気高き犬との思い出
中学生の頃、夜中によく家を飛び出し散歩をしていた。
環境の変化や、思春期特有のモヤモヤは歩けば歩くほど消えて無くなると思っていたのでそうしていたのだと思う。
しかし、一人ではなかった。ミニチュアシュナウザーの愛犬「のび太」と一緒に歩いていた。散歩が大好きな犬だったので、私が夜中に家を出ようとするとリードを口に咥えながら「(自分もいいすかっ?)」と近づいてくるちゃっかりとした犬だった。
私の歩幅に合わせ、テチテチッ!テチテチッ!と短い足を一所懸命動かして歩いていたのがとても可愛らしかった。
この犬との縁は両親が「〇〇さんとこの犬が子供ば産んだけん、1匹もらおうか。」と言い出したことが始まりだった。
共働きで家に子供だけの時間が多かったので、私も兄もすごく嬉しかったのを覚えている。
受け入れが決まったその日から、仲の悪い兄と夜通し犬の名前を考えた。信じられないくらい仲は悪いが互いに犬のために話し合った。私たちは気高い犬に育てようという気持ちで「ケルベロス」と名づけることにした。
親元で3ヶ月育ててから我が家に…という話だったので、3ヶ月で迎え入れる体制を整え、ついにその日が来た。
ゲージに入って連れてこられた犬はとても小さく、本当にぬいぐるみのような可愛らしい顔をしていた。まさか今日からケルベロスになるなんて、本人も思いもしないだろう。しかし、ここでまさかの出来事が起こったのだ。
ケルベロスの母親の飼い主(貰い主)からの手紙に「この子は兄弟の中でもとびきり臆病で、ママのおっぱいも他の兄弟に負けて飲み損ねてしまう子でした。大変よく眠るので「のび太」と名付けました。臆病だけど可愛いのび太くんをどうぞよろしくお願いします。」と書いてあったのだ。
私・兄「(のび太????で育っている????ケルベロスは??)」
真逆すぎにも程があった。
そんなわけでケルベロスになる予定だった犬は「のび太」として我が家にきたのだ。
そんなのび太は冒頭に書いている通り、ちゃっかりとしている性格だった。集団だと馴染めないが我が家に来た途端悟ったのだろう。ここならイケると。初日から完全に我が家のヒエラルキーを理解したのび太は両親には媚び、私たち兄弟には散歩とご飯の時間以外は決して媚びなかった。めちゃくちゃ人間らしかった。かなり犬なのに。
しかし、私が風邪などでダウンしているときは、布団にきて私の傍にピタッとくっつき離れなかった。罪な犬である。普段呼んでも、こちらをチラッとみて「(なんすか…)」といった顔しかしないくせに。
話を戻そう──
夜中に歩きたい私と可能ならば常に散歩したいのび太との関係は私が大学進学で家を出るまで続いた。
ある日の夜、なぜか私はいつもの散歩コースに飽きたのか、夜中なのに普段とは違う道を散歩しようとしていた。
いつもは川沿いの道をひたすら直進して折り返すというコースだったのだが、その日は川を横切り、葬儀場と立体駐車場を探索して、そこから遠回りして帰ろうとしたのだ。
潰れた葬儀場も二階建てで1Fが駐車場だったので、隣の立体駐車場と地続きになっていた。その辺りをうろうろと散歩していると、どこからか声が聞こえてきた。
「(やばい、誰かいる…!)」と思わずのび太を抱っこして息をひそめた。声のする方を凝視すると土下座している男性とそれを見つめているヤーさんがいた。取り立て現場である。
※治安が悪いところに住んでいたので、ヤーさんの取り立てはそこまで珍しくもない。
私は「(うわー、やべー!見なかったことにしよう!)」と、その場をすぐに離れようと背を向けた。すると、のび太が腕から抜け出しそのヤーさんのところに走っていってしまった。
思わず「のんちゃん!!!だめ!!」と叫んでしまい、完全にヤーさんにバレた。のび太は小さい体を殺気立て、ヤーさんの前で威嚇を始めた。
ヤーさんが「なんやワンコロ、取り込み中だからはよ家に帰りよー。夜中にこんなとこ歩いてたらアカンで。」とドスの効いた声で話かけてきた。
私は「すみません!」と言って慌ててリードを引っ張った。しかしのび太は動かない。それどころかさらに吠えてヤーさんを威嚇する。普段は吠えないくせに。
あまりにも吠えるので、バツが悪くなったのかヤーさんは土下座する男性を立たせ私と一緒に帰るように言った。
「お前この子送ったれや。」というと気弱そうな男は私に「送って行くから帰ろう。」と言いヤーさんはその場からいなくなった。
ヤーさんがいなくなった途端、のび太はヤーさんが立っていた場所に移動し、とんでもない放尿をした。立駐に響く放尿音をその男と二人で黙って聞いていた。全てを出し切ったのび太は、誇らしげな表情で尻尾をぶんぶん振りながら私のところに戻ってきた。
そんなこんなでさっきまで土下座していたおじさんと川を渡り、最初の道に戻った。おじさんは「家まで送ろうか?」と聞いてきたので「あ、ここからすぐなんで帰れます。なんかすみませんでした。」と言った。
おじさんは「危ないから、もう夜にあそこにきては行けないよ。こっちの道なら街灯もあるからいいけど、川を渡ってはいけないよ。怖い思いさせてごめんね。」と言ってまた川を渡っていった。
一気に緊張が解けて、街灯に照らされたのび太の顔を見ると「(さすらいさん!俺、やったりましたよ!!)」という顔をしていた。なんという犬だ。
でも危険な目に合わせてごめんね。と思った。
家に帰るまで、私はのび太を抱きしめて帰った。相変わらず「(なんすか…自分、歩きたいんすけど…)」といった顔をしていたが抱きしめて帰った。
それからも真夜中の散歩は続けたが、川を渡ることはしなかった。
そんな我が家のアイドルのび太は数年前に17歳というとんでもない長生きをして、母親の腕の中で天国に旅立った。
私が夜中に飛び出し散歩をしていたことを、おそらく両親も兄も気づいていない。多分言うと怒られてしまうので、私とのび太だけの秘密している。
最近、毎日5km歩くようにしているのだが同じ犬種のわんちゃんとすれ違うので思い出として記録した。久しぶりに色々思い出したよ。のんちゃん。ありがとうね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?