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【文学フリマ広島7】『あの人のドッペルゲンガーと暮らしています』試し読み

『あの人のドッペルゲンガーと暮らしています』
(『抽選で高性能アンドロイドが当たったアンソロジー』より試し読み①でです)
https://c.bunfree.net/p/hiroshima07/45310


「――睦月(むつき)。朝だよ、起きな?」

 柔らかく落ち着いた声が耳に届く。
 優しく身体を揺すられ、ゆっくりと目を開ける。ベッドに腰を掛けて私の顔を覗きこんでいたと彼女と目が合った。

「おはよ。睦月」
「……那々(なな)ちゃん。おはよ」

 明るい茶髪のショートカットに大きな瞳と長い睫毛、桜色の唇。ママより九つ年下だからたしか今年で三十四歳のはずだけど、とてもそうは見えない。私の記憶にある那々ちゃんはいつだって綺麗な大人の女性(ひと)で、どんな女優さんやモデルさんにも負けていない。

 だから、毎朝起こしてもらって笑いかけられるたびに私は内心ドキッとしてしまう。
 とはいえ。
 目の前にいるのは本物の那々ちゃんではない。
 限りなく本人に近づけてカスタマイズをしてもらった最新型のアンドロイドだ。

 私が通っている大学の理工学部がアンドロイドの有名メーカーと共同で研究や開発を行っており、その一つとして、生徒と最新型アンドロイドが共同生活を送って稼働試験を行いながらデータを収集するというものが企画されていた。その生徒募集のチラシを学内の掲示板で見かけた私はすぐに応募し、見事に抽選で選ばれて今に至るというわけである。

「ご飯、もうすぐできるから」
「……うん。ありがと」

 ベッドから立ち上がり、後頭部を掻きながら1Kの狭いキッチンへ歩いていく那々ちゃんを見送る。その仕草も、ダボッとしたパジャマの上からでも分かるスタイルの良さもまさに那々ちゃんそのものだ。

 いや、そのものでなければ困るのだけど。

 何せ、大学生活一年目のときにバイトをして貯めたお金を全額つぎ込んで特別にカスタマイズをしてもらったのだ。これで似ていなかったら無駄遣いも良いところである。

 枕元のスマホに手を伸ばして、メッセージなどが何もないことを確認してベッドから起き上がる。
 顔を洗ったり歯磨きをしたりして、私はベッドに再び戻ってきた。もちろん、二度寝をするためじゃない。ベッドに座ってテレビをつける。ニュースを見ていると那々ちゃんが朝ごはんの乗ったお盆を持ってきてくれた。

「那々ちゃんの分は?」
「私はさっき食べたから」
「そっか。じゃ、いただきます」
「はい、召し上がれ」

 ふっくら白ご飯に良い香りのお味噌汁、目玉焼きにソーセージというバランスのいい朝ごはん。那々ちゃんが来てから、私は随分と健康になったような気がする。
 まずはお味噌汁を一口啜(すす)ってから、おかずやご飯も食べ進めていく。

 しばし、那々ちゃんの作ってくれたご飯に舌鼓を打っていると、那々ちゃんがおもむろに隣に腰を下ろしてきた。

「睦月。今日、私は夕方から病院だから」
「……忘れてた」

 病院と言っても、那々ちゃんはアンドロイドなので人間と同じように医師に診察してもらうわけではない。アンドロイドにはアンドロイド専門のアンドロイド・ホスピタルという検査機関がある。

 直接的に言ってしまえばアンドロイドの検査を精密に行い、場合によっては修理や部品の交換、整備を行うアンドロイド整備工場である。
 ただし、今ではアンドロイドを家族同然に受け入れている家庭も多いので世間一般では工場と呼ぶ人はごく少数で、基本的には人間と同じく病院で治療を受けると表現されていた。

「何時からだっけ?」
「十七時。少し早めには行くつもりだけど」
「わかった。その時間なら授業も終わってるから私も一緒に行く」
「そう? でも、今日って睦月はバイトがあるんじゃないの?」
「今日のシフトなら、そのあと行っても間に合うから。一緒に行こうよ」「……わかった。じゃあ、一緒に行こう」

 普通のレンタルアンドロイドだと異常がない限り、定期検査は数か月に一度ほどで一日二日あれば帰って来ることが多い。だけど、那々ちゃんは実験中の貸し出し機ということもあって一ヶ月に一度、少なくとも三日間は精密検査する契約になっている。

 まさしく今日が入院する日だった。

 共同生活が始まった一週目にも一度検査で那々ちゃんが家を空けた時がある。その時にはあまり感じなかったけど、さすがに今回はソワソワとする気持ち、寂しく思う気持ちが芽生えていた。

 明日から三日間は那々ちゃんに起こされることも、この朝ごはんを食べることもできなくなる。
 そんなことを思いながらご飯を食べ終え、大学に行く準備を始めた。

 今日の授業を確認して持っていくものを準備し、身だしなみを整えて、服を着替える。
 長袖シアーシャツにオフホワイトのキャミソールワンピース、デニムジャケット。それに肩掛けカバンや履いていく予定の青色のパンプスと全て那々ちゃんに選んでもらったものだ。これら一式で一万円以内のプチプラコーデである。

「よし、これでオッケー」

 前髪も良い感じに整ったので、そろそろ出発しよう。
 クローゼット横の姿見から目を離すと先ほどまでテレビを見ていた那々ちゃんの姿がなく、ベランダで煙草を吸っている背中を見つけた。少し気だるげに空を見つめている後ろ姿がカッコよくて、ついときめいてしまいそうになる。

 ……煙草オプションも付けてマジでよかった。

 と、そんなことは置いておいて。

「那々ちゃん」

 カラカラと窓を開けて名前を呼ぶと、那々ちゃんは携帯灰皿で煙草の火を消しながらこちらに振り返った。

「ん?」
「行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい」

 ひらひらと手を振る那々ちゃんに見送られて私は大学へ向かった。

(――続く)


『あの人のドッペルゲンガーと暮らしています』
大学生の睦月は実験の一環で最新アンドロイドと一緒に生活をしている。秘かに恋心を抱く、叔母に似せたアンドロイドと。
ある日、その叔母本人がやって来てしまい――!?
(アンドロイド×姪と叔母の百合)


本作の続きは2/9(日)に開催される文学フリマ広島7で『抽選で高性能アンドロイドが当たったアンソロジー』を購入いただくか、後日さしす文庫のBOOTHで販売される電子版を購入していただくと読めます。
気になった方は、ぜひ購入してください!


『抽選で高性能アンドロイドが当たったアンソロジー』

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