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最近の海外コミック邦訳あれこれ〜その傾向と考察

 ここ最近のアメコミの邦訳スピードには目を見張るものがあり、ほんの少し前に話題になった作品がいつの間にか店頭に並んでいるというケースが少なからず発生している。僕がアメコミにのめり込み始めた頃は本国で発売された新作が邦訳されるには早くても2〜3年待たなければならなかったが、今となってはもはや1年待つ必要すらないらしい。例えば来月1日発売のスーパーマン : イヤーワンは昨年連載された作品で、TPBが発売されたのは昨年11月。なんと約半年で邦訳されたことになる。僕はしばらくアメコミから離れていて最新の邦訳タイトルを100%網羅できている自信がないのでもしかしたら半年以下で邦訳された作品も既にあるかもしれないが、それでも数年前と比べれば凄まじいスピードであることに変わりはない。

 こうした圧倒的スピード感に目が行きがちな邦訳業界だが、もう1つ注目すべき点がある。非ヒーロー作品の充実だ。

 日本で邦訳される海外コミックのほとんどはアメコミヒーロー作品であり現在もそれは変わっていない。これまた昔話になるが僕が熱心に書店でアメコミ邦訳の新刊に目を光らせていた頃は非ヒーロー作品の新刊が並ぶのは比較的珍しいことだった。しかしここ2〜3年になってこうした作品の邦訳が非常に盛んになっている印象を受ける。
 以前からBD(バンド・デシネ)に関してはPIEインターナショナルやユーロマンガ(飛鳥新社)などが精力的に邦訳しており、オルタナティブコミックもPRESSPOP INC.や国書刊行会から何冊か刊行されていた。アメコミ邦訳大手であり以前僕もお世話になったShoProさんもヒーロー作品だけでなく上記の2ジャンルに該当する作品を刊行しており、別にそうした作品が邦訳されていなかったわけではない。だがここ最近明らかにこうした作品の邦訳量は増加しており、店頭で見かけることも普通になってきた。個人的にヒーロー作品以外の作品に関心が移りつつある僕にとってこの傾向は大変喜ばしいことである。

 個人的推測だが、こうした静かなブームが巻き起こったのは2つの要因が重なったからではないかと考えられる。

 まず何と言っても大きいのは間違いなくG-NOVELSの存在だ。誠文堂新光社が2015年頃(正式な立ち上げがいつなのかは不明だが同レーベルから最初に出版が行われたのは2015年12月)に立ち上げたこのレーベルはAmazon Primeでドラマ化され日本でも話題となったザ・ボーイズやゲーム化もされているウィッチャーのコミカライズ作品の邦訳で知られている。

 このレーベル最大の特徴は上記の作品を含め一貫して DCやマーベルといった大手のヒーロー作品(厳密には上記のザ・ボーイズはヒーローを題材にしているが王道ではないのでここでは除外)以外の作品を邦訳していた点にある。こうした出版社は先述した国書刊行会などを含め以前から存在していたが、このレーベルはそうした作品群を数ヶ月おきに出版するという点で他社とは一線を画していた。BDでは先述のユーロマンガがこうした定期刊行を行なっていたが、アメコミの非ヒーロー作品を継続して定期刊行していたのはここだけであり、文字通り革新的だった。
 当時ヒーロー作品に若干飽きつつあった僕にとってこの G-NOVELSの出現はまさに渡りに船であり、ヒーロー作品に留まらないアメコミの多様な魅力を定期的に味わえると同時に海外コミックの魅力をより深く知ることのできる、とても貴重な機会だった。アメコミへの情熱が若干薄れた今もなお書店で気になった作品を手に取り続けているのは間違いなくこのレーベルのお蔭と言って良い。それまで開拓されることのなかったニーズに応えたことで、颯爽と現れた新参者はたちまちShoPro・ヴィレッジブックスに並ぶ大手邦訳出版社への仲間入りを果たしたのである。

 部外者の僕としてはこのレーベルの存在がどの程度業界に影響を及ぼしたのかは分かりかねる所である。しかしこれに追随する形でゴジラエイリアンなどのコミカライズ作品を邦訳するフェーズシックスのようなフォロワーが現れたことや、これまで無関係だった複数の大手出版社が海外コミック邦訳に力を入れ始めたことを踏まえれば、G-NOVELSの台頭が業界にもたらした影響は少なからずあったと言って間違いない。そしてこれらのことを踏まえれば、このレーベルが今日の非ヒーロー作品ブームの火付け役になったと言っても過言ではないのではないだろうか。

 これに加えてもう1つ要因として考えられるのが社会における多様性への関心の高まりである。ここまで非ヒーロー作品がブームだという話をしてきたが、その多くが社会的マイノリティの方々を題材とした作品となっている。

 僕のような身分の人間が偉そうに言えることではないが、マイノリティの方々が社会的に強く意識されてきていることは言うまでもない。SDGsにも明記されているし、#Metoo運動も記憶に新しい。こうした動きは世界中で加速している。これを受けて社会的マイノリティを題材にした作品や書籍が急増しているが、この流れが海外コミック邦訳にも影響を与えている。現在書店に足を運んでみると、フェミニズムやLGBTQ、発達障害から人種差別までありとあらゆるジャンルを扱った海外コミック作品が並んでおり、数ヶ月おきに新刊が出ているのが見て取れる。

 ここで注目すべきなのはこうした作品のほとんどがこれまで邦訳業界で名を聞くことのなかった出版社から刊行されていることだ。おそらく海外コミック邦訳事業に参入!という訳ではなく、上記のような流れを受けてマイノリティの方々に関する書籍を企画する過程でたまたまコミックに目が留まったということなのだろう。このパターンで今では本当に様々な出版社から海外コミック作品が出版されている。こうした作品は非ヒーロー作品であることはもちろんエッセイや自伝など様々なジャンルがあり、ヒーローか否かを抜きにして邦訳される作品ジャンルの充実に繋がっている。こうした副産物も読者としては嬉しい所だ。時代のニーズを満たすコンテンツを読者に届けようとした結果、副産物として海外コミック作品の増加が生じたのである。

 この2つが非ヒーロー作品増加の要因だと僕は推測している。つまり、

・G-NOVELSの台頭によりこれまで少なかった非ヒーロー作品に注目が集まるようになった。
・同時に社会的に多様性への関心が強まった結果として複数の出版社がそれらを題材にした書籍として海外コミックの邦訳を始めた。

という、海外コミック邦訳業界内部での出来事(G-NOVELS)と外部の出来事(多様性への関心の高まり)が重なり合った結果、ハリウッドで活躍するヒーロー達以外を扱った作品の邦訳が急増したのではないだろうか。

 ここまで最近の海外コミック邦訳の現場、傾向について個人的考察を交えて語ってきた。もちろん昨今のMCUをはじめとするヒーロー映画による影響も大きいとは思うが、それに加えてこうした事柄が影響していることもまた事実ではないかと思う。ますます盛り上がり多様になっていく邦訳業界。これからどんな作品が日本語で読めるのか、その動向からまだまだ目が離せない。

 そんな中で、是非僕がお勧めしたいグラフィック・ノベルがある。ここまで書いてきた非ヒーロー作品で、出版元はなんとかの有名な早川書房。おそらくこれが初の海外コミック邦訳ではないだろうか。
 それがこちら。ニック・ドルナソ作『サブリナ

 …なのだが、長くなってしまったので今日はこの辺で。続きは次回じっくりと紹介していくことにしよう。

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