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「みち」をひらきつづけた1年間。
2024年12月31日、大晦日となりました。
皆さまは、どのような2024年の日々を過ごしてきましたか?
「日日是好日」。
全ての日々、全ての出来事が愛おしく、味わい深いものでもあるのですが、その一方で「見せ場」というか、その出来事に2024年のアレコレが凝縮されているかのようなハイライトもあるものです。今日は2024年の振り返りとして「今年のハイライト」について書いてみます。
2024年は「みち」をひらいた一年だった
「2024年は、どんな1年だったか」をひと言で言うならば
「みち」をひらいた1年 でした。
「みち」には「道」や「未知」が
「ひらく」には「拓く」や「開く」が含まれます。
「道」を拓いたり(開いたり)、
「未知」を拓いたり(開いたり)した1年でした。
じゃあどんな「みち」を「ひら」いたのか。
ハイライトといえば、次の2つの「みち」です。
・湯河原での修験道の行場(みち)びらき
・ジャーナリング専用ダイアリー&コミュニティびらき
湯河原で修験道の「行場(みち)」をひらいた話
私は山伏でもあるのですが、
事のきっかけは、4月に行われた羽黒山伏 星野文紘先達、そして人生が変わる「変容体験」を提供するHuman Potential Labさんとの協働企画、「山伏と歩く春の湘南・湯河原 修験道リトリート」です。
このリトリート兼、山伏修行体験(1日修行)は、今年で3回目。
今年から、リトリートの聖地、湯河原ご縁の杜さんの全面的なご協力のもと、湯河原での開催となりました。
ひょんなことから決まった開催地の変更だったけれど、
後になってこのエリア(湯河原を含む伊豆・箱根エリア)が「関東山伏発祥の地」だということがわかりました。
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そして、湯河原の土地を拓いた大名で、鎌倉幕府を開いた源頼朝の命を救った土肥実平氏が、実は「山伏」であったことも判明。
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さらに、そんな土肥実平氏は、星野先達が営まれる宿坊・大聖坊のある出羽三山の麓のほど近く、羽黒修験道の伝統を伝え続ける羽黒山荒澤寺正善院の「黄金堂」の建造にあたって奉行として、羽黒の地を訪れていたらしい。
羽黒の地には、土肥実平氏のお墓が残っているという。
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何も考えずに始めたことが、実はここまで「繋がっていた」とは。
出来過ぎでは?と思えるほどの「ご縁」に驚いたのでしたのでしたが、、、
しかし、事は、スムーズには進まないものです。
リトリート当日、いざ湯河原の山に入ってみたら、なんと途中から地図上ではあるはずの「道」がなくなっていることが判明しました。
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正確にいえば、主催者の役割・責任として「安全な道」を計画し、準備していたんです。
ただ、そのルートには満足できていませんでした。というのも、長い舗装路を歩かなければならず……それが嫌だったんですよね。
山道を歩くのと、舗装路を歩くのは、質感がまるで違います。
せっかくの「修験道体験」だからこそ、自然の山道を歩く時間を増やしたい!!そう考え、少しでも舗装路を避けて、山道を使ったルートにできないかと思いあぐねていたのでした。
そんなことをしながら、リトリートの前日になって、
「この道ならば行けるかもしれない」
というルートが判明。
そして、星野先達を含めて主催者間で相談し「えいや」で行ってみることにしたわけですが・・・
その結果、「あるはず」の道が途切れていることがわかった——というわけです。
「リトリート」の主催者・プロデューサーとしては、あってはならないミスです。やっぱり事前に計画していた道を選べばよかったんじゃないか……なんてことも考えました。
だけど、不思議と、その場はそんな大失敗を含めてパーフェクトだったんです。参加者の皆さんの多くも「これ以上進めなかった」「引き返すしかなかった」からこそ、よい時間になったと語ってくれていました。
そして、「関東山伏発祥の地で、道が途切れてしまっている」という現実に直面したとき、自然と
「だったら、自分たちで改めて、ひらけばいい!!」
というアイデアが自然発生的に湧き上がり、リトリートが終わってから早々に「湯河原 みちびらき(行場びらき)」がスタートしました。
これが2024年4月。
そして、ここから先が不思議なんです。
元々は月に一度、地元・湯河原にあるリトリートの聖地「ご縁の杜」の女将・里奈さん日程を決めて山に入り続ける。「来れる人が集まれればいいし、何なら1人でも行こう」そんな軽いノリで始めました。
でも「行ってみたい!」と言ってくれる方が増え、気づけばFacebookグループのメンバーは60名超。そして、年末にはご縁の杜さんのご厚意で出してくれている10名乗りのハイエースに乗り切れないほどの人数が集まるようになっていました。
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しかも半数以上が「初めてのご参加」。こういう出入りしやすい場が好きです。
「みちびらき」と言っても、そんなに大それたことをしているわけではありません。事前に決めるのは、どの辺りの山に入るかだけです。
あとは、山に身を置き、そこで必要だと感じたことをする。ただそれだけです。
もちろん、道が閉ざされてしまったところや、歩くとイバラがチクチクと刺さって痛い道があったら、カマやノコギリで手を加えることもあります。
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あとは、掃除をしたり
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お祈りをしたり
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だけど、大半は遊んでます(笑)
たとえば、滝に入ったり
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滝に入ったり(2回目)
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滝に入ったり……(3回目)
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もちろん、湯河原にあるのは滝だけではありません。
山を気持ちよく歩いたり、ランチをしたり
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山で寝転んでみたり、
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「となりトトロ」に出てきそうな木のトンネル道を通ったり、
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温泉に入ったり、時には飲んだり。
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そんなことをしているうちに、
思いもよらないことが起こり始めました。
その一つが、私たちが「みちびらき」をしているエリアでの
瞑想家・音楽家の奈良裕之さんのリトリート開催です。
2024年4月以降、みちびらきが始まってから、二度もリトリートが開催されています。
まずは、地球コクリ!プロジェクトのファウンダー
三田愛さんの呼びかけのもと、ビジネスリーダー15名ほどが集まって開催されました。
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その後、8月に25名を超えるメンバーでお馴染みの滝で祈りの時間を共にしました。
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そんな一連のプロセスの中で、私は山に入る方々を先達する役を仰せつかることになります。
とはいえ、元々そんなつもりはなかったんです。
リトリートの言い出しっぺとして「世話人」や「呼びかけ役」をしようとは思っていました。でも、山のご案内や祈りのリードをする役割がついてくるとは、これっぽっちも思っていませんでした。
個人的なことを言えば、私は自分自身が「先頭」に立つことに大きな躊躇いがあります。過去に嫌な経験があったことから、それを如何に避けるかを考え続けてきた……そんな本音もありました。
とはいえ、状況からすると、私がその役をするのが”自然”です。
さてどうしたものか……
とは思ったものの、結局、私は未知なるお役目を「うけたもう」することになっていきました。何かを決意したというよりも、それが自然だったから受け容れた(文字通りの意味で「うけたもう」した)というのが近い感覚です)
そんなことをしていたら、別の機会でも「祈りの場をリードしてほしい」なんてオファーが舞い込むようになったり。
人生には思いがけない出来事がたくさんあるようです。
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こういうお役目をするからには、せめて法螺貝の音が出せるようになりたい——と思い、やっと本格的に法螺貝修行に打ち込むようになりました。
法螺貝をもちはじめて2年ちょっと。少しずつ上達しています。
*注意:祈りの場やリトリートをリードするお役目は受けたもうしていますが、「山伏修行」の先達をすることはお断りしています
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*法螺貝は機内に持ち込めます
話が逸れてきたので、湯河原の「みちびらき」に話を戻しましょう。
「みちびらき」に取り組んで、山にどんな変化があったのか。
それこそが、私にとって最大の「ワンダー(未知)」です。
ワンダーを感じた場所の一つが「しとどの窟」。
冒頭に「初めて湯河原を訪れた際、実はこのエリアが関東山伏発祥の地だと判明した」と書きましたが、実は、それを知るきっかけとなったのは「しとどの窟」へと向かう道中でした。
何となく行った先に、この看板があったのです。
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ただ、実を言うと、最初に訪れた時は、この場所を好きになれなかったんです。というのも、何だか怖い感じがして——
気になって後で調べてみたら「神奈川県の有名心霊スポット」として知られる場所だとわかりました。
「しとどの窟 心霊」という予測変換が出るほどです。
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何度か足を運んでみたものの、
怖いので、少し避けていました。
でも、8月・9月に出羽三山での山伏修行に勤しんだ際、なぜか
「しとどの窟を整えたい!」
という感覚が湧いてきたんです。
(この時、もう一つ湧き上がってきたことがあるのですが、それはまた後半で)
そんなこともあって、修行直後の9月に再訪問。
その時は、滝で禊いだ仲間たちと勤行をし、ひたすら掃除をしました。
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そして12月に改めての訪問。
すると、着いた瞬間から、雰囲気がまるで違うものだったのです。
年始に感じたような物々しさや怖さは、どこへやら。清々しく、何となく私たちを受け容れてくれているような感覚さえありました。
そんなことを感じながら、あらためて道中を掃除し、最後に「しとどの窟」でみんなで勤行(祈り)の時間をとることにしました。
(それ以前は、怖い感じがあって、とてもじゃないけれどここで勤行をする勇気が持てなかった……なんてこともありました)
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すると、涙がすーっと頬にひと筋。
これは感傷の涙というよりも、
もっと深いところからくるものじゃないかと思います。
「しとどの窟」に至るまでの道には、
たくさんの弘法大師像や観音像が並びます。
元々「祈りの伝統」があった場所なのでしょう。
だけど、いつの間にか「祈りの伝統」が途絶えてしまいました。
近くまで走っていたバスは、コロナ禍をきっかけに廃線となり、公共交通機関でたどり着くのが難しい場所になってしまいました。元々は保存会があったようですが、高齢化等によって思うように活動できなくなっているのかもしれません。
いずれにしても、元々は「祈り」があった場所に「祈り」がなくなると、心霊スポットのような怖さが現れるのかもしれません。
(Google検索でも「心霊」の次は「パワースポット」と。これらは紙一重なのかもしれませんね)
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そんな祈りの伝統があった場所に、「祈り」が戻ってくる——
何が起きているのか、目で見て確認することはできません。だけど、実は見えないどこかで、何か大きなことが蠢いているのかもしれません。
その結果として、この祈りの地の空気感が変わり、私たちを受け入れてくれるようになった——そんな気がしてならないのです。
最後におまけ。
12月は「しとどの窟」に続いて、箱根の九頭竜神社を参拝しました。
8月・9月に出羽三山での山伏修行のなかで湧き上がってきたことが、2つあったと、先ほど書きました。
一つは、直前に書いた「しとどの窟」について。
もう一つは、真鶴・湯河原・箱根を結ぶ祈りの道「369(みろく)ラインを大切にしよう」ということでした。
このエリアには、冬至の日に太陽が登る「3:三ツ石」「6:六方の滝」「9:九頭竜神社」の道「369ライン」があります(九頭竜神社の次は富士山へと向かっていくそう)。
時は、冬至間近。2024年の感謝を込めての訪問となりましたが、行ってみたら、すごかった!美しかった!!
この素晴らしさは、とても言葉では表せません。
彩雲はかかるし、雲や太陽は、とても神秘的な姿を見せてくれるし、「歓迎されている」としか思えないような景色の数々です。
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思えば、これまでやってきた活動は、私の意志によって始めたものではありません。
「みちをひらいてやろう!」と意気込んだわけでもなければ、感動的なヒーローズ・ジャーニーがあるわけでもなく、どちらかと言えば「やるのが自然だから」だからと、ただ淡々と、状況に身を委ねてきただけでした。
これが正解かどうかはわかりません。
これが、一体何に繋がっていくのか、どんなアウトカムをもたらすかなんて、予測もつきません。
それでも、「やる」以外の選択肢がなかったので、ただただ地道に、その時々で、楽しみながらやってきた。そんな感覚なのです。
だけど、この美しい景色を見た時、これまで積み重ねてきた軌跡を後押ししてもらっているように感じられたのでした。
「ああ、きっとこの方向でいいのだろうな」と。
「やってやるぜ!」と意気込んで始めたわけではなく、淡々と、自然に。
それが、私にとっての「みちびらき」のハイライトです。
もう一つ「ジャーナリング専用のダイヤリー&コミュニティをひらいた話」も書こうと思っていたのですが、この時点でもう5000字超。
そう遠くないうちに、続きを書きます。
「みちをひらく」とは何なのか?
……と、2024年のハイライトの一つ「湯河原でのみちびらき」について書いてみましたが、よくよく思い返せば「みちをひらく」は、私にとって新しい経験ではありませんでした。
野生児だった幼少期。
10歳以前は、まるで動物のように野山を駆け回っていたのですが、よく「まだ知らない道を見つけたい!」と思っていました。
だから、通学路からわざと外れて、藪の中に入って知らない人の家の庭に出たり・・・なんてことをやっていたこともあったり。
その後も最初の就職先ベンチャーで、新事業や新企画など、「新しいこと」の立ち上げばかりをやり続けた20代。
そして30代に勤しんだ書籍編集の仕事は、書籍というフォーマットはあるものの、基本的には毎回が「新しいこと」。「未知」なるものを拓き、誰かと分かち合える形で開いていく(啓いていく)のが、仕事の根幹でした。
そして、40代になった今は、本ではなく「行場」や「コミュニティ」を拓いて(開いて、啓いて)いる……対象は変わったかもしれないけれど、結局やってることは同じなのです。
じゃあ私にとって「みちをひらく」とは、何なのか。
この1年気づいたことをまとめて、2024年最後のnoteを締めくくります。
①「みちをひらく」とは「未知(wonder)」に身を置くこと
人は誰もが「センス・オブ・ワンダー」(未知なるものへの驚きの感性/好奇心)を備えています。
みちなるものに「ワンダー(wonder)」を感じたら、どうしますか?
検索したり、事前に調べるのもいいですが、一番オススメなのはその場に身を置いてみること。「百聞は一見にしかず」です。そこに身を置いた時、思いもよらぬ発見に出会えるはずです。それこそが驚きに満ちた(full of wonder)大切な贈り物ではないでしょうか。
②「みちをひらく」とは次に歩む人への思いやりの表現
「道をひらく」と言えば、大経営者・松下幸之助さんを思い浮かべるかもしれません。でも、そんな大それたことじゃないと思います。
今、あなたが歩んでいる道には、必ず後に続く人がいます。
(ラーメン屋さんの列なんかもそうです)
そんな後に続く人が、自分よりも、より心地よく歩めるように。
そう思ってちょっとだけ何かをする(ちょっとだけでいいと思います)。
それだけでも十分「みちをひらくこと」になっているのではないでしょうか。「道」は、そんな縁あって触れ合った誰かとの、関係性のなかで繋がれていくのだと思います。
③「みちをひらく」には「歓び」が伴う
さいごに。「未知(wonder)」はたくさんあるけれど、どれを拓いたらいいかわからない方へ。
自分がひらくべき「みち」かどうかを見極めるポイントは「歓び」ではないでしょうか。
苦痛ややらされではなく、歓び。身体のなかからエネルギーが湧き上がってくるような感覚かもしれないし、人によっては、もっと淡々としたものかもしれません(「そうなることが自然だから」という、感覚かもしれません)。
いずれにしても、そこには「歓び」があるはずです。
歓びを目印にして、みちをひらいてみませんか?
* * *
今年も大変お世話になりまして、ありがとうございました。
来年もますます「みちをひらいて」いくつもりです。
時代として、きっとこれから、ますます「みちなること」が増えていくんじゃないかと思います。でも、みちはチャンス。
共にひらき続けていきましょう。
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
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![柏原里美|編集者・ファシリテーター](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/127356079/profile_268eddd7ea493f3d3955b06e64b7cd48.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)