アロマにふたり
ここ1年ほど、毎月1回ほどアロマリンパマッサージに通っている。情緒不安定になったり心身に疲れが溜まったりしたとき、それまでは「cotree」というオンラインカウンセリングサービスを使っていたのだが(そしてそのサービスはそれとしてとてもいいのだが)、一度何かのきっかけでアロマリンパマッサージのお店にふらりと入った。
元々はOL時代に疲れが溜まったとき、当時住んでいたところの近くにあるスーパー銭湯でオプション的につけられるリンパマッサージを受けてとても気持ちがよかったという記憶から通おうとしたのだろうが、どうしてその店に通おうと思ったかの本当のきっかけは何だったかもう忘れてしまった。往々にしてきっかけというのはそういうものだろう。
その店はとても落ち着いた雰囲気で、オーナーも店の雰囲気同様落ち着いている。自分の身体の調子に応じてアロマオイルを調合して、全身を大体90分かけてほぐしてもらえる。私はこの店のことをとても気に入っていたし、これからもこの店に通い続けるのだろうと思っていた。
その日はたまたまその店の予約が取れず、しかしどうしてもアロマリンパマッサージが受けたい気分だったので、近くにある別の店を予約した。
その店に入るとベッドが2つ並んでいて、奥にソファがありそこに通される。いつもの店とは雰囲気が全く違う、どちらかというと明るく朗らかな雰囲気のスタッフらしき人が、「カウンセリングシートになりますのでこちらご記入ください」と紙を差し出す。「好きな香りがあったらお教えください」と書いてあったので、前の店で「さとみんセレクト」とオーナーが呼んでくれていた「フランキンセンス・ラベンダー・イランイラン」と書き、スタッフに渡す。どうやらこの女性はこの店のオーナーのようだということをあとで知る。
「香りにお詳しいんですね」と言われて、「よくアロマリンパ行くんです」と言うとオーナーはマスク越しににっこりと笑う。今日もこのセレクトにしますか?と訊ねられたので、この店のアロマオイルを嗅いでみると、イランイランが少しきつい。「今日はイランイランは抜いてください」と伝えると、「ローズウッドなんかはどうでしょう」と提案され、とてもいい香りだったので、それで、と伝える。オーナーはオイルの調合に向かい、その間に私は全裸になって紙ショーツと紙ブラジャーを身に着ける。
普通アロマリンパマッサージではうつぶせ→あおむけの順に身体をほぐしてもらうのだが、私はうつぶせになるのが苦手なので、いつもマッサージのときはあおむけになる。うつぶせ施術の分浮いた時間は足裏や頭のマッサージを入れてもらうなどして調整する。
その日初めてオーナーに身体を触ってもらったとき、正確に言えばふくらはぎから足裏をタオルの上からそっと揉んでもらったとき、素直に気持ちのいい施術をしそうな人だという直感があった。その後足裏からふくらはぎをオイルでマッサージしてもらったときも、指先の動きひとつひとつに無駄がなく、しっかりと何かを「流してもらっている」という感覚が頭に浮かんだ。
施術が終わって、ホットミルクティーと茶菓子を食べながら、「〇〇さん(私)、頭の両サイドがすごく硬くなっていました。考え事をされることが多いのではないですか?」と訊ねられ、うーん、まあ人並みに悩みはあるけれどそんな大したものではないしなぁと思う。オーナーの話を聴いていると、このサロンは堤真一さんをはじめとする有名芸能人がわざわざお忍びで通っているサロンらしく、そう言われてみれば「堤真一」と読めるサインや他の芸能関係者のサインが施術台から見えるところに飾ってあることがわかる。ほー、へー、すごいなぁと思いながら店をあとにする。
その後2連勤を済ませた夜、私は月末で非常に疲労していて、「この前行ったのに、また行きたい」という衝動に駆られホットペッパービューティーのタイムテーブルをスワイプする。連勤のご褒美に来週くらいに入れようかなぁ……と思っていたが、ふと、施術台が2つあったことを思い出す。ベッドでゴロゴロしながら夫に「ねぇ明日、二人でアロマリンパマッサージ行かない?ずっと一緒に行こうって言ってたじゃん」と話すと、「そうだね、TOEICも終わったことだし、次のステップへの景気づけに行くとしようか」と乗り気だ。わぁい。早速私はLINEで店に「明日夫婦二人で伺えますか」とメッセージを送る。ホットペッパービューティーを見ると、タイムテーブルには午前3時まで予約の枠があって、基本的に22時以降は×印がついているのだが、お忍びだったりなんらかの事情があって深夜に店を開けることもあるのだろうなと推測する。予約が取れる。ふうむ。とにかく楽しみ。
夫婦二人が初めて出会った駅前のカフェでハニーチーズトーストとアイスアールグレイティーを飲みこみながら、施術までの待ち時間を過ごす。陰キャと陽キャのカテゴリ分けで自分は何に属するのか夫から尋ねられて、「陰キャの中の”中の中”くらいかな」と返すと反論されるので「いや、中の上だね」と言い直す。待ち時間が暇すぎて、近くの家電量販店まで向かい、次に買うPCはMacがいいかWindowsがいいかの検討をする。次はMac book Airかなぁ。うーん。なんか「特別割引ご購入券」なるものを渡されたし。知らんよ。買っちゃいそうになるから、やめてくれよな。
そうこうしているうちに(本当にひまだったのだ)時間がきて、サロンに向かう。ビルの入り口で「203」と入力してオートロックを過ぎてエレベーターを上がると、普通のマンションの一室がそこにはある。ほんとうに、ふつうのマンションの一室なのだ。
「こんにちは、お待ちしておりました!」と元気よくオーナーと新人らしいサロンスタッフが出迎えてくれる。夫と共に奥のソファに座ると、あたたかいルイボスティーが用意されている。私はこういうサロンは慣れたもんだい、と余裕(?)をかましていたのだが、夫はすごく緊張しているようだった。私はいつものフランキンセンス、ラベンダー、ジャスミンを調合してもらうことを手早く決める。夫はおそるおそるアロマオイルの香りを嗅いでいて、「これはいい香りですね」「これはちょっと無理」などと言っているのを横目に見やる。結局夫が何を選んだかは忘れてしまった。
腰のあたりまでカーテンで区切られた2つの施術台の上で、それぞれ施術を受ける。初めてひとりでここを訪れたときは少し触られただけでほとんど寝てしまったのだが、今日は夫が隣で見知らぬ女性にマッサージされている。そう思うと、いやそういう場所だしセラピストとはそういうお仕事なのはわかっているのだが、何とも不可思議な気持ちに襲われる。夫にリラックスして欲しいという気持ちと、よく知らん女性に紙パンツ一丁の夫が撫でまわされているなぞけしからんな、というなんとも意固地な気持ちがないまぜになって、夫の方が気になって仕方なく、全くリラックスできない。ああいやだいやだ、邪念邪念。
そうこうしているうちに時間がやってきて、私の所感としては全くリラックスができなかった。無念。着替えて奥のソファに座ってから夫にどうだったか尋ねると、目をきらきらさせて「気持ちよかった」と言っている。その後もオーナーと夫と私で話をする。「カップルやご夫婦でご来店されるお客様も多いんですよー、京都ってどこも混んでるじゃないですか、そういうときにここをペアで予約して、ご飯食べてから来るとか、そういう人。多いんですよ。」私は全くリラックスできなかったんだけれどなぁと思いながら(気持ちはよかった)、お二人でホワイトボードに感想を書いていただくと次回10分施術延長させていただけますよ!という釣り文句に「はいはい書きます」とさっさか筆を走らせる。なんか隣の夫が元気だ。また来たいと言っている。うーん、ふくざつ。また二人で来たいのか、一人でゆっくり愉しみたいのかよくわからないなぁと思いながらも、やっぱり夫婦でまた来てみたいなとも思う。ふくざつだけど。そして二人でホワイトボードを持って、顔が映らないように写真を撮られる。これで10分延長。ちゃりんちゃりーん。とりあえずこういうのは書いておくし、撮られておくに限る。
帰りの道すがら、「本音ではどうだった?」と夫に尋ねると、「いや、めっちゃよかったよ、ぜひまた二人で来たいね。ああいう場所は男性ひとりでは中々入れないし、なんか、視界がぼやけていたのが透き通った気がする。このデートのために仕事もがんばれるね!」うむ、ノリノリである。私は大変複雑な心境でうん、そうだね!ふたりでまた来たいね!来ようね!と言う。
果たしてアロマにふたりが実現する日がまた来るのかはつゆとも知らぬが、夫が大層気に入ってくれたので、それは素直にうれしい。そして、ふたりでちょっと贅沢な場所で特別なデートをしてリフレッシュできるというのも、また、うれしい。だけれど、結論はやっぱり複雑な乙女心があるのであった。おしまい。
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