映画『インソムニア』(2002年)【ネタバレ有】2人のドーマー
2002年に公開されたサスペンス映画『インソムニア』。派手なアクションやとんでもない展開が盛りだくさん! ……という訳ではありません。白夜の明るい舞台とは反対に、静かに侵食してくるような心の中の闇を描いた本作。
一度見ただけで、観客の心を掴んでしまうようなドラマが魅力的です。
どうしてもネタバレありのレビューがしたくなったので、お付き合いください。
※ネタバレ有りの記事です
【考察①】エリーと重なる、若い日のドーマー
ドーマーはエリーを昔の自分と重ねています。勤勉でドーマーの書いた本から知識と刑事の心を学ぶエリー。彼女はまさに、「罪」を犯す前のドーマーなのです。
エリーはハップの事件の報告書をまとめます。実際に現場検証も行って、同僚にハップ役をしてもらって……そこでエリーは違和感を覚えます。その勘の良さや着眼点はまさにドーマーです。
最初は、「殺人犯がハップを殺した」という報告書をエリーは提出しました。ここで気になるのがドーマーの行動。自分に都合が良い報告書であるにも関わらず、彼は「監督官」の欄にサインせずに突き返します。
自分は「監督官」に相応しくないという良心によるものなのか。
もう一度見直してもらって、気付かれれば逮捕。気付かれなければ、このまま逃げてしまおう……と、神に判断をゆだねたのか。
彼女は優秀だから事件の真相に辿り着くだろう、と確信していたのかもしれません。
ドーマーは、自分を捕まえてほしかったのかも。
もしくは、彼女の前では「刑事」でいたかったのかもしれません。
「嘘」をつかない、「正しい」刑事に……。
もう一度捜査して、正しい犯人に辿り着け、と。
その結果、エリーはこの事件の違和感の正体に気付きます。
殺人犯に辿り着けたのは、ドーマーとエリーだけ、というのも興味深いところ。
エリーはどんどんドーマーに似ていくのです。そんな彼女が最後にとる行動は……。
【考察②】あの頃に戻れたなら
エリーはドーマーのために証拠を隠滅しようとします。その時にドーマーがやったこと。それは、エリーの証拠隠滅を止める、ということでした。これが表ざたになったら、自分が有罪にした人間が釈放されるかもしれない。それでも、ドーマーはエリーを止めるのです。
「嘘」の結果、何が起きるのか、ドーマーは知っているからです。少年を誘拐、レイプ、拷問した犯罪者を捕まえるためにやった「嘘」。元々は正義感からきた「嘘」でした。しかし、その後はその嘘を隠すための「嘘」、保身に走った「嘘」。自分のための大きな「嘘」と「罪」が待っていました。どんなに「正しい」としても「嘘」は作るべきではなかったのです。あの時、あの行動をしなければ。不眠と致命傷で朦朧とする意識の中でドーマーが取った行動は、「正しい」としても「嘘」をつくのはやめろ、と止めることでした。
自分のために「嘘」をつくのを止めて、目の前の犯罪者の狂気にまっすぐ向き合い、本当にするべきことをする。
終盤の戦い・展開は、ドーマーが嘘をつく前のドーマーに戻ったことを表しているよう。
嘘をつき続けるフィンチ、嘘をつくのを止めると決めたドーマー。最後の戦いは、心の中の葛藤そのものを表しているようで、とても興味深いです。まるで心の中の、天使と悪魔。最後に残ったのは、嘘をつかないと決心した「良心」、天使でした。
その残った良心で、エリーの「嘘」を止めます。
エリーを正しい道に導くこと。これはドーマーの後悔と反省、救いでもあったのかもしれません。もしあの頃に戻れたら……。
まとめ
ドーマーの後悔、そして救い。ドーマーの死によって、ドーマーのように優秀で、ドーマーと違って「正しい」刑事が生まれました。
そんなストーリーの演出が美しくて、私は大好きです。
クリストファー・ノーラン監督らしい演出・仕掛けが魅力的な本作。終わってからも観客の心を掴んで離さない作品はやはり魅力的です。
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