灰皿ソニック
世の中、禁煙が当たり前の世の中になってきて非喫煙者である私は正直なところ嬉しい。
よくゲームセンターに通っていた時代は、ゲーセン=タバコを吸う場所みたいな風潮もあったため普通の人の2~3倍は副流煙を吸わされていたであろう。
特に1990〜2000年代のゲームセンターの多くは喫煙可だったため、ビデオゲーム筐体に座ればほぼ必ず灰皿が設置されていた。
では、この灰皿をどう使うのか?
① 通常の使い方:タバコを消す
まず、普通の使い方としては、ゲームをしながらタバコを吸い、灰皿に灰を落とし、吸い終わったタバコの火を消して灰皿に捨てる。これが正しい使い方であり、100点満点である。
② コインを貯める
次に、灰皿を連コイン用の小銭入れとして使う方法がある。これは、連続してプレイしたいときや、対戦ゲームで負けた後に即リベンジできるように、両替したコインを灰皿に貯めておくという使い方だ。ただし、順番待ちをしているプレイヤーがいる場合は、連コインはマナー違反となるので注意が必要だ。
とはいえ、個人的にはゲームセンターでしか見られないこの「灰皿にコインを貯める光景」に風情を感じる。対戦相手が灰皿にコインを貯めている姿を見ると、「その灰皿のコインを空にしてやるわ!」という闘志が湧き、負けたくないという気持ちが普段以上に強くなる。
あらためて考えてみると世の中に出回っている硬貨というものは私たちの想像を超えて汚いのかもしれない。
③ 灰皿ソニック
そして、最後に紹介するのが今回の主題である「灰皿ソニック」だ。これは、私が中学生だった頃に体験した出来事に基づくものである。
私が中学生の頃、「ジョジョの奇妙な冒険~未来への遺産~」という対戦格闘ゲームがあった。当時の「ジョジョの奇妙な冒険」は今ほど市民権を得ておらず、好きな人には深く刺さるが、興味のない人にはまったく無関心な作品だった。だからこそ、「ジョジョが好き」というだけで、学校でも話したことのない隣のクラスの人とも仲良くなれる不思議な一体感があった。
そんな「ジョジョ」が、格闘ゲームという形でゲームセンターにやってきた。格闘ゲームもジョジョも大好きだった私にとっては、それは夢のような出来事だった。
私がよく使っていたキャラクターは「花京院典明」。
遠距離から結界を張って相手を制圧し、リーチの長い下段攻撃や低空ダッシュによる奇襲を仕掛け、飛び込みには中攻撃で迎撃するという戦術が非常に簡単で効果的だった。さらにインディーズアームという切り返し技がまともに入った時のダメージが強烈で相手からしたらなかなか不快なキャラクターだったと思う。
地元のゲーセンでは、私はこのキャラで連勝を重ねていた(とはいえ、田舎のゲーセンレベルの話ではある)。
そんなある日、友人たちが私のプレイを観戦している中、サラリーマン風の男性が乱入してきた。彼の使用キャラはDIO。私はいつものように結界を張って遠距離からチクチクと攻撃し、サラリーマンDIOを追い詰めていった。DIOは結界を突破できず、防戦一方の展開に。
しかし、この長引く持久戦に友人たちは退屈し始めた。
そして、暇を持て余した友人が「シンジ君、避けて!」とエヴァンゲリオンのミサトさんのモノマネをしながら、私のスタートボタンを押した。
スタートボタンを押すと、キャラクターが挑発の動きをするシステムだったため、私の花京院が「かかってこい!!」と叫びながら変なポーズを取り挑発を始める。花京院は無防備になるが、サラリーマンDIOは依然として結界を突破できず、挑発されたところで状況は変わらない。
その後も別の友人が同じようにスタートボタンを押し、再び「シンジ君、避けて!」の掛け声とともに花京院が「かかってこい!!」とまたさっきとは違うポーズで挑発を繰り返す。サラリーマンDIOは何度も挑発され、焦りからか無理な攻撃を仕掛け、ますます被弾が増えていった。
距離がまた離れたところで結界を張り直し、さっきの友人が「シンジ君、避けて!」と言いながらスタートボタンを押す。
花京院は「かかってこい!!」と叫びながら背を向け左手を伸ばし、形容しがたいポーズを取る。
DIOが棒立ち状態となり動きが止まる。
そして、こちらからは見えない反対側の対戦台から灰皿が飛んでくる。
それが、いわゆる「灰皿ソニック」である。
幸運にも私は直撃を免れたものの、灰皿の中身の吸い殻が飛び散り、服は灰まみれになった。友人たちはその様子を見て大笑いしていたが、今思えば、なんともひどいクソガキ集団だったと思う。
私自身も、心のどこかで「このままでも勝てちゃうな」と思いながら、友人たちの挑発に楽しんでいた部分があった。しばらくしてから反対側の台を恐る恐る覗いてみると、DIO使いのサラリーマンはすでに姿を消していた。
灰皿ソニックを受けて、ひとつの疑問が浮かんだ。「ソニック」とは何なのか?おそらく、これは「ストリートファイターII」のガイルの必殺技「ソニックブーム」に由来しているのだろう。待ち戦術で有名なガイルに対する不満が「灰皿」という形で飛んできた、ということだと思われる。
本来はガイルが使うはずの「ソニック」を、対戦相手が灰皿として放ってくる。この逆転現象について家に帰る道中でも考え続けていた。
しかし、その日は家に帰ってからも事件が続いた。灰まみれの服をそのまま洗濯機に放り込んだため、母親にめちゃくちゃ怒られた。
さらには父親に「お前、隠れてタバコ吸ってるのか?」とまで問い詰められる始末。
灰皿ソニックは怖い。
完