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ポートレートを撮る時に考えていたことの一例②
新年一発目に去年の夏の話をします。今年の目標?そんなの「ペットボトルを溜めない」一択に決まってるじゃない。
四六時中白黒を撮りたい、白黒を撮りたい、と言っている私の公式ラインに「白黒で撮ってみたい」という問い合わせがきた。撮りたいものは言っておくに限る。
依頼文の内容はこうだった。
「乳癌の手術跡を撮ってほしい。ネガティブでも性的でもないイメージで、頑張った自分の身体を残しておきたい」
うん、なんか、私に来るべきして来た依頼だな、と思う。ようこそいらっしゃい。
肌を露出する撮影になるため、撮れるスタジオが限られてしまうということを最初に話し、それで良ければという説明をした上で打ち合わせに進む。
まずは「私が白黒白黒言ってるからって、白黒にこだわらなくてもいいんじゃないか?」というところから話を進めてみるが、そこはむしろ私が白黒白黒言ってたから「白黒いいな」「白黒で何を撮りたいかな」「手術跡かな」「白黒なら生々しくならないかな」「頑張ったしな」という経緯があったらしく、それなら白黒のままでいこう、とまとまった。
その他「性的なイメージにしたくない」という要望以外に何か思いはあるか聞いたところ
「自分の身体は他人にとって沢山あるもののひとつでしかないと客観視できるようになった。恥ずかしいという気持ちが小さくなった」
「頑張ったのは私もだけど、先生方や看護師さん放射線技師さんの思いも忘れたくない」
とのことだった。
役者さんとのことで、HPからプロフィール写真を見せてもらえた。その上で、具体的な撮り方の提案をする。以下、提案を原文のまま転載。長いので画像で。
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長いんだけど、他人の尊厳を預かる撮影なんだから要るよこれくらい。
これに対し、このような返信がきた。
「あっけらかんとしたイメージは合ってるが、笑顔ありきはちょっと違うかもしれない。喜怒哀楽の楽は、「楽しい」というより「解放された」という感じの方が実感がある」
これ、これが事前打ち合わせの醍醐味だと思う。当日撮る前に喋るだけだと、微妙な解釈不一致のまま撮り始めてしまう恐れがある。お客様はみんな「写真のことは分からないからお任せ」と言われることが多いのだが、「お任せ」でも発言権、拒否権はあるのだ。意見を言ってくれないと、「自分の写真だという自覚がないのかな」と感じることもあるので、何か思ったらガンガン言って頂きたいのだが、対面だとなかなか言えないこともあるかと思う。文字なら比較的言いやすいんじゃないかな、と思うので、事前打ち合わせで話せることは話しておきたい。
お客さんからの意見から
「ネガティブじゃない」≠「ポジティブ」
「ネガティブじゃない」=「フラット」
という解釈を得て、更に打ち合わせは進む。
お客さんからも「布一枚の写真があってもいいかも」「右の背中側はぜひ撮ってほしい」などの意見が出る。並行して露出OKのスタジオを探したり、衣装や布の色味を確認したりしながら、着々と具体的なイメージが出来上がっていき、あっという間に撮影当日。
お会いしたお客さんは本当にあっけらかんとした方で、「癌」という悲壮な言葉と到底結び付かなかった。撮影中、ずっと手術跡を見ていたにも関わらず、私は一瞬たりとも同情のような感情を持たなかったと思う。だからと言って、強い人とも思う訳でもなく。
「フラット」がキーワードであるため、ライティングも極力フラットにした。ただ、ぼんやりした写真にはしたくなかったので、体の立体感は殺さない程度の光を作った。スタジオのストロボが知らないメーカーでアワアワしたので、もう本当にストロボはコメットで統一してほしい。独禁法なんて知るもんか。
花を使いたい、という私の案も採用されていて、時期的に難しいにも関わらず、咲いているユリを用意して頂いた。想定より遥かに立派なユリに、どこにどう置いたらいいか戸惑う私。この時点でアワアワしかしていない。
役者さんであるため、表情は指示しなかったが、ポージングと立ち位置だけは指示させてもらい撮影開始。まずはシャツの衣装から。
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思った以上に立派なユリなのが分かって頂けるかと思う。あと、思った以上にあっけらかんとしてていい。
続いて布1枚の写真。
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「あぁ、今日はこれを撮りにきたな」と思える写真。
過去に幾度となく言っているのであるが、私はカメラマンであるくせにヌード写真というものが苦手で、みんながみんな裸を喜ぶと思うなよ、という人間なのであるが、この写真を撮ってる間、あまり「ヌードを撮ってる」という実感がなかった。この写真以外にも、なかなか露出した写真も撮っているのであるが、ヌード写真をうっかり見てしまった時の「うわぁ」感はなく、ほぼ平常心と変わりなかった。
お客さんからも
「性的な感じは一切しない」
というお言葉を頂き、問題なく撮影は終了。「落語ってトリガーがなくていいよね」という気楽な会話をしながら撤収。この気楽な会話が撮影前にできなくてどうする俺、と毎回思う。
コントラストに頼れなかった分、現像が一番難しかった気がする。ユリとお客さんの存在感を対等にする具合を掴むのになかなか苦労した。現像してる間は本当に1人だし、自分すら信用できなくなることすらあるんだけど、その話をここでするべきじゃないと思うくらいの自制心はある。仕上げは背景の汚れだけを修整、納品。
非常に喜んで頂き、SNSにも使ってくれたりしたのを見届けて終了。他人に対する承認欲求としてではなく、自分で自分を認めたことを表現し記録するという、良い写真の使われ方だったと思う。全ての写真がこうあってほしい。
以上でした。