新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』 〜これは新たな古典になるのかも
主役ナウシカ役の尾上菊之助が公演中に左肘を骨折するという事故があったその翌日、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』を観てきた。
新作の世界初演4日目。
大けがで夜の部中止の翌日。
観客は応援一色だし、役者たちも菊之助の覚悟と熱意に応えるべく必死に演じる。
そんなタイミング。
ある意味、歴史に残る名演を目撃したのかも、しれない。
※ なにしろ前日に骨折したばかりなので、メーヴェ宙乗りなどの演出は変更され、菊之助の動きも極端に少なかったけど。
中央4列目とかの素晴らしい席が当たってラッキーだったけど(友人がとってくれた。ありがとう!)、昼の部・夜の部、ぶっ通しで観たので、幕間や入替を含めると、なんと約10時間かかったことになる。
朝11時から、夜21時前までw
でも、少しも退屈せず。さすが。
五幕目・六幕目・大詰あたりはストーリー的にも難解で、かなり哲学的になるので頭はボワ〜としたが、少なくとも退屈はしなかった。
実は「スーパー歌舞伎」の流れだろう、と思って観に行った。
スーパー歌舞伎ll『ワンピース』での大成功を受けての流れではないかと。
つまり、漫画を原作とした、古典歌舞伎の伝統を打ち破った新しい演出、スーパー歌舞伎の流れ。
『ワンピース』 → 『NARUTO』 → 『ナウシカ』
で、ボクは、この『ワンピース』に大感激したクチなのだ。
2015年当時、観劇した翌日に、こんな投稿をしている。
投稿のキャプチャーも載せておこう。
そして、このままの勢いで2年後の新作歌舞伎『NARUTO』を観に行ってがっかりし、スーパー歌舞伎では『オグリ』も観に行って超がっかりした(後者に至っては劇団新感線の井上歌舞伎のマネかい?とすら)。
なんか、ふたつとも『ワンピース』の演出の劣化コピーに見えたのだ。
見せ場は、水をふんだんにつかう滝の場面や、宙乗り。
いや、いいんですよ。
見せ場としてはかなりの見せ場だから。
しかも最初『ワンピース』で観た時は(特に滝のとことか)ホントびっくりしたから。
でも、優れたエンタメに触れすぎている現代人は、同じ演出で二度も三度もびっくりはしない。
すぐ馴れ、すぐ飽きてしまう。
だから、『ワンピース』はともかく、『NARUTO』や『オグリ』は厳しいなと思った。
もしかして、『ナウシカ」も、そういう方向ではないだろうな・・・
正直観るのが怖かった。
演出は同じくG2さんだし。うーん・・・。
でも!
良い意味で、裏切られた!
のだった。
というか、全体に「新たな古典」を作り出そうとする気迫と気概を感じたなぁ。
これ、100年後には「古典」として演じられているんじゃないかな。
つまり、ここから少しずつ揉まれていくことも含めて、時代に消費されずに生き残る部類の作品ではないだろうか。
ボク個人は、そのくらいなポテンシャルを感じた。
構成はかなり計算し尽くされていたと思う。
昼の部の三幕は、『ワンピース』の流れを汲んだ「スーパー歌舞伎」的な演出。
ある意味、子どもでも楽しめる。
外国人でも楽しめる。
つまり今後の「コンテンツ輸出」にも耐えるだろう。
だから、歌舞伎初心者が行くなら昼の部だ。
ちゃんと驚きがたくさんあるし、とても楽しい。
ただ、その分、きっと消費されるのは早いだろう。
こういう驚きの演出はすぐに馴れ、飽きられる。なので100年持つかどうかはわからない。
逆に、夜の部の四幕は、100年もつかもしれない。
いきなり大人向けになる。
ちょっと頭が混乱するくらい哲学的だし精神的だ。
これは子どもや外国人には理解がつらいと思う(原作を読んでいなければ)。
ただ、だからこそ何回もの鑑賞に堪えるし、味わい深く豊かになる。
原作も、最後のほうはかなり哲学的なのだが、ストーリーはそれに忠実に展開していき、しかも「歌舞伎にしかできない演出」でそれらを表現している。
くわしくは書かないが、「大詰」(終幕)など、そこだけを取り出して新春公演とかの一部にしても名物となるくらいな出来だったと思うし、そういう使い方も意識しているのではないかな。
すごいぞー。
「概念」対「概念」の闘いを白と赤の●●●で表現し、圧巻の踊りで観ている人を圧倒するのだ(何言っているかわからないと思うけど)(●●●はネタバレなので公演終わったら追記します)。
奥にズラリとならんだ男たちが長唄を唄う中、強烈な●●●が披露される(たぶん尾上菊之助がケガしてなければ、ナウシカとの絡みもあったのだと思われる)。
いや、すごかったなぁ。
この「大詰」は今回の白眉だ。
この「大詰」に向けての中間の弛緩。そういうメリハリも含めていい舞台だったなぁ。
そういう意味で素晴らしい夜の部(ラスト4幕)なんだけど、ナウシカっぽさは少ない。特に、映画版『風の谷のナウシカ』を期待しちゃうと、少し戸惑うかもしれない。
だって、映画でやった部分は昼の部の「序幕」でだいたい終わる。
以下の構成を見ればわかると思うけど、序幕でもう青き衣の者が金色の野に立つからねw
じゃ、そのあとは何をやっていくかというと、漫画の原作7巻をストーリーにほぼ忠実にこなしていくのである。
特に後半は(宮崎駿の死生観・世界観ではあるが)それなりに哲学的かつ難解なので、きっちり漫画を予習していったほうがいいだろう。
昼の部:
序幕 「青き衣の者、金色の野に立つ」
二幕目「悪魔の法の復活」
三幕目「白き魔女、血の道を征く」
夜の部:
四幕目「大海嘯」
五幕目「浄化の森」
六幕目「巨神兵の覚醒」
大詰 「シュワの墓所の秘密」
ストーリーに忠実とはいえ、純和風の伝統歌舞伎の世界に移し替えられているし、メーヴェもさすがに空を飛び回りはしない(しかも、菊之助さん、千秋楽までに骨折が治るかどうかわからないので、宙乗りはない可能性が高い)。
そういう意味で、映画ではなく、漫画の原作を読み込んで行った方がいいと思う。ボクは昔から原作漫画のファンなので、違和感なく楽しめた。
最後に、ナウシカのシュワの墓所でのセリフで、このまとまりのない感想というか観劇記を終えたい。
絶望の時代に、理想と使命感からオマエがつくられたことは疑わない。
その人達はなぜ気づかなかったのだろう。
清浄と汚濁こそ生命だということに。
苦しみや悲劇やおろかさは、清浄な世界でもなくなりはしない。
それは人間の一部だから・・・。
だからこそ苦界にあっても、喜びやかがやきもまたあるのに。
もう一度、原作をよくよく味わった上で、よくよく宮崎駿の考えを受け止めた上で、夜の部を観たいな。
・・・蛇足的に、ネタバレしない程度に雑感を書いておくと、
●役者たちについて。
板東巳之助(みのすけ)、(ミラルパ、ナムリス役)、最高!
『ワンピース』での素晴らしさを買われてNARUTOの主役になったのだけど、いまいち輝かなかった巳之助さん。でも、今回は彼が出てくるだけで舞台が締まった。演技も声も存在感もすばらしい。いい役者だなぁ。
中村七之助(クシャナ役)、これも最高!
もうクシャナはほとんど主人公だな。威厳ある美しさで屹立していた。凜とした演技が素晴らしい。
尾上右近(口上、アスベル、オーマの精)、これまたよい。
アスベル役も良かったけど、「大詰」でのオーマの精がね、ホントすごかった。
尾上松也(ユパ役)・・・んー、ちょっと食い足りない。
こんなにいい役もらっておいて〜って、残念に思いながら見てた。なんだろう、もっとユパを大化けさせてほしい。
中村種之助(道化)、とてもよい。
夜の部のみの出演だけど、なんか実に自然な演技で良かったなぁ。いい役者。
最後に、尾上菊之助(ナウシカ役)、ホントお疲れ様でした。
前日に左肘骨折(鳥ウマが転んで肘から落ちたらしい)って、どんだけ痛い中での公演だったか。左手をギプスで固定しての熱演。感じ入った。
昨日は昼の部に、お母さんの富司純子が観に来ていた。そりゃ心配だよね。
●市川中車(香川照之)と中村吉右衛門が声で出てます。場所は秘密。
●音づくりがかなりいい。
映画でお馴染みのあの曲も流れます(安田成美のではないやつ)。全体に音の作りはとてもいい印象。
●舞台セットが目まぐるしく変わるので、その待ち時間が残念なときが何度もあった。
これは初演では仕方ないかな、とも思う。
だんだんに改善されるのだろうけど、どうしてもテンポが途切れてしまう。ちょい残念。
●観たよ、って友人に自慢できるグッズが少ない。
せめて、あの特注タペストリーの柄で扇子とか作ってくれないかなぁ。ちょこっと見せられるグッズがあるとないとでは、ヒトに勧め方も変わる。特に今回みたいに「ヒトに説明するのが難しい作品」の場合、そういうグッズが欲しくなる(テトのぬいぐるみはあったけど、これも自慢はしにくいしw)。
●これは演出だけど、例の「金色の野」をもうちょっとなんとかして!w
ということで、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』。
改善を重ねて、長持ちする演目に育ってほしいな、と。
世界にも輸出してみてほしいな、と。
そして「ボク、世界初演、観たもんね」って、死ぬころに自慢させてほしいな、とw
※
ちなみに。
歌舞伎界では、定義的には、
古典歌舞伎(江戸時代の作品)
新歌舞伎(明治以降の作品)
新作歌舞伎(戦後の作品)
と、なっているらしい。
スーパー歌舞伎は、新作歌舞伎に含まれるわけだけど、平易な現代日本語を使ったり、歌舞伎界以外の役者が出たり、いろいろと歌舞伎の枠を越えている。
『ナウシカ』(『NARUTO』も)はスーパー歌舞伎ではないので、歌舞伎の伝統に則り、展開されていた。
上記の定義で行くと、『ナウシカ』は古典歌舞伎にはなり得ないのだけど、100年後には、古典の部類になるようないい作品のタネになったのではないかな、と思う。
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