令和ロマンは、なぜ「場を制圧」できるのか!?
2024年のM-1グランプリは、令和ロマンの史上初の2連覇で幕を閉じました。しかも今年も、不利と言われるトップバッターでの登場。大舞台でも観客と審査員の期待を超え、会場を笑いの渦に巻き込むパフォーマンスは、圧巻でした。
ボケ担当の髙比良くるまさんは、これまでも明石家さんまさんや島田紳助さんが見せる「場を制圧する笑い」に強い憧れを抱いてきたと語っています。自分たちの漫才を通じて、「その場を自分の空気で包み込む」存在感を確立すること。今年のM-1では、特に彼らの場を制圧する力の強さを感じました。
くるまさんは著書『漫才過剰考察』で「理解」と「発声」という2つの要素について語っています。
「理解」とは、観客に自分たちのキャラクターや役割を明確に伝えること。そして「発声」とは、観客に「音(笑い)」を出してもらうこと。この2つをコントロールすることは、場を制圧するために不可欠です。
M-1で見せた「場の制圧力」
1. 観客の「理解」をつくる
「理解」とは、観客が芸人を「どんな人で、どんな役割をしているのか」と自然に捉えられる状態を作ることです。これによって、観客の中で「この人はこういうキャラなんだ」と笑いへの期待が調整され、笑っていい場面なんだと感じられる空気が作られます。
この期待値調整は、ネタに入る前から始まっています。
髙比良くるまさんの象徴的なイヴ・サンローランの肩パッド入りスーツは、彼が「ヒール役(悪役)」であることを一瞬で観客に伝えます。決勝進出が決まった記者会見でも、ヒール役であることを印象付けようとしているように感じました。その結果、1本目の掴みゼリフ「終わらせよう」という言葉が持つ説得力が増しました。金メダリスト・阿部一二三選手の強運によってもたらされた、2年連続トップバッターという波に乗ることができ、最高のスタートを切りました。
一方で、「理解」が不足しているとどうなるか。例えば、真面目そうに見えるニュースキャスターが突然ダジャレを言う場面を想像してみてください。視聴者や共演者はそのキャスターを「真面目な情報提供者」と認識しているため、期待を外れた行動に戸惑い、空気がピリついてしまいます。つまり「変な人が変なことを言いそうな空気」にならないと、ボケが機能しにくくなるということです。
バッテリィズも、「理解」のフェーズを終えるのが非常に早かったです。柄シャツに赤いジャケットのエースがアホキャラ。ツッコミの寺家さんが、早々にエースのアホエピソードを紹介することで、役割が明確になります。このように観客に「理解」を与えるコンビは、期待値調整という課題をクリアし、早い段階で笑いを引き出すことができます。
2. 観客を「発声」させる
「発声」とは、観客が声を出して笑う、あるいは反応することを指します。漫才において、観客が心の中で笑うだけでは不十分です。声に出して笑わせることで、周囲の観客も「笑っていい場面だ」と認識し、初めて笑いが連鎖していきます。
舞台やイベント等では、観客に質問するなど直接的なやりとりを通じて場を温めることができますが、M-1ではそれが難しい。
しかし、令和ロマンは、観客が声を出して笑いやすい空気を作るため、語りかけるような目線やトーンを使っていました。
3. 「心から発せられた言葉」に見せる
審査員のオードリー若林さんは、令和ロマンの1本目を観て「感情が伝わってくる」というコメントをしています。台本の存在を感じさせず、「心から言っているように見える」状態を評価したのだと思います。漫才の定義として「偶然、その場に居合わせた人たちが立ち話をしているもの」と言われることがありますが、演者のキャラクターも相まって観客を惹きつけることができます。
1本目のネタでは、「最強の名字は渡邉である」という主張(?)が展開されました。本来であれば、冒頭でこの主張をしてもおかしくないはずです。しかし、くるまさんはまず「自分が30歳である」「周囲が結婚し始めた」「子供の名前を考えたい」という個人的な事情を切り口に話を始めました。観客に「演者自身の話として語られている」と感じさせることで自然と物語に引き込み、さらに「変な奴が変な主張をしている」という構造をわかりやすくする効果があったのではないでしょうか。
ビジネスシーンへも応用できる!
令和ロマンの漫才に見られる「理解」「発声」「心からの言葉」という3つの要素は、ビジネスシーンでも大いに役立ちます。特にプレゼンテーションや会議の場では、これらを意識することで聴衆との距離を縮め、メッセージをより効果的に伝えることができます。
1. 「理解」 自分を認識してもらう
令和ロマンが観客に自分たちのキャラクターを理解させたように、ビジネスの場でも自分の役割や背景を早めに伝えることが重要です。
筆者はイベント等の司会を担当する際、開始前に場内アナウンスで自分の声を届け、「これから進行を担当する人」という認識を持ってもらいます。これにより、登場時に「誰が話すのか」と構えることなくスムーズに進行できます。
また、会議やイベントの場では、名刺交換や挨拶を積極的に行うことで、その場にいる人に自分の存在を認識してもらうことが大切です。たとえば、プレゼン前に参加者と軽い雑談を交わし、「どういう立場でここにいるのか」「どんなキャラクターなのか」を相手に感じてもらうことで、発言のハードルが下がります。
2. 「発声」 聴衆を巻き込む
芸人さんたちが観客を声に出して笑わせることを重要視しているように、ビジネスシーンでも聴衆のリアクションを引き出すことが鍵となります。
筆者は司会やプレゼンの際に、可能であれば聴衆に問いかけを行います。
また、物理的に観客に近づくなどして、ステージと観客席の間の「透明な壁」を壊すことも効果的です。例えば、ステージ上に固定されずに前後に移動しながら話をすることで、聴衆との距離を心理的にも物理的にも縮めることができます。このような動きは、「話す側」と「聞く側」の境界線を曖昧にし、一体感を生み出します。
特に大規模な会場では、こうしたアクションが聴衆の集中を引き付け、場全体の空気を活性化させる大きな効果を持ちます。反応が難しい場合でも、ジェスチャーや軽いリアクションを求めるだけで場の一体感を高めることができます。
3. 「心からの言葉」 自分のエピソードを活用
令和ロマンの1本目のネタが個人的な事情を切り口に展開されたように、ビジネスシーンでも「自分の言葉として語る」ことが重要です。
プレゼンテーションの冒頭でも、軽い自己紹介や背景を交え、「この人が話す理由」を理解してもらうことで、話の信頼性や説得力が増します。たとえば、「私は〇〇の経験を通じてこの課題を見つけました」といった形で、自分と話す内容を関連付けると効果的です。
しかし、事前に書かれた原稿をそのまま話すだけでは、聴衆に「言わされている感」が伝わってしまうこともあります。ここで必要なのが、原稿を「自分の言葉として話す訓練」です。
筆者もニュースキャスター時代、用意された原稿を単に読むのではなく、自分の言葉として語れるように発声を工夫してきました。
極端なケースでは、報道ステーションでキャスターを務めていた古舘伊知郎さんが、相方の小川彩佳アナウンサーに「原稿を自分の言葉で伝えるように」と促し、彼女の原稿を奪ってしまったことがあったそうです。自分がやられたら恐ろしいですが笑、極端に言えばそれくらい「自分の言葉として伝える」ことが重要だという象徴的な例です。
これには、内容を事前にしっかり理解し、自分なりの言葉で補足や表現を加えられるように準備することが欠かせません。また、何度も練習して「話し慣れる」ことで、より自然なトーンで話せるようになります。(ここは別途、詳しく書きたいなと思っています!)
我々にとっての賞レースは…
令和ロマンの漫才が観客を引き込み、場を支配できる理由は、「理解」「発声」「心の言葉」という要素を活かしながら、自分たちをどう見せるかを徹底的に考えているからです。漫才もビジネスも、話そのものだけで勝負が決まるわけではありません。話し始める前から場の空気はある程度「決まっている」のです。
だからこそ、「しゃべりの技術」とともに、自己プロデュース力とコミュニケーション力を養っていく必要があるなと感じました。自分をどう見せたいかを考え、相手に自分をどう理解してもらうかを工夫することで、場の空気を味方につけることができます。
ビジネスパーソンにとっての賞レースは、日々の会議やプレゼンです。私も命をかけて戦うM-1戦士に刺激を受けたので、彼らから学べることは学んでいきたいなと思います。