探索と知覚学習
天気の良い土曜日
人がいない場所を探し,近場の海で磯遊び
エビとカニを捕まえることができ,生き物との触れ合いを楽しみました.
生き物を探すために石を動かし,砂をほってみたり...
娘は生き物を探すという目的のために,
海水と砂,石などとの周囲との関係をとりながら,そのような特定の行為を発見し,
おもちゃの熊手などのツールを使用します.
そのような行為の背景には,探索的な体験そのものを楽しんでいるということがあるかと思います.
今回は,探索活動について考えさせてくれる論文を紹介します.
Hacques G, Komar J, Dicks M, Seifert L: Exploring to learn and learning to explore. Psychological Research. 2021; 85(4): 1367-1379.
この論文では,生態心理学の分野から探索活動が知覚と行為にどのように貢献しているのかについて,焦点が当てられています.
探索とは
探索の定義は,行為者が環境との相互交流において,
持続的かつ能動的に環境から知覚情報を抽出し,行為を制御する過程とされます.
ここで言う知覚情報とは,行為者と環境との関係を特定する情報群(環境や課題固有の性質,アフォーダンス)であり,環境と相互交流する行為者の運動によって次第に構造化されていきます.
つまり,行為者が環境に働きかける能動的な運動によって環境の情報群を収集し,抽出された情報に基づいて行為が制御されているという関係を知覚情報が支えています.
探索とは知覚情報を取り込む活動そのものです.
GibsonとReedの理論に基づく探索活動
「今,実行している行為」そのものとは区別して,
「実行している行為の制御に利用されるために必要な情報を収集する行為」であるとしています.
今回の磯遊びで言えば,
今,実行している行為は生き物が潜んでいないかと石を動かすという行為,
探索活動は想像よりも石が重たくて,石を動かすための操作を変更する,もしくは別の石に手を伸ばすといったものです.
このように区別するということは,探索活動が実際の行為に先行し,情報を収集するための過程であるとみなされるからです.
Gibsonは,
知覚は受動的な感覚ユニットではなく,知覚システムとしての活動に依存する能動的な過程であると提案し,「知覚システムにおける探索活動」と「行為システムによって実行された活動」を区別しました.
さらにReedは,
「探索活動は情報を収集するために環境を精査することを目的とした行為」であり,「実行される行為とは環境にある対象を変化させる行為」であると提案しました.
この区別の仕方は,移動中に歩行という制御と他者と会話しながら,もしくは道端に咲いている花に手を伸ばしていくといった他の活動を開始することが可能であることを説明できます.
「探索活動」と「実行している行為」との違い
発達心理学の分野においても,
乳児が行為の発見を理解するために,情報収集である探索活動と実行されている行為を区別しています.
この区別は,乳児がどのように行為システムを発達させ,新しいアフォーダンスを知覚するのかを理解するために役立てられています.
これらの視点は,スポーツの分野においてロッククライミングやサッカーを例に説明されています.
ロッククライミングでは,
壁の突起物に対してしっかりと握ろうとしたが,
握りの深さが予期したものとは違ったため,
突起物をうまく握れなかった場合,
握り直すといった再調整をした例が示されています.
ここで言う「実行された行為」は,
突起物に対して,うまく握れなかったという行為の失敗です,
これは,一次的なパフォーマンスの結果である可能性があります.
定義された「探索活動」としてみるならば,
はじめに突起物を握ろうとした行為は,
突起物を視覚的に,握ろうとした接触は触-運動覚情報による知覚情報の収集過程として探索活動に位置付けられます.
実行された行為として握りが失敗したからこそ,握り直すという行為が創発されています.
つまり,握りが失敗したという行為は,
次の探索活動を引き起こすための情報収集過程でもあり,探索活動と実行している行為は区別することはできません.
この論文の著者は,探索活動と実行している行為の関係性について,
課題遂行中の活動全体が探索的であり,
探索活動が知覚運動系の学習に貢献しているということを説明しています.
これまでに提案されてきた探索活動(環境にある情報を知覚する行為)と実行している行為(意図を実現する行為)を区別することは,知覚と行為の整合性を説明することに矛盾しているということです.
また,サッカーなどのチームスポーツにおいても,
ボールを持つプレイヤーだけではなく,
同時に他のプレイヤーもボールの行先や周囲との関係を探りながら,
次の行動の機会をうかがうために移動しています.
つまり,環境内で常に探索的な行為が行われており,探索活動と実行している行為との区別は曖昧です.
サッカーのゲームでは,
ゲームの見通しを維持するために持続される探索活動が知覚情報と運動の結合によって導かれ,
プレイヤーと環境との関係を持続的に調整し,
プレイヤーそれぞれの課題を遂行,達成します.
したがって,探索活動は,実行している行為の開始前におこなわれる情報収集過程であるだけではなく,行為者の活動全体に組み込まれているということです.
また,行為者の活動は,刺激に対する反応として環境にある情報を受動的に知覚して利用しているのではなく,様々な知覚システムの行為を通じて,環境世界から積極的に知覚することとなります.
これまでの研究では,行為者がアフォーダンスに関連する情報に適応するにつれて(練習によって),探索の量が減少することがわかっています.
しかし,探索の量は,探索にかかる時間とその複雑さで測定しており,探索することによって収集,抽出した情報の有用性は説明されていません.
いわゆる知覚の精度です.
そのため,探索活動の質と変化を検討することが臨床場面では重要になると考えます.
適応的な探索活動は,知覚と行為を文脈に適応させるために使用されているからです.
脳卒中片麻痺者の臨床場面
有益な知覚情報を収集し,抽出する過程の探索活動を支援するためにどのような条件が望ましいのか?
・対象者の活動能力の限界を認識すること
→ 最小限の援助で,対象者自身が知覚情報を収集,抽出できる誘導,支援に繋がります.
・安全な実践環境や使用する対象物の特性を踏まえた課題の設定
→ 例えば,書字では鉛筆だけでなく,クレヨン,筆,ボールペンなど様々な対象物品の使用を推奨します.
知覚情報の抽出によって新しい運動が創発される際には,探索の可能性と活動能力を拡張するチャンスとなるからです.
・現在の最大活動能力を超えて,安全な実践環境の外で課題を遂行する場合でも,探索活動を促進する機会を与える安全な活動条件を調整すること
→ 少しのお手伝いがあれば遂行できそうかどうかを見極め,徐々に援助量を減らしていくような関わりによって,最終的には支援がなくとも自身にて課題を遂行するように段階付けます.
・有用性の低い情報群を無力化させる,もしくは排除すること
→ 例えば,トイレにて便座への移動の際に,
手すりなどの視覚的にとびつきたくなるような物をタオルで隠すことによって,手すりにしがみつかず,タオルで隠された手すりを構造物として回り込むようにし,便座へ身体が向かう移動を促すなどです.
これらの提案は,
私たちの運動の変容性に焦点を当て,
安全な環境で探索し,
有用性の高い知覚情報に向けて導かれる機会を提供するということです.
課題の提示では,繰り返しのない繰り返しの形態です.
しかし,環境と相互作用する機会を制限する可能性のある環境もしくは課題の文脈には注意が必要です.
また,運動スキルの形やパターンを練習するということではないということです.
この論文では,探索活動と知覚-運動学習を促進する具体的な提案がなされています.
詳細および解釈については,私の個人的解釈が含まれている可能性がありますので,必ず原著をお読みいただくようにしてください.
最後に,
脳卒中片麻痺者の姿勢運動パターンと課題遂行の関係は,
どのような知覚情報に基づいて運動スキルが創発されているのか,
探索すべき情報はなにか,を知ることが臨床場面のアイデアに必要であると考えます.