大乱闘drummaniaブラザーズ
中学生の頃、私は音ゲーに夢中だった。特に好きだったのが「ドラムマニア(drummania)」という、曲に合わせてドラムを演奏するゲームだ。
ドラムマニアにはゲーム筐体に備え付けのドラムスティックがあったが、このスティック、持ち手に金具がついていたり、筐体から離れないようにするために若干重たいのだ。
そこで私は、楽器屋で本物のドラムスティックを調達し、それを使ってドラムマニアに励んでいた。
この自前のスティックは軽くて扱いやすいし、ゲームセンターでプレイできない時でもスティックを持てばいつでもエアドラムでイメージトレーニングができる、優れものだ。
欠点といえば、ゲームセンターに行くまでの間、自転車のカゴにドラムスティックだけが入っているという奇妙な光景を作り出してしまうことくらいだった。
そんなある日、いつもの友人であるTKとゲームセンターで遊んでいた。
私は日課のようにドラムマニアにコインを入れ、自前のスティックを取り出して曲を選ぶ。1曲目は準備体操も兼ねて、それほど難易度の高くない「Ultimate power」という曲に決めた。
「Ultimate power」は、当時のドラムマニアの曲の中では珍しく、キャッチーでわかりやすいJ-POP調の曲で、曲に合わせて流れるMVもおとぼけたイラストになっている。
普段このゲームを知らないTKでも楽しめるように、私が一人でプレイしても退屈させない選曲だった。
演奏中、気がつくとTKの近くに同い年くらいの二人組が私のプレイを見ていた。
背は高いが、年齢はそれほど離れていないように見える。別のエリアの中学生かもしれない。最初は順番待ちのプレイヤーか、ただのギャラリーか、どっちでもいいと思いながら演奏に集中する。
今日は調子が良く、「Ultimate power」をノーミスでクリアできそうだ。
ノリの良いサビに入ったところで事件が起きた。
プレイを見ていた二人組のうちの一人が、サビに合わせて踊り出したのだ。
それを見たTKが、わざと聞こえるような声で「バカがいるよw」と言ってきた。当然、相手の二人組にも聞こえている。空気がピリつくのがわかる。
私は軽く笑って流したが、二度目のサビがくる。なんとかノーミスクリアできそうだ。
しかし、二度目のサビでもまた二人組の一人が踊り出した。
「なんで踊るんだよ~~」と私が心の中で叫んでいると、TKがさらに大きな声で「バカが!」と言い放つ。その声を合図に、TKとダンス男の胸ぐらの掴み合いが始まる。
ノーミスクリアどころではない雰囲気だ。というよりも既にここにいる全員が私のプレイに興味がない。
「表出ろや!」「わかっとるわ!」
どちらが先に言い出したかは分からないが、私とTK、そして相手の二人組はゲームセンターを出ていく。外に出たと同時に、口論はそこそこに、殴り合いが始まった。ドラムマニアはあと二曲プレイできるが、それどころではない。強制的にゲームを放棄することになった。
実際にやり合っているのはTKとダンス男で、私とダンス男の連れとともに、喧嘩している二人を中心にして反対側から成り行きを見守る。まるでボクシングのセコンドのような気分だ。
TKがもしやられたら次は私が行くのか?不安がよぎる。向かいのダンス男の連れも心配そうに戦いを見ている。
TKがダンス男にマウントポジションを取り、殴り始める。圧倒的有利だ。
実はこのTK、K-1ブームをきっかけにして、中学生ながらも格闘技を習いに行っていたのだ。さらにTKは花山薫の「握力×体重×スピード=破壊力」理論に憧れて拳を鍛えるために、定期的に学校の壁を叩いていた男だ。
ありがとう、花山薫。
男と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る「地上最強の男」。
グラップラーとは、「地上最強の男」を目指す格闘士のことである!
ダンス男の不利を察知したのか、ダンス男の相方がマウントポジションを取っているTKの背中に飛び蹴りを放つ。圧倒的反則ッッッ!!!
「許せねぇ~~~~ッ!」と思ったが、私は助けに行かない。
怖いもん。男って本当に野蛮よね。
TKは飛び蹴りを耐え、無視した形でマウントポジションを崩さずダンス男にパウンドを続ける。TKが仲間で良かったとつくづく思う。中学生のケンカではない。
ダンス男から「待った」というギブアップ宣言が入り、TKはマウントを解き、鼻血を垂らしながら立ち上がる。
TKは少しダメージを受けてふらつきながらも、駐輪場にある自分の自転車に戻り、サドルを跨ぐ。
ダンス男の二人組は少し離れた場所で立ち上がり、「すいませんでした!」と野球部員のように礼儀正しく頭を下げる。運動部なのだろうか。
TKも自転車に乗りながら「わかればいいんじゃい!!!」と言い残し、ゲームセンターを去る。私もとりあえずその場を去ることにした。
帰り道、二人とも無言だった。やはり助けに入った方がよかったのか、私の中で迷いが残る。
でも、下手に参戦していれば、喧嘩の歯止めがさらに効かなくなっていた可能性も十分ある。結果オーライじゃないかと思う気持ちも多少あるが、やっぱり今考えると卑怯かも。男らしくはないね、反省。
まぁ、男の友情論は一旦置いておくとして、音楽の力で世界に平和をもたらすことができる一方で、私の「Ultimate power」のように破壊衝動を増長してしまう悪の音楽の力もあるのだろう。
とりあえず、ドラマーになる夢は諦めた方がこの世界には良さそうだ。世界中の私のドラムを聴きたいファン達が争いを始める姿を見たくはない。
TKとゲームセンターに行くときに、ドラムマニアをプレイするのはやめようと心に誓った。
そしてその日の夜、ゲームセンターに置き去りにされた自前のドラムスティックを回収しに、また同じ道をたどることになった。
完