風力発電施設から発生する低周波音という課題
将来にわたり持続可能な社会をめざした再生可能エネルギーのビジネスが増えてきており、その一つが風力発電です。
音は、スペクトラム(連続体)を持っており、私たちの耳で感知できる範囲はその中のごく一部に過ぎません。現在、世界のいくつかの国では、音響スペクトラムの中でも特に低周波音、特に超低周波音が健康に与える影響について研究が進められています。これらは耳には聞こえませんが、身体に異常を引き起こす可能性がある音波です。
音響スペクトラム
音響スペクトラムは大まかに「超低周波音」「可聴音」「超音波」に分類されており、放射線に比べて細かい区分がされていません。このため、どの周波数がどのような健康リスクを引き起こすのかを科学者が特定するのは非常に困難です。
音は物理的に圧力波であり、空気中を伝わるこの波が私たちの耳に届き、音として認識されます。音の波は2つの重要な要素、振幅(音圧)と周波数によって特徴づけられます。振幅は音の大きさを、周波数は音の高さを表します。たとえば、赤ちゃんの泣き声は3000〜3500ヘルツの範囲ですが、これに対して超低周波音は20ヘルツ以下、場合によっては1ヘルツにもなることがあります。これらの超低周波音は、建物や地面を通過します。建物内でもその影響を感じる理由は、波長が非常に長いためです。超低周波音は通常、数十メートルから数百メートルという長い波長を持ちます。このため、通常の音波とは異なり、壁や障害物を容易に透過し、減衰しにくい性質があります。さらに、固体である地面や建物の構造物自体が振動を伝える媒体となり、建物内部まで超低周波音が伝わるのです。
また、低周波音は人体にも影響を及ぼすことがあり、特に閉鎖された空間内では共鳴現象が起こりやすいため、建物内でも影響が強く感じられることがあります。これらの性質により、超低周波音は音として聞こえにくい場合でも、振動や圧力変動として感じ取られることが多いです。
聴覚外の健康リスク:1960年代以降の発見
歴史的に見ると、音響に関する研究は主に聴覚保護に焦点を当てて行われてきました。騒音による耳へのダメージを防ぐための規制が定められ、デシベルA(dBA)という単位が導入されました。しかし、dBAは人間が聞き取れる範囲、つまり800〜7000ヘルツの間での音の強さを測るために設計されたものであり、低周波音の影響を正確に評価するには不十分です。たとえば、10ヘルツの超低周波音では、実際の音圧とdBAで測定された値に70デシベルもの差が生じることが知られています。
風力発電所の周辺では、このdBAで測定できない低周波音がしばしば発生しています。これにより、dBAで規定される騒音の許容基準が現実を反映していないことが明らかになっています。風力発電所から発生する超低周波音は、自然界の音とは異なり、パルス状の強いピークを持つ特徴があり、これは機械音特有のものです。
超低周波音と風力発電
風力発電が健康に与える影響は、これまでほとんど考慮されてきませんでした。なぜなら、超低周波音は聴覚では感知できないため、問題として認識されにくかったからです。しかし、1960年代に入ると、アメリカのアポロ計画やソ連の宇宙計画の一環として、超低周波音が健康に与える影響が研究され始めました。1973年にはフランス国立研究センターがこの問題に関する国際会議を開催し、その後も多くの研究が続けられています。
ドイツの研究では、超低周波音が耳ではなく脳で処理されることが明らかになり、聴覚以外の部分に影響を及ぼす可能性が高まっています。また、低周波音は壁や地面を通り抜けやすく、室内でも強く感じることがあります。そのため、風力発電所周辺で生活する住民の間で、睡眠障害や頭痛、めまいなどの健康被害が報告されています。
実例:風力発電と健康被害
デンマークやドイツ、スコットランドなどの風力発電所周辺に住む住民からは、低周波音にさらされることで不眠や頭痛、耳鳴り、めまいといった症状が訴えられています。スコットランドでは、2021年に低周波音の測定器を設置した家庭で、住民が日記をつけた結果、耳の痛みや吐き気、めまいといった症状が頻繁に記録されました。これは、単なる騒音被害を超えた深刻な健康問題であることを示唆しています。
さらに、動物に対する影響も無視できません。ある研究所で行われた実験では、低周波音にさらされた状態で生まれたマウスの足が奇形を示した例が報告されています。また、ベルギーの研究では、2006年から2017年の間に洋上風力発電所の周辺で漁業活動や漁獲量が減少したことが報告されています。風力発電の建設時に発生する低周波音が魚をその地域から遠ざけるため、このような減少が起こると考えられています。
ノルウェーの水産局の報告によれば、一部の地域では風力発電所が漁業に深刻な影響を与え、特に小型漁船(15メートル未満)が活動できる場所が制限されていることが確認されています。このため、漁獲量や漁業収入に悪影響が出ているとのことです。
風力発電が生み出す超低周波音の人体への影響
ドイツの医師で科学作家のウルスラ・ベルト=スタック博士は、風力発電が生み出す超低周波音が人体に多大なストレスを与える可能性があると報告しています。特に、超低周波音が血管内の内皮細胞に悪影響を及ぼし、微小循環(細い毛細血管内の血液循環)に対するストレスが懸念されています。内皮細胞は血圧の調整や炎症の抑制など多くの重要な機能を持っており、超低周波音の曝露によって内皮細胞の腫れや細胞膜の損傷が引き起こされる可能性が確認されています。
スタック博士の研究によると、風力タービンが大型化するにつれて、より低い周波数の音波が発生し、その結果、周囲の住民や動物が影響を受けやすくなっていると指摘されています。特に動物においては、ストレス反応や行動の変化が報告されており、風力発電所付近での生息地回避行動や繁殖への影響が懸念されています。
フィンランド政府が資金提供を行った研究でも、風力発電所の超低周波音が健康に与える影響が調査されています。風力発電所付近に住む人々の中には、超低周波音に関連すると思われる症状が多く報告されており、原因と結果の関連性を解明するためにさらなる研究が必要とされています。
カナダでも、風力発電所の近隣住民から「風力発電症候群」と呼ばれる症状が報告されています。これには、頭痛、めまい、耳圧、心拍異常、睡眠障害などが含まれ、これらの症状が風力発電所によって発生する低周波音や超低周波音と関連している可能性が示唆されています。
健康リスクと予防原則
超低周波音の影響が完全に解明されていない現状では、予防原則に基づいた行動が求められます。科学的な証拠が十分でなくとも、潜在的なリスクがある場合には予防的な措置を講じるべきです。過去の公害事件、特に水俣病のような例では、早期に対策を講じなかったことが被害を拡大させました。同様に、風力発電による超低周波音の影響についても、早期の対策が求められています。
日本における風力発電の課題、陸からの距離について
欧州では、風力発電所は陸から20〜30キロメートル離れた沖合に設置されることが一般的です。例えば、ドイツの北海沿岸に設置されている洋上風力発電所では、陸地からおよそ30キロメートル以上離れた場所にタービンが設置されています。台湾では2023年に「Hai Long Offshore Wind Farm」という1,022メガワット規模の洋上風力発電プロジェクトをスタートしています。これは、陸地から約50〜70キロメートル離れた沖合に位置しています。これは、洋上風力発電において、遠浅の海域を活用し、風況が良い場所を選定しており、景観や騒音の影響を最小限に抑えています。これらは、住民や漁業への影響を最小限に抑える配慮がされているように思います。
しかしながら、日本では海岸からわずか2〜5キロメートルの距離で風力発電所が設置されることが多く、例えば、秋田県の能代港沖や由利本荘沖、千葉県の銚子沖などがその典型です。これにより、住民が低周波音の影響をより強く受ける可能性が懸念されています。
秋田県・能代港沖:陸地から約2〜5キロ。
秋田県・由利本荘沖:近距離の洋上風力発電所。
千葉県・銚子沖:陸地から約3〜4キロ。
福島県・いわき沖:陸から10キロ以内。
山形県・酒田沖:陸から数キロの範囲に設置。
北海道・苫小牧沖:陸地から約2〜5キロ。
神奈川県・湘南沖:陸地から約5キロ。などです。
上記のように、多くのプロジェクトが漁業地域の近くに設置されるため、漁獲量や漁業活動への影響が指摘されています。特に、建設時の騒音や振動、タービンの動作音が近隣に住む人ばかりでなく、魚にもストレスを与え、漁場から魚が遠ざかる可能性があります。
吹上浜沖で大規模な洋上風力発電計画が進行中で、100基から150基の風力発電機が設置される予定です。洋上風力発電所は、沿岸の生態系や人間の活動から遠いところに設置できるのがメリットですが、今回の計画は洋上5kmということで、あまりに沿岸に近すぎる点が問題です。吹上浜沖の風力発電施設事業実施想定区域からは、15km圏内に住居、市役所、公民館、小・中学校・児童福祉施設、医療・高齢者福祉施設等を含む生活・住環境が集中しており、周波音による健康被害が懸念されます。これにより数万人の住民が低周波音にさらされる可能性があり、特に睡眠障害や頭痛といった健康リスクの増加が懸念されています。
風力発電先進国のフィンランドでは、疫学調査で風力発電から発生する低周波音パルスがほとんどあらゆる条件下で伝播するため、検出される代表的な距離は15~20㎞であることがわかっています。アメリカの研究でも、低周波音は、有利な条件下では風力発電から90㎞も伝播するそうです。身体症状へのネガティブな問題は、発電所からの距離15~20㎞で顕著に減少するようです。
日本における風力発電に特有の懸念事項
さらに、日本における風力発電の際には、特有の地理的・気候的要因が追加の懸念として挙げられます。日本では、湿度や地形の影響により、雲が低い傾向があります。特に、温暖で湿潤な気候が雲の形成を促進し、ヨーロッパよりも低い位置に雲が発生しやすくなります。例えば、ドイツと日本を比較してみると、日本は標高1,000~2,000メートルの低層雲が多いです。一方、ドイツはより乾燥した大陸性気候が支配的で、雲が高い傾向があり、2,000~3,000メートルの高度に雲が発生しやすいです。
雲が低いため、日本では雷が風力発電施設に落ちやすい可能性があります。風力発電タービンは高所に設置されているため、雷に打たれた場合のタービンの損傷やメンテナンスコストも課題です。
また、日本の海底地形は急峻で、ヨーロッパのように遠浅な海域が少ないため、風力発電所が陸地から近い場所に設置される傾向があります。例えば、秋田県や千葉県のプロジェクトでは、海岸から数キロメートルの近距離で設置されています。これにより、風力発電所からの超低周波音や振動が近隣住民や漁業に与える影響が強まる可能性があり、漁獲量の減少や魚の移動パターンの変化が懸念されています。
さらに、景観への影響も問題となる可能性があります。陸に近い距離に設置された風力タービンは、海岸からの景観を損なうだけでなく、建設時の騒音や振動が住民や観光業に与える影響が指摘されています。ヨーロッパでは訴訟問題にまで発展した事例もあるため、日本でも慎重な対策が求められます。
風力発電とSDGs:再考の必要性
風力発電は再生可能エネルギーとして環境に優しいエネルギー源として推進されていますが、低周波音の健康リスクが十分に理解されていない現状では、その導入には慎重な検討が必要です。SDGs(持続可能な開発目標)には「誰一人置き去りにしない」という理念が掲げられていますが、風力発電による低周波音の影響を考えると、この理念に反している可能性があります。
欧州委員会が開催した会議でも、洋上風力発電が新たな環境問題を引き起こしている可能性が議論されました。オランダやアイルランド、フランスでは漁業従事者が風力発電に反対するデモを行っており、漁業への影響が懸念されています。日本でも、今後風力発電を推進する際には、こうした国際的な課題から学ぶことが重要です。
健康リスクと風力発電の未来
風力発電は、地球温暖化の対策として重要な役割を担っていますが、風力発電は再生可能エネルギーの中でも発電量が低く、メンテナンスコストを考えるとコストパフォーマンスが悪いように思います。乱開発するのではなく、超低周波音による健康リスクにも目を向ける必要があります。再生可能エネルギーの開発と健康リスク、生物多様性のバランスをどのように取るかが、今後の風力発電の発展において重要な課題となるでしょう。
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