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人工的な揺り籠たる電車は僕に悪夢を見せない。

 父いわく、僕は夜泣きしても車に乗せて近所をドライブするとぐっすり寝る子だったらしい。
 当時の感覚は覚えていないけれど、車の揺れや静かな走行音が僕を落ち着かせてくれるのは、今も実感するところだった。この感覚を改めて実感したのは、高校生になった時だった。

 僕は高校への通学の内訳は自転車で三十分、電車で四十分、徒歩で十分。この電車の四十分が僕にとって、最も貴重で有意義な時間だった。本を読んだり、音楽を聞いたり、考えごとをしたり。一人でじっくりカルチャーや日々の悩みと向き合える時間だったと思う。
 そして、何より睡眠の時間としても優秀だった。夏はエアコンで涼しく、冬は暖房で温かい。今でも覚えているのは冬で、暖房が座席の下についていて、最初は温かいのだけれど、ふくらはぎに直接当たる熱は途中から熱さに変わる。何度か汗だくで電車を下りて冬の冷たい風を心地よく感じたと記憶している。

 なんて書くと、姫路から大阪の職場に二時間弱をかけて通勤する前身となる日常を僕は高校時代に送っていたんだなと実感する。
 実際、今も姫路から大阪を行き来する際に乗る新快速の電車内が僕の聖域みたいな時間になっている。この文章も朝の車内で書いているし、見たい映画やアニメの多くをこの時間に見たし、眠り足りない時は眠った。

 夏になるとエアコンが稼働して涼しいのだけれど、僕は昔からエアコンで冷え切った部屋にいると、体調を崩す。その対処として、カーディガンを羽織るか最初から長袖を着るようにしている。
 結果、夏の電車で寝て起きると、汗をかいている。びっしょりと言うわけじゃない。程よく気持ちいい汗。ただ、これを放置すると風邪をひくと経験的に分かっているので、タオルやハンカチで汗を拭く。

 この時、僕の中にある悪いものが汗となって外に出て行っている感じがある。
 サウナ好きの方が整うという言葉を使うけれど、それに近いのかも知れない。日々のストレスや不安が汗と共に流れていって、リラックスした気持ちになれる。
 このリラックス状態で助かる時が何度かある。

 例えば、それがお酒を飲んだ日の翌日の朝の出勤だったりする。
 お酒を飲んだ日の帰宅時間は基本的に日をまたぐ。寝るのも一時をすぎる場合が殆どだ。となると、いつも通りに朝を起きても寝不足状態に陥っている。朝ご飯を食べて、駅に向かう間も昨夜のアルコールの余韻と睡魔は僕の多くの部位を支配している。
 そんな日は電車に乗って座った後、すぐ眠りにつく。

 脳内では日々の色んな弱音が頭の中を巡っているのに、僕にとって人工的な揺り籠たる電車は僕の身体を運びながら、決して悪夢を見せない。
 そして、気づけば大阪に着いている。悪夢は職場で見ろ、という電車からのメッセージかも知れない。

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さとくら
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