暴力的だった。はじめは幼いころの姉との仮病、その場の限りない工夫のつもりだった。のど飴はきっと前世の味だから、この惑星のすべてを洗い流したくなる。そして穏やかに滅亡した民族のことを考えて少年には、無性にさしたい傘があった。幼児用の、飲み薬。今でも靴紐、結べるだろうか。姉は新しい手袋を見てもらいたくて、部屋の中でもずっとはずさなかった過去がある。そうしてできた深淵な色のあせもをまだ、手首に残しながら教室で、挙手するとうまれてくる通り雨に似た、鼓動について少年に話した。十月の多数決。それは道案内のための地図を書くような不安。だから少年は、秋風の微熱に映写技士を立たせて町中、行き交う姉の横顔をスクリーンに映したい。そのとき投射される光の筋に浮かぶほこりは、特別にさびしいだろうか。



保存用として、現在、小冊子をつくっているところです。
上記の作品も掲載予定です。創作過程も、全て公開していきます。


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