New熟語譚23 席入臓(せきにゅうぞう)
漢和辞典を目をつぶって指さし、そこにあった漢字で新たな熟語を作ります。これは、その熟語を元にした、短いおはなしです。
席入臓
なんだか胃がポコンポコンする。痛いわけじゃない。ムカムカするのとも違うし、胃もたれもない。ただ、内側からつつかれるように、ポコンポコンするのだった。
僕は消化器内科に行った。こんな聞いたこともない症状、先生に説明したって、きっとわかってくれないだろう。そう思って行ったのだが、僕が「ポコンポコンするんです」と言ったとたん、先生の目が輝いて、「ほう」と前のめりになった。
「さっそく明日検査してみましょう」先生はそう言って、カルテにシュシュシュと、何かを書いた。
次の日、胃カメラの検査が終わった僕は、検査の結果をドキドキしながら待った。
「どうぞ」と言われて診察室に入ると、先生が、にこにこした顔で待っていた。どうやら、そんなに深刻な病状じゃないらしい。
「見てみたんですけどね。座布団が、一枚ありましたよ」
僕は麻酔で頭がぼっーとしていたので、先生が何のことを言っているのか、わからなかった。
「毎日必ず食べてるものはありますか」普通の質問が来た。さっきのは、聞き間違いだったのだろう。
「はい。黒豆です。毎日一粒づつ、食べるようにしているんです」
「その黒豆のね、特等席なんですね、この座布団は」
やっぱり、意味がわからない。
「先生、どういうことですか?どこに座布団があるって言うんです?」
「もちろん、君の胃の中です。この座布団はね、野菜の繊維でできているんだよ。編み込んだんだね。」
「誰がです?」
「それは、君じゃないとわからないなぁ」
「えっ?」
「きみ、なんで毎日黒豆食べてるの?」
「それは……おばあちゃんが作ってくれたおせちの黒豆が、忘れられなくって……」こんな個人的な話を、消化器内科の先生に話すなんて、どうなんだろうと思ったが、先生がいちいち「うん、うん」と、キラキラした目で相づちをうってくれるので、僕は話さずにはいられなくなった。
「僕、その、おばあちゃんには、人生で、一回しか会ったことないんです。お正月に、おばあちゃんのうちに行っても、会えたことがなくって。でも、5才のお正月の時に、初めて会えたんです。そしたら、黒豆を出してくれて、それが、ふっくらしておいしくて、忘れられない味になったんです。」
「だから、黒豆を、毎日食べているんだね」
「はい」
「そのおばあちゃんだがね、黒豆に、毎日乗り移ってるよ」
「えっ?!」
「君が毎日食べている黒豆にね。そして、君の胃の中に入って、座布団に座って、胃の中に落ちてくる食べ物を、お茶を飲みながら見物しているのさ。きみ、黒豆は、いつ食べてるの?」
「食前です」
「やっぱりね。落ちてくる食べ物を全部見届けたら、自分が最後に消化されて行くんだ。」
「そうだったんですね」
「それで、あの、ポコンポコンだがね」
「あ、はい」
そうだった。なんで病院に来たのか、忘れる所だった。
「きっと、何か胃に悪いものを食べているんだろう。おばあちゃんが毎日チェックして、悪いものばかり食べていると、お腹の中でジャンプして、君に知らせているんだよ」
「悪いもの……」
僕は昨日の献立を思い出していた。
「あ、辛いもの食べました」
そして、おとついは、しょっぱいものを食べ、その前の日は、甘いものを大量に食べていた。
そうなんだ。
「だったら、直接教えてくれたら良いのに……」
「あら、君のおばあさんって……」
「はい。生きてます。会えてないだけで」
僕は家に帰ると、おばあちゃんに電話をした。
「おばあちゃん。黒豆に、乗り移ってたの?」
「あ?」
「病院の先生に、言われたんだよ」
「あは〜は。おまえが胃に悪いものばっか食べてるからよ」
「だったら直接言ってよ。お腹がポコンポコンして大変だったんだよ」
「黒豆になると、体が思うように動くから、楽しくてね」
「今度からは、はねまわらないでよね!」
「あ〜あ、わかったわかった。だけどあの席は取っといてくれよ。たいしてあんばい良いんだから」
僕は、それから、毎日食事に気をつけるようになった。だっておばあちゃんが胃の中で、座布団に座って、見ているんだもの。
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席入臓(せきにゅうぞう)・・・知らない内に、見守られていること。
※このことばは造語です。間違って使わないように、お気をつけください。