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ラブホの悲劇

 その二人は、かなりあせったと思う。まさか、ラブホの周りが、これほどの人であふれていようとは、夢にも思わなかったに違いない。

 その日その時、埼玉スタジアムの周辺は、サッカーの試合が終わり、大勢おおぜいのサポーターたちが帰宅のについていた。浦和レッズが勝利し、帰る人びとの表情が明るかったことを覚えている。

 この帰宅の流れは、大きく分けて三つある。

 ひとつは、埼玉高速鉄道の浦和美園うらわみその駅に向かう列である。スタジアムと浦和美園駅の間は、約ひと駅分の距離があり、帰途につく人びとによる長蛇ちょうだの列が続く。五万人が入ると予想されるときは、混乱を防ぐためのDJポリスが出没しゅつぼつすることもある。

 二つ目は自転車やバイクで帰る人びとである。このスタジアムには、専用の無料駐輪場がある。わりとスタジアムの近くまで入れるので、近隣きんりんの人びとを中心に利用者が多い。試合が始まる前や終わった後は、周辺道路に赤いウェアをまとった人が、列をして走るすがたを見ることができる。

 そして三つめが、民間駐車場を利用する人びとである。試合時の埼玉スタジアムには、一般の駐車場は用意されていない。そのため、家族連れを中心に周辺の民間駐車場が利用されている。


埼玉スタジアム周辺の地図

 この民間駐車場、埼玉スタジアムから東北自動車道をはさんだ対面に多く存在している。そのため、試合終了後の駐車場利用者は、東北自動車場にかかる橋をわたり、見沼みぬま田んぼがある側に流れてくるのだ。

かのラブホは、その真っ只中にあった。

ラブホ

 その日、ラブホの周りには、老若男女ろうにゃくなんにょが家路を急いでいた、道幅は狭く、まるで混雑した縁日という感じであり、ぼくもその中にいた。

 ふとラブホ入り口あたりをみると、一台の黒いBMWが、あふれる人をかき分けるようにゆっくりと出てきた。そして、もどかし気に人をかき分け、ぼくのいるほうへ近づいてきた。

 あちゃ~。大変なときに楽しいひとときを過ごしたものだと、多少のシンパシーを感じながらも、ぼくは興味津々きょうみしんしん近づく車を待ち構えた。

 だが、どうも様子がおかしい。運転する男の姿は見えるのだが、助手席に人の気配がないのだ。

「何か変だな」

 一般的なラブホは、男女が楽しむ場である。ゆえに、男ひとりでラブホに入らない。

 いぶかりつつも近づく車を見ていると・・・。ははーん、そう言うことだったのかと得心した。助手席にひとはいたのだ。シートバックが倒れ、顔にハンカチをかけ、仰向あおむけにかくれた女が。

 BMWはぼくの横を過ぎると、国道一二二号線(埼玉ではワンツーツーと言う)へ姿を消した。

 この二人は、かなりの長時間を費やし、たのしい世界の楽しんだのだろう。埼玉スタジアムでサッカーの試合が行われる日は、朝早くから良い席を確保する人であふれる。だから、試合がある日は雰囲気でわかるはずだ。

 そう考えると、ホテルに入ったのは、今日ではあるまい。おそらく、まだ埼玉スタジアムの周りが閑散かんさんとしていた、昨夜のうちにチェックインしたに違いない。

 さらにいえば・・・。

 午後にホテルの窓から外を見れば、埼玉スタジアムで試合があることはわかったはずだ。それにも関わらず午後まではげみ、人混みの中ホテルを後にしなければならなかったのは、それなりの事情があったのだろう。

 もしかしたら不倫ふりんの最中で、この時間に家路を急がないと、やばいことになるから、強行突破きょうこうとっぱしたのかもしれない。

 まあ、そんなゲスのかんぐりをしながら、ぼくも家路を急いだ。

おわり



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