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地元で愛される能登・輪島の伝統調味料魚醤「いしる」物語
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──震災を乗り越え、“発酵のチカラ”で未来をつなぐ輪島へぐら屋の挑戦──
みなさんこんにちは。
全国の“生産者の想い”を訪ね歩き、その想いと共に次世代が誇れる“日本のおいしい”を創り届ける『さすらい食堂』です。
今回は、石川県能登半島に古くから伝わる発酵調味料「いしる」をめぐる物語をお届けします。いしる(またの名をいしり)は大豆や小麦を使用した醤油とは異なる「魚」を使った醤(魚醤)です。その奥深い味わいの秘密を探りながら、24年1月1日に発生した能登地震で被災した地域の現状と、震災復興×食文化×地域創生を目指す生産者たちの姿を追ってみようと思います。
今回のインタビューは田村淳の大人の小学校でご縁をいただき、震災から復活を遂げるべくクラファンで頑張っている姿が、阪神大震災や東日本大震災で被災した身として何かお手伝いできることはないかと想いお話を伺いました。
その内容を書き留めた内容です。
長文になりますがご覧いただければ幸いです。
目次
1、輪島へぐら屋・岩崎律子さんとの出会い
2、震災前の能登──豊かな朝市とアマさん、そして“いしる”のある風景
3、いしるとは何か──魚醤の定義と能登ならではの特徴
4、2024年1月1日の能登地震と輪島の被害
5、遅れがちでも着実に進んでいる復興
6、12月からクラウドファンディングに挑戦
7、いしるの使い方と味わい──料理の可能性は無限大
8、これからの能登といしる文化──発酵がつなぐ地方創生のカタチ
9、まとめ:いしるを知り、味わい、輪島を応援する
1.輪島へぐら屋・岩崎律子さんとの出会い
クラファン挑戦中の店主「りっちゃん」
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石川県輪島市にある「輪島へぐら屋」は、魚醤(いしる)や干物などの海産加工品を製造・販売するいしるの蔵元さんです。その売店の店頭を取り仕切るのが、下関出身の岩崎律子さん(通称:りっちゃん)。実は彼女、輪島へぐら屋の代表を務めるご主人と出逢い、輪島へ“嫁いで”きたという経緯をお持ちです。もともと魚が身近な土地で育ったりっちゃんは、ここで初めて“いしる”文化に触れ、衝撃を受けたそうです。
ところが、2024年1月1日に能登地方を襲った地震(以下「能登地震」)によって、「輪島へぐら屋」の工場や売店も大きな被害を受けてしまいました。さらにはその直後に豪雨災害と2つの大きな天災に会うも、復興の道筋を見出すべく同年12月にクラウドファンディング(CAMPFIRE)をスタート。売店や工場の再建、被災した従業員の仮設寮整備などに取り組んでいます。
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能登|舳倉屋(へぐらや)復興支援プロジェクト
〜被災地の工場と売店再建〜
https://camp-fire.jp/projects/802115/view
出逢いのきっかけは「田村淳の大人の小学校」
そんなりっちゃんと私が交流をはじめたきっかけは田村淳の大人の小学校というオンラインコミュニティ。クラファン終盤となる終了まで残り1週間を前にして交流プラットフォームの掲示板に「あとわずかとなりました!」と投稿。その投稿を見たタイミングではまだ目標まで100万ほどあった。
これは是が比でも達成してほしいという想いを私が抱き、勝手に私が応援し始めました(笑
その想いはまた別途書かせていただきますが、シンプルにお伝えするとこういう和食の文化の根幹を成す伝統調味料は根絶やしてはいけないという想いが強い。1つ、また一つと蔵元が閉鎖されてしまうと後世に伝承することができなくなってしまう。そうならないように、こうやって文化を守ろうとしている人たちはできる限り応援したいと思っています。
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そんな形で私がご縁をいただいたりっちゃん。実は能登・輪島の方ではなく、なんと下関出身。日本海側でつながっているとはいえ遠く離れた地へ移住した(輪島へ来た)きっかけは、ご主人との出逢いと結婚。当初は下関の暮らしを離れることに不安もあったそうですが、いしるの発酵文化や能登の海の恵みに魅了され、いまでは“輪島の人”としてすっかり定着されている印象を受けました。
さて、いよいよここから能登・輪島についてのインタビューを掘り下げていきたいと思います。
2.震災前の能登──豊かな朝市とアマさん、そして“いしる”のある風景
一斗缶がいっぱいになるほど賑わった朝市
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昔から能登半島の北部、ここ輪島の朝市は昔から全国的にも有名です。細い通りを埋め尽くす露店に地元のおばちゃんたちが威勢よく並び、漁港で揚がったばかりの新鮮な魚や海藻、野菜を販売している様子はテレビや雑誌、観光ガイド本などで見たことがあるのではないでしょうか。
りっちゃんによれば、「昔は一斗缶に現金があふれるほど賑わっていた」とのこと。観光客が押し寄せ、“海の幸を味わうなら輪島”というイメージが根付いていた土地が震災の被害を受けた今となっては懐かしい。
アマさんと漁師たちが支える海辺の暮らし
朝市はあくまでも「売り場」であり、その背後にあるのは漁師やアマさんたちが織り成す海の暮らし。
輪島はもちろん漁港として栄えてきましたが、“素潜り”でサザエやアワビ、海藻を獲るアマさんの存在も見逃せません。特に夏場のアマ漁はこの地域特有の文化で、豊富な海藻や貝類を相当量収穫できるため、若い女性たちが海女漁を目指すことも多いのだとか。
りっちゃんは「夏のアマ漁だけで1年分の生活費を稼ぐ方もいる」と聞いて衝撃を受けたそうです。
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ぜひフォローして応援してあげてください。
イカやサバといった魚も、漁師さんが朝早く出港して獲ってきたものを“いしる”の原料に回している背景があり、“海と陸がつながる場所”として輪島の港は機能してきました。
いしるが根づく風土とは
このように、もともと能登半島は海女漁や定置網など、漁業形態が多様で豊かな海産資源を誇っていました。
しかし魚を余さず使うために生まれたのが“いしる”という魚醤。いしるは、捨ててしまいがちなイカの内臓や頭部、青魚のアラなどを塩で仕込むことで発酵させ、生活のなかで有効活用する知恵でもあったといわれています。
この背景には、「大豆を育てるには限界のある土地柄」「塩の生産が盛んだった能登の塩田文化」など、さまざまな要因が絡んでいるのです。
3.いしるとは何か──魚醤の定義と能登ならではの特徴
世界にひろがる魚醤(ぎょしょう)文化
醤油は一般的に大豆・麦・塩・水(+麹菌)を原料として仕込み、じっくり発酵させます。一方、いしるは同じ“醤”の一種ではありますが、魚介類と塩、水を長期間熟成・発酵させるという点が大きく異なります。
「いしる」とは、魚やイカ・イワシ・サバなどの魚介類を塩漬けし、時間をかけて発酵・熟成させてできた液体調味料です。いわゆる“魚醤”というジャンルのひとつで、タイのナンプラーやベトナムのヌクマム、日本では三大魚醤として知られる能登の「いしる」と並ぶのが秋田の「しょっつる」、香川の「いかなご醤油」などが仲間といえます。
ナンプラーやヌクマムなど東南アジアの魚醤に似ていますが、いしるの特徴としては日本人の舌に合わせて塩分濃度や香りが調整されているため、「初めて使うけど意外と馴染む」という人も多いそうです。
大豆由来の醤油とは異なるため、最初は「少し生臭いかも?」と感じる人もいるかもしれません。しかし、料理で加熱したり香味野菜と合わせたりすると、驚くほど奥深いコクと旨味が得られます。
能登いしるの歴史と製法
能登地方では、サバやイワシなどの青魚を原料とするケースが多いものの、「輪島へぐら屋」ではイカを使った“いしる”が主力商品。りっちゃんが見せてくれた仕込み工程を表すイラストがまたかわいい。
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【基本工程】
1、イカの内臓などを塩漬け
2、大型タンクで夏を二回越す「二夏越え」を目安に発酵させる
3、液体部分を抽出し、必要に応じて火入れ(加熱)して香りを抑える
という流れで行われます。
さらに、出たカスを飼料として活用する取り組みや、作ったいしるを使った
魚の干物を商品化するなどSDGsの取り組みも行っている。
インタビューに参加したメンバーが口々にこのイラストの手ぬぐい商品化を希望するという声が出ていたのもまた面白く、いろんな人のアイデアが集結すると想像以上のパワーになるんだなとしみじみ感じた一幕でした。
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ちなみに、魚醤は発酵食品というイメージから醤油などの発酵食品と同様に「櫂棒(かいぼう)」でかき混ぜる工程を行うのかと思っていたが実は違った。いしるは一切かき混ぜない。ドレッシングのように安定させた状態でおいておくと底に沈殿物がたまり、液体と分離する。その液体の下層部分から順に抽出していくのが「いしり」の製法だという。
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輪島へぐら屋のイカいしる:継ぎ足しの熟成がポイント
輪島へぐら屋では、主にイカを原料にした“イカいしる”を醸造しています。イカの軟骨や内臓、頭部を捨てずに利用し、そこに能登の塩を加えて大型タンクで寝かせるのです。
さらにりっちゃん曰く、「いしるは古いタンクを継ぎ足しながら使っていて“秘伝のタレ”みたいになってるんですよ。二夏、つまり1年半〜2年ぐらいは最低でも発酵・熟成させる。だから年度ごとに味が微妙に違うんです」とのこと。
日本三大魚醤のひとつ
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一般的に、秋田県のしょっつる・石川県のいしる・香川県周辺のいかなご醤油あたりが「日本三大魚醤」と呼ばれることがあります。ただし定義はあいまいで、地域ごとに独自の魚醤が存在。
それだけ“魚醤文化”は日本各地で奥深い歴史を持つと言えるでしょう。
醤油の原料・いしるの原料の違いについて
一般的に醤油は「大豆・麦・塩・水」で仕込まれます(※小麦を用いる場合も多い)。一方、いしるは魚介と塩、水を発酵させるため、大豆醤油とは原料からして別物です。
4.2024年1月1日の能登地震と輪島の被害
建物倒壊、タンクが揺れて商品出荷停止…
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りっちゃんたちを直撃したのは、24年1月1日。年明け早々の地震で、輪島地域でも建物倒壊や土砂崩れが相次ぎました。「輪島へぐら屋」も工場の外壁がズレ、屋根が一部崩落。大型タンクが激しく揺さぶられて、熟成中のいしるを抽出ができなくなるなど生産ラインがストップしたそうです。
「うちは倒壊まではいかなかったけど、かなりの量がタンクからこぼれちゃって。しばらく商品を出荷できず、売上がゼロになるところでした」
(りっちゃん)
蓋つきのタンクで外からの混入物の影響はなかった
昨年の能登地震の影響を伺ってみると、醤油のように木桶の上部に蓋がない状態であれば天井が崩壊してタンクの中にいろんなモノが入ってしまい使い物にならなくなっているのかと思ったらそうではなかった。
タンクは蓋をしている。ただ、先ほど製法でお伝えした通り安定させた状態で下層部から抽出する製法がゆえに大きな地震でタンク内が撹拌(かくはん)されてしまった結果、抽出できずさらにしばらく安定させた状態で熟成させておくことが必要になったという。
漁業の復興を妨げる海底隆起
24年1月1日の能登地震を機に、“海辺の暮らし”が一変することとなります。
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ニュースをご覧になってご存じの方も多いと思いますが、なんと最大4mも地面が隆起している。漁船が停泊していた港湾が4mも高くなると船がつけられない。その港はすぐには使えず、そこを拠点にしていた船舶はほかの地域の港につけているという現状。
しかも、隆起している=海底の形が変わっている。つまり魚の住みどころも変化している。いつもいた場所に魚がいない。どこにいった?というところから海女さんたちは再スタートしているそうです。
漁港やアマさんの苦境
漁港の設備も損傷し、一部の漁師は船が壊れて漁に出られない状況。また、海底の隆起や地形の変化でアマさんが潜れる場所自体が変わり、漁が難しくなってしまったという話も聞きます。
「漁師さんとアマさんが魚や貝を獲ってこないと、いしるの原料も手に入らない。能登の食文化全体が崩れるかもしれないと思いました」とりっちゃんは危機感を口にします。
5.遅れがちでも着実に進んでいる復興
手続きの煩雑さと高齢化の壁
地震から年数が経つと、メディアの関心が薄れていくのが常です。大都市ならば公共インフラの整備が急ピッチで進むかもしれませんが、輪島のように過疎・高齢化の進んだ地域では、建物解体や修繕の手続き一つとっても困難が伴います。
地震直後から1年近く経っても、解体に必要な書類手続きが複雑で、高齢の住民が多い輪島エリアでは復興が進みにくいという問題が残っています。家屋が傾いたままの家もあり、「どこから手を付けたらいいのか」という声も少なくありません。
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りっちゃんによれば、「昔は一斗缶に現金があふれるほど賑わっていた」とのこと。観光客が押し寄せ、“海の幸を味わうなら輪島”というイメージが根付いていました土地も、記憶に新しい大火事に。私が訪ねた昨年4月はまだ手付かずの状態でしたが今は更地になっているそうです。
ただ、これだけ時間がかかっているのは人手が足りないだけじゃない。
田舎あるあるのひとつ「権利問題」が根深く複雑になっているそうです。1物件に何十もの権利保有者がいるとなると、倒壊した物件を解体し更地にするだけですら「全員のハンコがいる」と行政は言うそうで。一度提出しても書類不備で追い返される。
「家屋の名義が誰か分からない」「書類の取得に役場へ行くのも車が必要」「そもそも資金を借りるあてがない」──こうした問題が積み重なり、復興が遅れてしまうのです。
なんと無情な。なんと世知辛いのか。憤りを隠せない。そういった意味でも災害対策として各地域の物件に付随する権利問題はクリアにしておくべきなんだなと感じました。
ボランティアバスの支援
とはいえ、週末(金土日)には金沢などからボランティアバスが運行し、学生や社会人が集まって復旧作業を手伝ってくれます。
「若い人の力は本当にすごい。私たちだけじゃ手が回らなかった箇所を、あっという間に片付けてくれました」とりっちゃんは感謝を語ります。ただし、人手不足が恒常的であるため、長期的なボランティア支援や資金援助が重要だというのが現状です。
りっちゃんによれば、「ボランティアやNPOを呼んで土砂を撤去したり、瓦礫の片付けを進めたりしているけれど、まだまだ追いついていない」とのこと。
ぜひ、ボランティア活動をしたいと思う方はご支援方法をリサーチの上、現地に赴き活動をしていただけたら嬉しいです。
6.12月からクラウドファンディングに挑戦
我々が参加している田村淳の大人の小学校の校長も応援
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そうした背景の中で、輪島へぐら屋が24年12月からクラファンを始動したのは、「まずは工場を再建して商品を売れる状態にしなければ、社員の給料も払えないし、漁師さんから魚を買い取れない」という危機感があったからです。
田村淳の大人の小学校の校長田村淳さんも現地を訪れ、このクラファンを応援している人の一人であす。
このクラファンの目的は大きく3つ。
【クラファン目的】
1、工場や売店の再建資金
2、被災した従業員のための仮設寮の整備
3、新商品開発(干物やジェラートなど)を継続する資金
などを募ることです。
「店を再開しないと生活が立ちゆかないし、漁師さんも魚を卸す場所が減れば困る。なんとか輪島全体が復興して、元の活気を取り戻すようにしたいんです」(りっちゃん)
当初の目標700万円達成→新たに800万円を目指す!!
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今回、クラファンで応援を必要としているのは被害を受けた工場の修復、そして全壊した売店と従業員の寮を隆起した影響から同じ場所での再開は不可能な状態からの新規売店づくり。
やはり、いしるになじみが無い地域の方々にも現地で干物作り体験やいしるの製造工程を知ってもらい、さらには使い方も知ってもらう体験をしてほしいという強い想いがある。
従業員は設備が復活し働けるようになる日を心待ちにしているそう。そんな方々がいると聞くとやはり応援せずにはいられない。そんな想いから今、PCに向かってこの原稿を書いている。
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7.いしるの使い方と味わい──料理の可能性は無限大
「生いしる」と「火入れいしる」
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いしるには、仕上げの段階で火入れ(加熱処理)をするかどうかで香りや保存性が変わります。
火入れいしる:生臭さが抑えられ、賞味期限も延びる。初めて使う人や匂いが苦手な人に向いている。
生いしる:よりナマっぽい風味で、独特の香りが強い。「通」好みの仕上がり。火を通した料理に使えばクセが気にならず、旨味だけを引き出せる。
りっちゃんは「まずは火入れタイプのいしるを少量ずつ使うのが安心です。慣れてきたら生いしるに挑戦してみてほしい」と勧めます。
こんな料理に合う!具体例3選
イカと里芋の煮物
イカ由来のいしるとイカの煮物は相性抜群。里芋のほくほく感といしるのコクが合わさることで、塩辛すぎない、深い味わさが生まれる。焼きナスにいしるを少々
シンプルに焼いたナスに少量のいしるをたらすと、ナスの甘みといしるの旨味が絶妙に絡み合う。おろし生姜や刻みネギなど、香味を加えれば魚醤独特のクセも気にならなくなる。カレーやパスタなど洋食の隠し味に
カレーのスパイスといしるの発酵由来の旨味は意外にも好相性。パスタソース(トマトソースやクリーム系)に数滴いしるを加えると、味に深みが増して「塩+醤油だけでは出せないコク」が得られると料理人に好評。
ジェラートへの応用:甘味を引き立てる塩味?
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最近、りっちゃんは地元のジェラート屋さんやノトミルクの製造者と協力し、いしるジェラートを試作中とのこと。「塩キャラメル」の理屈と同様、程よい塩味が甘さを引き立てる効果を狙っています。こちらもクラファンのリターンにあるのでぜひ興味がある方はご支援いただき、お召し上がりいただけたら嬉しいです。
「いしるって生クリームと合わないんじゃ?と思ったけど、少量ならほのかな塩気と旨味をプラスできるんですよ。食べた人は『これ、いしる入ってるの?』って驚くくらい自然に仕上がるみたいです。」(りっちゃん)
8.これからの能登といしる文化──発酵がつなぐ地方創生のカタチ
木桶職人と醸造文化の未来
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日本の醸造業界では、昔ながらの木桶で仕込む蔵が急速に減っており、職人の高齢化や後継者不足が問題視されています。醤油や味噌だけでなく、魚醤の世界でも高度経済成長期あたりからステンレスタンクの技術発達や流行にともない、木桶仕込みはごく少数に限られるようになりました。
ただ、小豆島などで開催される「木桶サミット」「木桶職人復活プロジェクト」などの活動を通じ、木桶文化や伝統的な発酵技術の価値が見直され始めました。「木桶には菌や酵母が住みつき、味わいを深める」──そうした醸造の醍醐味が、いしるにも共通するのです。
発酵文化にとって、木桶は微生物や酵母の住処として重要。もし木桶が絶滅すれば、ユネスコ無形文化遺産に認定された日本独自の味わい「和食」の根幹を成す味のひとつが失われる可能性がある――。そんな問題意識が「木桶サミット」など各地のイベントで共有されています。
震災復興を超えて“輪島を訪れる”きっかけに
昨年1月の地震以来、輪島市は観光客の減少や朝市の縮小など、経済的な影響を抱えています。輪島へぐら屋に限らず、多くの生産者が「売る場所がない」「観光客がいない」と嘆いているのが現状です。とはいえ、少しずつ朝市が再開するところも出てきており、復興への兆しを見せる一面もあります。
りっちゃんは「ボランティアとして来てもらうのもありがたいですが、単純に観光で来ていただき、お土産を買って食事をして、宿に泊まって帰るだけでも十分支援になるんです。“震災があったから”という理由もあるけど、せっかくなら発酵文化や能登の海の絶景を楽しんでもらえたら、私たちも元気が出ますよ。」と話す。
りっちゃんの展望:魚醤を全国へ、そして世界へ
下関育ちの彼女が、いしるを通じて世界が開けたように、魚醤の可能性はまだまだ広いと考えています。
「日本の発酵文化というと醤油や味噌がメジャーですが、魚醤も“捨てるところが少ない”エコな製法だと思います。いしるが全国的に広まれば、漁師さんやアマさんの仕事を守ることにもつながる。震災を乗り越えて、輪島をもう一度盛り上げたいですね。」
9.まとめ:いしるを知り、味わい、輪島を応援する
まずは“いしる”を一口試してみよう
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魚醤独特の香りに抵抗がある方は、少しずつ火を通して使うのがおすすめです。煮物や炒め物で塩や醤油を減らし、いしるを代わりに加えると、コクと旨味が深まります。
意外にも洋食にも合うので、トマトソースやクリーム系ソースに少量混ぜるテクニックも覚えておくと便利。味見しながら調整していけば、大きな失敗は少ないでしょう。
クラファンへ参加、そして輪島へ足を運ぶ
繰り返しになりますが輪島へぐら屋は昨12月からクラウドファンディングを行っています。そこで手に入るいしるや干物、ジェラートの試作版などをリターンとして設定し、全国の支援者とつながる場を設けています。
また、実際に輪島を訪れ、りっちゃんたち生産者の話を聞くことも大きな支えになります。現地でいしるを仕込む様子を見学したり、朝市や漁港で地元の人と交流したりすることが“被災地支援”にもつながるのです。
輪島での宿泊は難しいかもしれない。そんな場合は和倉温泉や金沢に泊まり、そこから日帰りで奥能登・輪島に来てほしいですね。
工場再建や売店復興、仮設寮の確保などの資金を募るリターンとして、いしるや干物セット、いしるジェラート試作版などが用意されています。また、輪島を観光して実際に店を訪ねると、いしるの仕込み現場を見学させてもらえるかもしれません。
クラファンURL:https://camp-fire.jp/projects/802115/view
輪島へぐら屋オンラインショップ:https://heguraya-wajima.shop-pro.jp/
<あとがき>日本の食文化・発酵文化を守る一助に
味噌や醤油、そして魚醤。こうした発酵食の多様性こそ、日本の食文化の奥深さを象徴するものです。震災という逆境に立たされたからこそ、改めて“いしる”の価値を発信しようとするりっちゃんや輪島の人々。現地の方々の声に耳を傾け、いしるを食卓に取り入れてみることが、遠くからでもできる地域応援の第一歩なのかもしれません。