![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/26804647/rectangle_large_type_2_43c83d6ab27fc45ec998d450f7d3b096.jpg?width=1200)
山小屋物語 11話 富士山の中心で愛を叫ぶ
再び夏が来て、私は富士山の山小屋に登ってきた。
その年の厨房は例えるなら、「もののけ姫」に出てくる、タタラ場の女たちのようだった。よく働き、よく食べ、よく笑った。
登山客がチェックインしはじめる15時を過ぎているのに厨房のおしゃべりがうるさいので、よく番頭さんが窓をからりと開け「シーッ!!!ちょっと、バカ笑いがお客さんに聞こえてます!」と注意してきた。
「ごめん、ごめんwww」と謝りつつ、涙を拭くのだった。
メンバーは、三年目のなっちゃんがリーダー。
今年から入ったもえちゃん&マイちゃんは少し年上のお姉さん。
後輩のちょっと天然でピュアな紗理奈。
あとはOGとして働きに来た S子さん、
そして私だった。
後から登ってきた人ほど社会経験があるという不思議なバランス。年長者は若者の話を聞いてやり、若い者は社会人経験者を手本にし、うまく厨房は回っていた。
🏔️🏔️🏔️
ある夜、早めに仕事が終わった。反省会を終えた後、
S子さんが「ねねね、ちょっと女の子皆で分岐まで散歩しない?コイバナしようよ」と言い出した。
分岐とは、登山道と下山道の分岐点のことで、小屋から数分歩いたところにある。小屋の灯りが届かないので、真っ暗闇=星空や下界の夜景が綺麗に見える場所だった。
わたし「えっ行く!でも外、寒くないですか?」
S子さんは明るくおもしろく、さらにゴッツイ凄みも利かせられる人だった。夜勤や、或いは煙草を外で吸うのを楽しみにしている番頭さんから、「いらんよね?ちょっと貸してくれよ😆」と、7着の防寒コートを奪い、厨房の子全員に着せてくれた。
外気は8℃くらいだった。
私たちは揃いのモコモコのコートに身を包み、便所スリッパで道を登り始めた。
誰かが言った。「コイバナったって皆話すことあるの笑?」
すると1番年下の紗理奈が、砂利を便所スリッパでいじりながら、
「好きな人だったら、いるんだけど」と突然話し始めた。
タタラ場の女たちが一斉に振り返る。「えええーーー、誰?誰?番頭?」「お姉さんに教えなさい」
紗理奈「いや、下界、っていうか地元の人。予備校の同級生だったんだけど、告白して、それきり・・・」
「付き合ってないの?」
「うん。フラれた・・・のかな、前は向こうも私のこと好きって言ってたんだけどな。告白してから、距離を感じるようになったっていうか」
もえちゃん「でも、まだ好きなの?」
紗理奈「・・・うん」
するとマイちゃんが言った。「そんなやつ、こっちから願い下げや。紗理奈は日本一可愛いのに、優柔不断なやつにはもったいない。」
S子さん「叫ぼうか」
私 (え。叫ぶの?)
漆黒の闇。登山道の山側には獅子岩と呼ばれる岩場が、巨大な獅子のシルエットとなって鎮座していた。
数百メートル下には、地平線まで続く雲海が広がっている。もののけ姫がどこかから走り出てくるんじゃないか、というくらいの圧倒的な大自然の風景だった。
紗理奈が便所スリッパで谷側のギリギリのとこまで踏み出した。
登山道から、雲海に向かって叫ぶ。
まさるくん、ごっつい、好きやわーーーー(わーーーわーーーわーーー)!
バカヤローーーーーーーーー(ローーーローーーローーーー)!
紗理奈もマイちゃんも関西人だった。
もえちゃん「ワタシも!たかしのバカヤローーーーーー!!!!」
私(たかしって誰)
マイ「かつみのバカヤローーーーーーー!!!!」
私(誰)
なっちゃん「さとしのバカヤローーーーーー!!!!」
S子「ほら、あっこちゃんも」
私「ゴッツイ好きやわーーーーーー!!!!!」
紗理奈「誰がゴッツイ好きなの?」
私「え・・・」
雲海の厚い雲に、声が吸い込まれていく。
その夜も、満点の星が瞬いていた。