【詩】乱視
右のくぼみに被害者の
左のくぼみに加害者の
目玉を嵌め込んで
辺りそこらを窺っている
両目を一度に開けられたなら
この病いは癒えるだろうか
あるいてもあるいても、
足は小さいままだ
足のうらを地面にこすりつける
ちいさくちいさくあるいて
いつまでも家につかないようにする
やたら反射してあばれる
ひざしになみだがでる
目をほそめるのにつかれて
下を向いてひかげをあるく
うかれたみょうな声が
うしろから足音といっしょに走ってくる
よこを見たら黒いランドセルが、
道のまんなかをびょんびょん飛びはねて
曲がりかどに消えた
あの子のなまえは知らない
同じ町なのに、
なんで知らないのかわからない
めいっぱいに見ひらいた
世界を知りたくて
かげの中から声を出して走りだして
水色のそらを見上げてかずをかずえる
とじたまぶたの中にたいようの白いかげ
家のなかの子どもと
ここにいる子どもとは
まるでべつのにんげんだ
たのしい時間はみじかい
いたいことは忘れるようにする
友だちのとなりにいたい
だけどだましてるみたいなことばっかり
ふえていってなくならない
そうやっていいたいことが
ふえていってなくならない
涙と涎の中に顔をうずめて
あやまり続けるんだ
気のすむまで
重ならない自分の実像は
乱視のせいでもないだろう
どこかで傷みを殖えつけて生きることを択び、
うずくまる痛みを思うことをやめ
そんな自分の姿を見るのもやめた
生まれつきのものと目を眇め、
治らないものと諦めた
どちらの目玉も欲しくはなかった
ほんとうに欲しくはなかった、
やすらぎたかった
ひとりそう弁明しながら
加害者の季節を過ごして
そしてどれだけ経ったか
善も悪も意識するものにだけ存在する
死の匂いの中で生き、
生きるべき時に死を願う
病いは熟れ、こぼれて、足を奪った
逃げ場とばかりに妄想が
頭蓋の窪みの奥で閉じては開く
世界は震え、
光の結ぶ残像は茫洋として定まらず、
視線はうつろい、時に嘶く
まるで無為に齢を重ねた
幾度頭を振ってみようとも、
ふたしかに映る遠景は遠く呼ぶ声に似て
捨てることも叶わない
瞼越しの赤い脈動の集積は
ちいさな虚無の穴を穿ち、
見えるものを手探っている
孤独は最も相応しい過去への罰だ
そして広大で頑陋な、檻の形をした故郷だ
赦されることを望むほどに、
まばゆく鮮烈な光に目の奥までを刺され、
痛みにうつむいて手で覆う
少しの、僅かばかりの休息を乞う
残された道を歩むために