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九条館の香る縁側

2006年(平成18年)の晩秋、上野の東京国立博物館で「北斎展」が開催されました。

かの有名な富嶽三十六景や北斎漫画など、ほとんどの作品が一堂に会した展示会で、充実した時間を過ごすことができました。

北斎展の冊子

そのなかで、特に感銘をうけたのが、実際に見ることはできない視点で描かれている、さまざまな版画や絵画なんです。

葛飾北斎という人は、景色を俯瞰ふかんする眼を持ち、もっとも対象物が映えるように、構図を考えていたんだと思いました。

     ☆     ☆     ☆

その帰り、同じ敷地内にある庭園に立ち寄ってみました。

訪れる人が少ないせいでしょうか、博物館の喧噪けんそうとは好対照な、静かな時間が流れていました。

ここに、九条館くじょうかんという建物があります。京都御所内の九条邸が東京の赤坂に移築され、さらに博物館の庭園にもってこられたそうです。

当主の居室として使われていたというだけあり、すこぶる立派で重厚感のあるたたずまいです。

床張付などに狩野派の筆と伝えられる楼閣山水ろうかくさんすいが描かれ、欄間らんまにはカリンの一枚板に藤花菱ふじはなびしが透かし彫りされるなど、木造平屋建ての昔懐かしい雰囲気を醸しだしています。

ぼくは懐かしい感覚を抱きながら、縁側の見えるその建物に近づきました。

そして、なにを思ったのか縁側に鼻を近づけみました。

すると、その木目からかぐわしい香りがしたのです。

     ☆     ☆     ☆

この九条館、ときどき香道の会が開かれるそうです。

その香りが縁側の床に染みついたのでしょうか?

実に不思議な感じがしました。香りは、白檀びゃくだん沈香じんこうのように、少し甘みを感じつつも、スッキリとしたものでした。

あいにくご担当に方がいなかったので、事情を聞くことが出来なかったのですが、ちょっと気になるできごとでした。

     ☆     ☆     ☆

ところで、人間の五感のうち「見る」「聞く」「味わう」というのは、特別失礼なことではありませんが、「触る」と「嗅ぐ」は、時と場合を選ばないと、礼を失する可能性があります。

まあ、あからさまに他人の身体からだに鼻を近づけ、くんくんと臭いを嗅ぐことは無いにしろ、縁側の床に鼻を近づけている姿は、ちょっと異様に写るかもしれませんね。

誤解されないように、注意しながら、みなさんも香り探しを楽しんでみてはいかがでしょうか?

・・・おわり


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