〈アイズナー賞受賞!〉ー亡き父と過ごした記憶ー パコ・ロカ 『家』〈コミックレビュー〉
父さん、なんで闘うのをやめてしまったんだい?
ー『家』本編より。
突如猛威を奮ったパンデミックの発生から早半年近く。感染拡大も落ち着きを見せ、ようやく家から出て人々との繋がりを取り戻す時がやって来た…
…かに見えたが、終わりが見えるとつい油断してしまうのが人間というもの。感染者数はあっという間に緊急事態宣言時の水準に戻ってしまい、それどころか毎日のように過去最多を更新し続けている。
そんな中、日本政府は「Go To キャンペーン事業」の一環として、第一弾となる「Go To Travel」を去る7月22日から開始した。今日7月24日はそんなキャンペーンが始まってから最初の連休の真っ只中である。しかし今の状況を鑑みれば、今回ばかりは大人しく家にいた方が安全と言ったところだろう。それならせっかくの休日を海外コミックと共に過ごすのはどうだろうか。今回は以前から運営しているブログ『SATDAN'S DIARY』より、家でのひと時に打ってつけの作品であるパコ・ロカ作『家』の紹介記事を再構成してお届けする。
作者であるパコ・ロカ氏は1969年にスペインのヴァレンシアで生を受け、La Cupulaより2011年まで刊行されていたポルノ・コミック専門誌『Kiss Comix』でデビュー。その後いくつかのエンターテイメントのコミック作品を手掛けた後、“もっと自由に別の形で”作品を手掛けたい(『皺』収録の小野耕世氏とのインタビューより引用)という思いから2004年、負傷したスペイン兵と灯台守の老人との交流を描いた『灯台』を発表し、その後2007年にフランス、2009年にスペインで『皺』を発表。老人ホームで生活することになったアルツハイマー病の男性を描いたこの作品は出版後大きな話題となり、同氏は一躍有名作家の仲間入りを果たした。
この作品は日本でも高い評価を受けており、2011年には第15回文化庁メディア芸術祭において漫画部門優秀賞を受賞。本作と同じくShoProBooksより邦訳版が刊行されている。
また、この作品は2011年にイグナシオ・フェレーラス監督によってアニメ映画化され、スペインのアカデミー賞と呼ばれるゴヤ賞にて最優秀アニメーション賞と最優秀脚本賞を受賞。日本では三鷹の森ジブリ美術館配給で公開され、現在はウォルトディズニージャパンよりBDとDVDが発売されている。
本作『家』はそんな彼が2015年にスペインのAstberri Edicionesから刊行したグラフィック・ノベル『la casa』を邦訳した作品だ。
追記 : 2020年7月29日
なんと本作が2020年度のアイズナー賞にて英訳作品部門(Best U.S. Edition of International Material)で受賞したとのこと。おめでとうございます!
まず目を引くのはこの作品の形状。冒頭に掲載したAmazonリンクの表紙画像を見て頂いても分かる通り横長で絵本の様な形状をしている。縦横比は 縦 25cm × 横 17.6cm で「ISOB5」という通常日本では使われない規格で印刷されており、日本のB5よりほんの少し小さい。日本ではなかなかお目にかかれないのではないだろうか。
物語は3人の兄弟が亡き父が休暇中に過ごしていた家に久々に訪れ、それぞれの視点から父と過ごした日々を回想する形で進行する。ここで重要なのは、この作品が描かれたのは作者であるパコ・ロカ氏の父上が亡くなられた数か月後であるという点だ。パコ・ロカ氏の本名は「フランシス・“ホセ”・マルチネス・ロカ」と言うそうだが、作中にて3人兄弟の1人として登場する物書きを生業とする男の名前もまた「ホセ」である。あくまでフィクションという体裁ではあるが、作者の体験や心情が直に反映されたものになっていることは明らかだろう。
タイトルにもなっている「家」は、かつて何もなかった土地に父親(アントニオ)とその子供たちが週末のたびに集まって土台から全て手作りで作り上げた、文字通り家族にとって思い出の土地だが、やがて子供たちは成長し、週末に家を訪れる者は誰もいなくなった。そしてさらに月日は流れ、彼の愛した妻もまたこの世を去った。しかしどれ程の時間が経とうともアントニオだけは必ず家の手入れをし、庭で野菜を育て続けた。生前の彼は常に動き回っていないと気が済まない人物だったのだ。
だがそんな父も遂に旅立ち、この家に住う者は誰一人としていなくなってしまった。そしてそれから間も無くして、遂に家自身にも別れの時が訪れる。アントニオの子供たちはこの家を手放すことにしたのだ。かつて家族の愛と成長の象徴だったこの家も、今とってはもはや維持費のかかる面倒な代物でしかなかったのである。
本作はこの売却を前に、最後の整理を済ませるため兄弟たちがそれぞれの家族と共に久々に家を訪れるところから幕を開ける。そこに残された様々な痕跡を通じて、兄弟たちは亡き父の姿と少しずつ向かい合っていくことになる。
あたたかな色合いで描かれる家の風景は穏やかでありながらも主人が消えた喪失感を感じさせる。非常に細かく描きこまれた庭から見える遠くの風景や丁寧に描かれる室内のオブジェクトは読者にこの家が確かにこの世界に存在するものだと信じ込ませるのに十分な奥行きとリアリティを備えている。
登場人物は少ない線でシンプルに描かれているが、彼等の見せる表情はシンプルながら細かな感情の機微まで見事に表現されており、非常に生き生きとしている。影の使い方も見事で、あたたかな色合いと相まって優しく穏やかでありながらどこか寂しい雰囲気を作り出している。見ているだけで夏の夕暮れ時に吹く穏やかな風が感じられるようだ。
そしてこの作品で非常に印象的なのがコマ割りの巧みさだ。本作は全編に渡って四角形のコマのみで描かれており、各ページは正方形や長方形のコマがタイルのように並んで構成されている。僕にはこれが作品の穏やかな空気感を作り出すのに一役買っているように感じられた。
コミックで用いられる表現技法として、「同じ大きさのコマをいくつも並べることによって時間の流れや連続性を表現する」というものがあるが、この作品ではその技法がより効果的に用いられているように感じられる。その秘密はずばりページの形状にあるのではないだろうか。
一般的にコミックのページは縦長の形状をしており、コマを読み進めていく過程では横に加えて縦の視線移動が伴う。この時、縦移動の回数はコマの段数によって左右され、2段なら1回、3段なら2回、4段なら3回という風に増えていく。
本作の場合、先述の通りページは横長で絵本のような形をしている。これが意味することは2つ。第一に横長であるが故に必然的に縦幅が狭く、段数は少なくならざるを得ない。これによって縦の視線移動が少なくなることから、視線移動はジグザグ移動が少なく左から右の一方通行が中心となる。第二に横にページが横長であることから各段のコマ数はおのずと多くなり、コマは縦ではなく横に多く並ぶ。
この2点が組み合わさることにより、各ページはほぼ左から右へコマを追うのみでリズムが単調な上、一段ごとのコマ数が通常よりも多いため、普段のコミックと比べて一段読み終わるまでの時間が長くなり、視点移動の少なさはゆったりとした感覚を読者に与える。ページが横長であることにより、本作には作品全体に緩やかな時間の流れが感じられるのである。
実際にパコ・ロカ氏がこれを意図していたのかは定かではないが、この独特なページの形状が本作の読書体験にプラスに働いていることは間違いないだろう。絵本のような形状だからこそ実現した穏やかな空気感を、是非実際にお手に取って体験して頂ければ幸いだ。
亡き父の遺品整理を通して父の姿に向き合っていく兄弟たち。彼等の想いに共通しするのは父を失ったことに対する喪失感と後悔だ。彼らの記憶にある父の姿は常に働き者で、家の手入れを怠らない人物だった。そんな元気な父親が弱々しく死んでいったことに対する深い悲しみ。何故こんなにもあっさりと。何かしてあげられることは無かったのか。本当に父は幸せだったのだろうか。
それぞれの父アントニオに対する想いは、彼の愛した家という空間を通して1つに繋がっていくことになる。そうして訪れるラストはこの物語の終幕にこれ以上無く相応しいものだそこが本作の素晴らしい点の一つなのだが…そこまでいくとネタバレになってしまうのでこの先はご自身の目で確かめて頂ければ幸いだ。
…とは言うものの、このまま全てを勿体ぶるのはあまりに無責任なので、最後にラストに関する展開を少しだけお教えしようと思う。
先述した通り、本作がスタートした時点でアントニオの愛した家は売却が決定しており競売にかけられているが、まだ買い手は現れていない。だが物語のクライマックスになって、この家には買い手が現れるのだ。元々そのつもりだった兄弟たちだが、家での時間を通して父との思い出を再確認した長男ビセンテはこの事実に葛藤することになる。
果たしてアントニオの愛した「家」はこのまま見知らぬ人の下へ渡ってしまうのか。兄弟たちが下した結論は…?
改めてここから先は是非ご自身の目で確めてみて頂きたい。
今回の STAY HOME をきっかけに家族との時間の大切さを再確認した方も多いのではないだろうか。本作の登場人物たちもまた、同じように日々の生活の中で忘れていたものを見つけていく。その姿は今この時期だからこそより一層共感できるものがあるはずだ。この休日は家でくつろぎながら、スペインの田舎町に流れる温かな風を感じてみてはいかがだろうか。
※ 今回の記事作成にあたり使用した画像は全て小学館集英社プロダクション刊行の『家』の本編より引用させて頂きました。