九条館の香る縁側
2006年(平成18年)の晩秋、上野の東京国立博物館で「北斎展」が開催されました。
かの有名な富嶽三十六景や北斎漫画など、ほとんどの作品が一堂に会した展示会で、充実した時間を過ごすことができました。
そのなかで、特に感銘をうけたのが、実際に見ることはできない視点で描かれている、さまざまな版画や絵画なんです。
葛飾北斎という人は、景色を俯瞰する眼を持ち、もっとも対象物が映えるように、構図を考えていたんだと思いました。
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その帰り、同じ敷地内にある庭園に立ち寄ってみました。
訪れる人が少ないせいでしょうか、博物館の喧噪とは好対照な、静かな時間が流れていました。
ここに、九条館という建物があります。京都御所内の九条邸が東京の赤坂に移築され、さらに博物館の庭園にもってこられたそうです。
当主の居室として使われていたというだけあり、すこぶる立派で重厚感のあるたたずまいです。
床張付などに狩野派の筆と伝えられる楼閣山水が描かれ、欄間にはカリンの一枚板に藤花菱が透かし彫りされるなど、木造平屋建ての昔懐かしい雰囲気を醸しだしています。
ぼくは懐かしい感覚を抱きながら、縁側の見えるその建物に近づきました。
そして、なにを思ったのか縁側に鼻を近づけみました。
すると、その木目から芳しい香りがしたのです。
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この九条館、ときどき香道の会が開かれるそうです。
その香りが縁側の床に染みついたのでしょうか?
実に不思議な感じがしました。香りは、白檀や沈香のように、少し甘みを感じつつも、スッキリとしたものでした。
あいにくご担当に方がいなかったので、事情を聞くことが出来なかったのですが、ちょっと気になるできごとでした。
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ところで、人間の五感のうち「見る」「聞く」「味わう」というのは、特別失礼なことではありませんが、「触る」と「嗅ぐ」は、時と場合を選ばないと、礼を失する可能性があります。
まあ、あからさまに他人の身体に鼻を近づけ、くんくんと臭いを嗅ぐことは無いにしろ、縁側の床に鼻を近づけている姿は、ちょっと異様に写るかもしれませんね。
誤解されないように、注意しながら、みなさんも香り探しを楽しんでみてはいかがでしょうか?
・・・おわり