【仕事の記憶】(10)Nの衝撃

の続き。

iモード端末が現れる

それまでもダイヤルアップ接続をエミュレーションしたデータ通信は可能だった。ただ、あくまで”ダイヤルアップ接続”である、接続にはATコマンドによる通話開始・データ通信手順が必要。
通信をしていなくても時間により課金される。通話料はそれなりに高いので、とても携帯電話でネット接続など考えられなかった。

ドコモが基礎研究・開発したのであろう。ARIB STD-27がデータ(パケット)通信を強化したものに改定され、規格に準拠したiモード端末が登場する。

Webページ閲覧(ただしコンパクトhtmlで書かれた簡易ページに限る)やEメール送受信が可能になった。なお、移動局は直接Webに接続していない。事業者が持つゲートウェイを介してアクセスしている。
料金はデータ通信料(パケット数)に応じた従量課金となる。
通信料請求に「パケット」というTCP/IPぐらいでしか使わない言葉が突然出てきて、一般人が一体何に課金されているのか?さっぱり分からないのではないか。と無駄な心配をしたりした。

ドコモは4社の主要端末ベンダを囲い込んでいて、いずれも通信・家電の超大手企業である。
彼らは、ドコモのフラッグシップモデルを先行してリリースする使命があり、規格や事業者標準仕様も優先的に開示されるようだ。iモード端末もこの4社が先行してリリースする。
(そもそも、基礎研究時に主要端末ベンダはドコモと試作などで協力しているし、各社からドコモへ技術者を大量に出向させたりしている)

わが社でも、いつものように各社からリリースしたてのiモード端末を入手し研究にいそしむ。
F・P・Dとそれまでの端末のイメージとさして変わりはない。ブラウザがあるので画面は大きい。それぐらいの印象しかない。

しかし、Nは全く別物だった。

Nさんは、元々アナログの頃から”ジュワッキー”なんて愛称をつけて、クラムシェル(二枚貝)と呼ばれる折り畳み形状の端末をリリースし続けていた。しかし、二枚貝を開くと液晶があまりにも小さく見た目がとても寂しい。かっちり四角で、モトローラのスタータックのようにシャープなデザインでカッコよい感じもない。
ドコモ系のベンダの中でもストレートのP・フリップのDの後塵を拝していて販売台数もさほど多くない。新電電系の自社もライバルと見ていなかった。
Nさん・Fさんは、端末メーカーというよりは、基地局・交換局などのインフラ側の通信システムベンダのイメージだったのだ。

iモードの端末はブラウザのためとにかく画面が大きい。
ストレート形状だと頭でっかちになってしまいボタン部分とのバランスが悪い。フリップ形状は売りのコンパクトさが無くなる。
クラムシェル形状であれば片側全体を液晶画面にできてパランスも悪くならない、キーも大きく操作が窮屈にならない。畳めばコンパクトになる。良いことずくめなのだ。

筐体形状がNさん有利になったのは確かだが、驚いたのはそこではない。
ユーザーインターフェースが他と全く違ったのである。
(Nさん端末はお世辞にも売れているとは言えなかったので、ほとんど触ったことが無かった。その前から良くできたユーザーインターフェースだったのかも?と今は思ったりする。)

開発者の一人でありながら、自分は携帯電話の操作が苦手だった。
機能呼び出しのショートカットも覚えられないし、画面遷移がよくわからず操作手順のどこにいるのか分からなくなり迷子になってしまう。
小さな画面・少ないキーでメニューやリストを移動させ、文字を入力するのも面倒でしかない。

Nさんiモード端末だと操作アレルギー(面倒くさい病)が出てこない。
画面デザインは統一感があるし、画面遷移や通知ダイアログが分かりやすい。大画面の表現力を十分に活用できている。インフォメーションやエラー時、ダイアログがメイン画面に重なるようになっている。
それまでの携帯電話のユーザーインターフェースを継承し発展させたのではなく、PCやPDAのユーザーインターフェース・デザインを携帯電話に持ち込んでいるように見える。
画面の印象や操作感はいままでの扱ってきた携帯電話とは全く違うものだった。

これは凄いと感嘆せずにいられなかった。

自社の今後に不安を覚える

業界は3G規格の標準化の話で盛り上がっている。実現すればiモード端末よりはるかに高機能になるはずである。
もともと電子部品のメーカーのわが社。3Gに向けてNさんのように統一感を持った高度なユーザーインターフェースをデザイン・設計できるだろうか。
Nさんiモード端末を実際に操作して、システム屋の土壌を持つ彼らとの視野の広さ・開発体制の厚みの違いを思い知った気がした。

3G通信規格はとんでもなく高度な技術が必要で開発費用も大きくなると聞く、そもそも論でわが社はその規格の端末を開発することができるのか。
うーん、無理な気がしないでもない。
これはちょっとやばいかもしれん。と心配になってしまう私である。

自分と同じような不安をもったものがいたのか分からないが、その頃、職場では転職エージェントを使った転職者が増加中。
携帯電話開発や品質保証部門の技術者は転職市場でも引く手あまたで、行き先は同業大手や通信事業者、車メーカーなど多岐に渡る。

すでに転職を決めている同僚からエージェントを紹介してもらってしまった。放っておくわけにもいかにないので連絡を取ってみる。
さっそくエージェントから十数件の転職先の候補が送られてくる。おお、大学中退時には思いもよらなかったようなすごい会社ばかりじゃないか。国内だけではなく、有名外資系企業もある。(まだ存在してなかったけど、ビズ〇ーチ!と叫びたくなってしまいそうだ)

みっともない話、自分はその紹介先企業リストを見てすっかり舞い上がってしまった。
自分が大好きなマイクロプロセッサを生み出し、携帯電話のパイオニアと呼ばれるあの会社が候補にあったからである。
こうなるともう転職一直線になってしまうのが情けないところ。
その会社ともう一社、国内トップの携帯電話ベンダーの子会社に応募を決めてしまったのである。

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