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【小説】西日の中でワルツを踊れ⑲ 人殺しの「名前」をぼくは口にする。

前回

 運転席に山本が座り、ぼくと田宮は後部座席に並んで座った。田宮は、とりあえず町中を走れと山本に言った。
「分かりました」
 車が走り出してから、田宮は運転席を蹴った。
「おい、運転手。お前、なに者だよ? チャンさんと顔見知りみてぇだけどよぉ?」

 山本は何の動揺もなく返答を口にする。
「私は少し前まで中学校の校長をしておりました。なので、この町に残った元生徒の成長を地肌で感じており、顔も広いのです。チャンさんとは、うちの生徒が一度お世話になったことで知り合いました」
「シャイニー組と関わったってことかよ?」
「ええ」
 と、山本が簡単に頷くが、ぼくには話が見えてこない。
 田宮はそんなぼくに構わず話を続ける。

「シャイニー組では、人を調理する為のキッチンがあるって話を聞いたことがあんだけど、本当か?」
「私は存じ上げませんね」
「なら、シャイニー組は近くの病院から死体を買って、人体実験しているっつーのは?」
「知りませんね」
「使えねぇー」

 田宮は不満げに叫ぶと視線を窓の方へと移した。
 数秒の間を取った後に言った。
「田宮くん。状況の方を、ぼくがまったく把握してなくてさ。移動の最中に説明してもらっても良いかな?」
「あ? あぁ、そーか。お前、計画だけで現場に居なかったし、今回の件も完全ノータッチだったか。仕様がねぇな」
 彼の物言いに引っかかりがない訳ではなかった。
 しかし、現状、田宮の言葉の端々から意味を読み取れるほど、ぼくは情報を持ち得ていない。
 まずは彼の話を黙って聞く、それが最優先だった。

 田宮は不快だと言わんばかりの声で以下のようなことを語った。
 川島疾風との出会いは事故だった。
 疾風が車で田宮由紀夫がバイクの接触事故だった。
 事故による怪我はなかったが、田宮が乗ったバイクは壊れてしまった。

 田宮はバイクの修理費を求めたが、疾風は警察を呼ばなければ保険が下りない為に無理だと言った。しかし、田宮は警察を呼ぶと父に迷惑がかかると考え、それを却下した。
 というのも、以前、同じような事故を起こして父を呼んだところ、田宮はひどく面倒なペナルティを負わされてしまったのだった。
 田宮は父と警察を呼ぶことなく、川島疾風からバイクの修理費を払ってもらうつもりだったが、疾風は折れなかった。
 話し合いが膠着状態に陥り、業を煮やした田宮は友人を現場に呼んだ。
 その時、事故に遭ったことを伝えた為か、友人と共に田宮組の相談役でシャイニー組のヤガ・チャンも一緒だった。

 チャンが間に入り、話し合いが再開された時、中谷勇次が姿を現した。
 そして、当たり前みたいに啖呵を切った。
 田宮たちは喧嘩を売られたと分かった瞬間に、勇次を囲んで袋叩きにしようとした。
 複数人対一人。
 負けるはずがない喧嘩だった。しかし、結果だけを見れば中谷勇次は息を乱すことなく、田宮達を地面に倒し、川島疾風に文句を言い始めた。
 まるで殴った相手など、どうでもいいと言わんばかりの勇次の態度は田宮の癇に障った。
 田宮は彼らが去った後、倒れた仲間たちと共に報復の方法を相談した。

 その時に、お前(と、田宮はぼくを指差した)が、一つ提案をした。川島疾風と中谷勇次の共通の知人を拉致って、二人を呼び出してリンチにかけよう、という提案だった。
 彼らの共通の知人として候補に挙がったのが、川島疾風の彼女にして、中谷勇次の姉にあたる中谷優子だった。

 優子は町のスーパーマーケットで働いていると分かり、田宮はその日のうちに彼女を拉致し、ハメ撮り映像を撮って疾風と勇次に送りつける予定だった。
 拉致自体は拍子抜けするくらい簡単に成功した。問題はその後だった。
 ひと気のない場所へと車で移動している最中に、どこで話を聞きつけたのか、疾風に発見され追いかけられる羽目に陥った。
 車が向かった先は走り屋が好んで走る峠で、カーチェイスを繰り広げた結果、田宮達の乗っている車がガードレールを突き破り、崖へと車ごと転落した。

 崖に落ちた車から這い出た田宮は疾風と対峙した。疾風はあろうことか、田宮の顔を覚えていなかった。
 つい数時間前の揉め事を自動販売機で買った缶ジュースのごとく忘れている川島疾風の立ち振る舞いに田宮は腹が立って仕方がなかった。

 後で知ったことだが、川島疾風は以前やくざの運び屋をしていて、田宮組とは違う組との交流があった。
 だからだろう。疾風は尚も吠えて煽る田宮に銃を向け、躊躇なく引き金を引いた。
 弾は外れることなく、田宮の股間を正確に撃ち抜いた。
 その場にチャンが追い付いたことで疾風は捕えたが、チンコを使い物にできなくされた恨みは収まらなかった。
 だから疾風の弟分だと言う中谷勇次を殺す――。

「その為に、お前。手伝え、俺を馬鹿にした奴らは、全員まとめてぶっ殺す。全員だ、あの中華料理屋に居た眼鏡の餓鬼も含めて!」
 興奮して叫ぶ田宮を横に、ぼくは本当に嫌な気持ちになっていた。怒りや動揺で声が震えないように気をつけて口を開いた。
「じゃあ、川島疾風は今やくざに捕まっているってこと?」
「あ? んな訳ねぇだろ?」
 田宮が平然とした表情で言う。
「良いか? お前。滅茶苦茶、嫌いな奴っているだろ?」
 そう言われて浮かんだのは川田元幸だった。
 もちろん、田宮由紀夫も嫌いだ。
 けれど、紗雪のことを想うぼくにとって、この先どうしようもなく嫌ってしまうのは川田元幸だった。

「そーいう嫌いな奴を、お前どーするよ? 殺すだろ?」
 と、田宮は続けた。
「殺すほど物騒なことはしないよ」
「嘘つけ。警察に捕まるリスクがなく、誰にも咎められないなら殺すだろ? だって、相手は滅茶苦茶嫌いな奴なんだぜ?」
 田宮の物言いについて考える。
 嫌いだから死んで欲しい、というのは文言として通じるのだろうか?
 ぼくの曖昧な表情に気づいたのか、田宮が舌打ちをし
「分かった、分かった。おい、お前。嫌いな奴の名前、挙げてみろ。俺が殺してやるから」
 と言った。
「川田元幸……」
 零れるように彼の名前が出た。
 もし、田宮が本当に川田元幸を殺そうとするのだとすれば、それはつまり彼を見つけ出す、ということだ。
 ぼくが記憶を取り戻さなくとも、彼の居場所が分かるのだ、
 それは――

「あ? お前、なに自分の名前を言ってやがんだぁ?」

 は?

「なんだぁ、お前。自分が滅茶苦茶嫌いだから、殺してくれってかぁ? 詰まんねぇ上に滑ってんぞ」

 なに言ってんの? 
 なに言ってんの?
 なに言ってんの?

「っ……。なっ、……。ぁ、」

 声を出そうとしたが、上手くいかなかった。
 田宮由紀夫はなんと言った? 川田元幸が、ぼくの名前?
 はぁ?
 いや、でも、だけど――。
「た、田宮くん?」
「あ? どーしたよ?」
「ぼくの名前は?」
「は? 川田元幸だろ? お前、マジでなに言ってんだよ?」
「西野ナツキじゃなくて?」

 田宮が不可解そうに眉を寄せる。
「なんでお前が、あの人殺し野郎の名前を名乗んだよ?」
「はっ?」
 西野ナツキが人殺し?

つづく


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