【ショートショート】ザラメ
家の近くにパン屋ができた。
仕事帰りに寄って、クロワッサンを1つ購入した。
外はサクサク、中はふわふわ。理想的なクロワッサンだった。上にはこの店の特徴だろうか、ザラメが輝いている。甘さと香ばしさが絶妙にマッチしていた。
僕の行きつけになった。
パン屋はたちまち人気店になった。
ある日の午後、パン屋を訪れると、見知らぬ女性が働いていた。風になびく短い髪に、白いシャツが映えた。たちまち僕は彼女の虜になってしまった。
「こんにちは。クロワッサンですよね。」
いつしか彼女は僕の買うものを覚えてくれていた。
僕が来店すると必ず焼きたてを1つ出してくれるのだ。できたてはやはり味が違う。ザラメもいつもより光り輝いて見えた。そこまでしてくれる彼女のことがますます気になっていった。その日から毎日のように店に通った。
それから数日後、いつものように買いに行くとパンの上にザラメがない。彼女は「ちょっと切れちゃってて。しばらく我慢してね。」と笑っていた。ザラメの無いクロワッサンは少し悲しそうで、僕はザラメが待ち遠しくなった。
次の日も、その次の日も、次の週も、ザラメはかかっていなかった。次第に何故か焦りが募った。
なんでザラメがないんだ!
店にはクレームが届いた。僕の他にも待つ人がいたらしい。彼女も最初は笑っていたが、最近は辛そうな顔の日が増えているように感じた。
なんだか彼女を見るのが辛くなって、だんだんと店に行かなくなっていた。いつか不意に訪れた時にまたザラメがかかっていたらいいな、なんてことを考えながら、次第にパン屋に行かない生活にも慣れていった。
パン屋に行かなくなってから数ヶ月後、久しぶりに仕事帰りに寄ろうと思った。そろそろあのクロワッサンが食べたい。退勤後駆け足で店へと向かう。
店は無くなっていた。
「ねぇ聞いた?あそこのパン屋、アブナイ薬使ってたらしいわよ」
「聞いた聞いた。なんか中毒になるとか何とか。怖いわよねぇ。」
翌日のニュースに、見覚えのある人が映し出された。
風になびく短い髪に、白いシャツが映えていた。
【短編】ザラメ
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