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友人が笑ってくれなくなる時、足を止めて。

 騒がしい居酒屋のカウンターで先輩が言った。
「男ばっかりの職場はつまらないよ。話題が酒かギャンブルか風俗の話しかないんだから」
 僕はまだ二十代前半で学生だった。
 そういうものですか、と相槌を打ってグラスのビールをあおった。当時の僕たちは瓶ビールを、お互いに注ぎあって飲むのにハマっていた。

 今から考えると、先輩は世間の何に対しても不満を持っていて、お酒の席では常に否定的なことを喋っていた。
 酔いがエスカレートすると突然、議論を吹っかけてきては論破しようとする癖が彼にはあって、僕はそれに辟易として距離をとった。
 ただ、「男ばっかりの職場はつまらない」という言葉だけは僕の中に残った。

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 久しぶりに会った友人から風俗の話が出てきて、少しだけ顔をしかめてしまった。

 僕が引っ越しをしてから友人との飲み方が変わった。以前までは仕事終わりに声をかけあって、手軽な居酒屋で飲んで解散だった。
 今は休みの日に昼から飲むとか、仕事終わりにしても店は最初から決めておく。飲み会が日常からイベントに変わった感じだった。

 そんな現状なので、友人の仕事終わりを待って向かった居酒屋は以前から目をつけていたお店だった。
 見つけた時は、友人ともうお腹もいっぱいに食べて飲んだ後で、終電も近づいていたこともあって、一杯だけ飲もうという感じでもなかった。

 時々店の佇まいだけで、ここは良いお店だと思うことがある。実際に良いお店だった場合もあるし、そうではない場合もある。
 僕の直感なんて大体においてあてにならない。
 からこそ、確かめにいきたいという気持ちが僕にはある。
 そんな訳で友人を半ば強引に居酒屋へと引っ張って来たのだった。

 お互いに近況を話している中で、友人が最近あったこととして「連れがナンパした女の子たちと焼き肉行くことになったから、行かない? って言ったから行ったんだよね」と話し出した。
 内容としては、焼き肉に行った子たちには奢るだけ奢って何のアプローチもできず、そのまま相席屋に行って、上手い出会いもなく、終電もなくなったのでカプセルホテルをとって一晩泊まり、朝いちばんの風俗へ行って帰った、というものだった。
「一日で四万近く使っちゃったよね」
「朝から風俗いくなって」
「そっちの方が安いんだよ」

 友人は僕より年上で、職場は男ばかりの男社会だった。
 周りの友人は結婚して子供がいるか、お金を稼いで遊びまわっているかのどちらかだった。
 友人は出会いが欲しいと動きつつ上手くいかず、たまにデートする女の子はいるが、お付き合いに発展する関係でもなかった。

 同世代の中で中間的な存在としているためか、彼は既婚者とも遊び人とも同等に連絡をとっている。
 そのうえ、僕のような奴ともお酒を飲んだりしているので、日々は充実している。主にアルコールによってだけれど。

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 三十代に入って改めて「男ばっかりの職場はつまらない」とは思わない。
 いろんな職場の形はあって、同性だけか異性がいるかで、つまらなさは測れないだろうと経験的に感じる。

 ただ、先輩が言った「話題が酒かギャンブルか風俗」なのも想像はつく。男同士だと、その手の話が盛り上がりがちだし、相手のパーソナルな部分に踏み込まずに済むので安全というのもある。
 実際、友人は職場でも風俗の話で盛り上がっているらしい。

 ちなみに、友人の職場は年上ばかりで基本的に彼が一番下の年齢になる。上司に可愛がられるために、あえて露悪的な振る舞いをするということは往々にしてある。
 僕もたまにする。
 同性の年上に呆れられながら、面倒を見てもらうような感じ。この空気感で僕は何度、夕飯やお酒を奢ってもらったか分からない。

 一つの処世術と言える立ち振る舞いなのかも知れない。
 もちろん、単純に友人が風俗が好きという可能性も全然ある。

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 僕がよく居酒屋の一つに、もう十年の付き合いになる店主の方がいる(日記を書いてた頃、この方を「館さん」と呼んでいた)。
 その方の話が僕は好きで最初は通っていて、途中からは友人たちを紹介していき、飲みに行くならそこへと言う感じになり、最近では常連の方たちとも仲良くなって、行けば知り合いのいる憩いの場となっている。

 僕が引っ越しをしてしまったので、最近は行けていないけれど、お店を経営されている以上は月一や半年に一回ほどの頻度でも通うつもりでいる。
 今回のエッセイを書いていて、そんな店主の話を一つ思い出した。

「昔はさ、よくクラブとか行ってね、いろんな女の子と遊んだりしてたんだよね。で、それを友達に喋って笑いをとったりしてたんだけど。いつしか、笑ってくれなくなったんだよね。その時に、あ、今俺よくない状態なんだなって思ったんだよね。連れが笑ってくれなくなったら自分を振り返った方がいいぞ」

 風俗へ行くようになった友人の話は、個人的にまだ笑えるし、面白い。ただ、彼が今より年を重ねていくことで、相席屋や風俗の話を僕は笑って聞けなくなる予感はある。
 これは話術と言うよりは彼の背景にあるもので、友人もあと数年で四十代へと突入してしまう。どんな人であれ、年相応の振る舞いをしてくれないと、少し痛々しい。

 当然、友人は四十を超えて相席屋や風俗に一層の磨きをかけ、それが俺の人生のライフワークなんだ、という開き直りを見せてくれるのであれば、別ステージへと駆け上がった感があって、笑える。
 そうなるのであれば、良いなと思う。

 もちろん、それとは関係なく恋人を作って、相席屋と風俗から距離をとった生活を始める、でも全然いい。
 彼の人生を僕はただ仲のいい飲み友達として見つめている。
 どんな選択を彼がしても、それは一人の大人の決断であって僕がとやかく言うことではない。

 ただ、横で見ている分に彼は危うく映ることが増えてきた。
 彼の近況を聞くたび、楽しく酒を飲んで笑える日々が今後も続くことを願っている。

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さとくら
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